藍坊主 | 8月
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8月 2007

ルートヴィヒ。

北海道の俺らのプロモーターの岩野さん(通称がんちゃん)に借りたDVD、「ヴィトゲンシュタイン」もまた見てしまった。ライアンに続き。
いやいや。
最近やたら映画やら本やら漫画やらを見ていますが、
音楽さぼっているわけではありませんぜ!
曲作りへのエネルギーのためであります(隣の隣の駅まで歩いて行って満喫で久しぶりに「地獄先生ぬ~べ~」を読んだり「ハチミツとクローバー」を読んでみたり寝てみたり帰り道にワンカップ片手に歌って転がってみたり)
まだウンコみたいな曲しかできていない故に(情けないです)素晴らしい作品に触れ合う事は自分の創作意欲向上のための必須条件であります。
ずっと曲作っていると耳がパンクしそうになるからねぇ。
一服、映画を観る。
みなぎる。
つくる。
うーん、となる。
一服、本を読む。
みなぎる。
つくる。
ファーック!!となる。

「ヴィトゲンシュタイン」
これはとてもマニアックですなあ笑。
これを俺に薦めてくれたがんちゃんは学生時代に弁当屋で必死にバイトをして貯めた金で北海道から単身東京へパンテラのライブを見に行ったガッツあるメタラーです(パンテラはメタルでは無い、とかそういう突っ込みはとりあえずいりません)。ちなみに女性です。
そしてタンカン系の映画が大好きな人です。

こないだの「プライベートライアン」に比べたらもの凄くマイノリティーな映画な「ヴィトゲンシュタイン」。
デレクジャーマンという監督さんが撮ったこの作品は、タイトルのまんまウィトゲンシュタインという、俺も大好きな哲学者に焦点を当てた作品です。

このデレクさんがウィトゲンシュタインの哲学を愛して自分の人生に重ね合わせて創ったというだけあって、全体の隅々まで美しくてシュールで愛しさに満ちているようでした。ウィトゲンシュタインの哲学って視覚で言ったら白と灰色に俺は感じるので、全体的にずっと黒を基調に表した監督にとっては「黒」が視覚的な色だったんだと勝手に推測。
服や、セットの装飾もシンプルで綺麗で、ウィトゲンシュタインの哲学を映像に反映するために色々考えたんだろうなとおもいました。
途中サティやラヴェルの曲も挿入曲で流れてきてドキッとしました笑。
哲学を映像にするってすげーことです。

この映画で一番印象的だった台詞に
「時空における人生の謎を解くものは時空の外にある。けれどもご存知のようにそこに謎はない。もし質問さえできるなら答えを得ることもできるのだから」というのがありました。

ウィトゲンシュタインの本にこういう文章があります。

「不規則な黒い模様のある白い平面を想像してみていただきたい。そこで次のような方法を与えるのである。その平面を十分に細かい網の目で覆い、網の目ごとにそこが白いか黒いかを言う。こうすれば、模様がどのようであろうとも任意の正確さでそれを記述することができる。
三角の網の目でも六角の網の目でも模様を記述することはできるから、正方形を用いたこの形式はその点では恣意的である。」

これは、数学や力学や物理や芸術や文章といったそれぞれ異なった形式(網の目の形)の方法において、おのおの違ったアプローチによって世界のあり方を人は認識している。網の目なしには(要は論理的でなければ)人は何事も認識できないから(音楽も“音楽”という網の目による方法によって始めて音楽に成りうると考えなければいけないとしたら、かなり悲しくなってきますが)、観測する方法として網の目を使って始めて何事かを人間は認識することができるのだ、と言っているんだと俺は解釈しています。
世界に網をかぶせる事によって始めて一定の間隔が生まれるため、その物事が認識可能になる、ということです。
言い換えれば俺たちが見ている世界は網の目で区切られたフィルターがかった世界だということです。

「時空における人生の謎を解くものは時空の外にある。けれどもご存知のようにそこに謎はない。もし質問さえできるなら答えを得ることもできるのだから」

『時空における人生の謎を解くものは時空の外にある』⇒時間と空間という網の目によって人生(人間の認識)は成り立っているため、その時間と空間という網をはがしたところに根本的な謎を解くものがある(例えば時間や空間を存在させている何か)。

『けれどもご存知のようにそこに謎はない。もし質問さえできるなら答えを得ることもできるのだから』⇒けれどその網の目を外したところにはもはや謎というものはない。謎というのは何事かを1ミリでも認識できて始めて謎になるからです。網を外したら人は何も認識できなくなってしまいます。なので網の下には「謎」という網の目の一つさえも存在しえないのです(0さえ存在しないところが時空の外です。0はこの世界の網の目の一個です(Lumoの歌詞はこの意味では矛盾をおかしています笑、→「0という絶対と、1という可能性、この世界に0はない」。けれど絶対無は言葉では表現できないので無は0とするしかないのです。。。。)人間には時間と空間という網の目を外しては、何も理解することができないし、どんな世界をも想像することができないため(少なくとも俺にはできない笑)、その時間と空間を越えた先の場所(場所でさえないところでしょう)への質問は立てる事ができない。もし質問をたてることさえできるなら、それに対する答えや、もしくはその質問方法自体が「間違っている」といった判断としての「答え」が導けるからです。

つまり人間である俺たちには人生の謎は解けない笑、っつーことです。ってそれは悲しいですね。
まだまだっつーかほとんどウィトゲンシュタインの考えは解ったような解らないようなって感じです。っていうか、解ろうとすればするほど彼の主張から遠ざかっていく面もあるような気がするので、そこも含めてとても興味深いひとです。

で、先に「音楽も網の目にそって始めて音楽になりうるのか」と自分で書いたけど、俺は音楽は人間の認識方法の理論からはみでてにじみだしていけるものだと信じています笑。人生は謎だらけですが、音楽はあるだけで素晴らしい笑、そもそも俺はゆらゆらしたいだけなんだ!

そんなマニアックで愛しい映画を観れたことに感謝しつつ、眠ろう。
グッドモーニンG。

YES.L.W/hozzy

カパーゾ。

また、プライベートライアンを観てしまった。
これでおそらく7回目だ。
始めて観たのは小田原のオリオン座という映画館で確か高校1年生の時。
ありえない衝撃をくらって、駅まで友達と無言で帰ったのを覚えています。
オリオン座は潰れてしまいました。

ノルウェイの森とプライベートライアンはほんっとに飽きねえ。
どっちも小説と映画でとても有名な作品なだけに、本当ならもっとマニアックなやつとかを「これが私のお気に入りです」とかって、実は人に言いたいあまのじゃくな自分もいるんだけど(いやらしい笑)、しょうがない。良すぎるもんは良すぎる。

しかしあの映画はどうやって撮ったんだろうって、いつも不安に思ってしまう。本当に撮影中に事故で何人か死んでいるんじゃないかってくらい戦闘シーンが強烈だし、カメラのアングルの捉え方も緊迫感剥き出しで神がかってるし、俺はもちろん戦争に行ったことは無いけど、戦場ってこんななんだって本物を見ているかのようなあのリアル感が半端じゃない。

「戦争」は絶対悪だ!って言うにはいささか複雑な時代背景があったり、当時の政治状況があったりって、人間それぞれのそれこそ「正義」の体系の上で戦いは行われているものだから、むしろ俺みたいな何も知らないやつが「戦争反対!」なんて、その場限りの薄弱な意志と「こわいこわい」って何が恐いのかよくわかっていない無知に等しい経験をもって、世間に誘発されて何事かを叫んだとしても、数時間後にはそんなことすっかり忘れて結局カップラーメンとか食いながらケツをかいてゴロゴロするのが行き着くところです。最悪です。

誰だって殺し合いなんかしたくなんてなかったんだろうけど、するしかなかったんだろうなと戦争資料を見るたびにいつも思います。
誤解を恐れず言うとかの悪名高き某総統さえも悪く思えなくなってしまう時もあります。どの立場に立つかで全然見え方が変わってしまう。
人間全体の目線で見れば、悪い立場なんてないようにも思えてきます。

一番悪いのは、良い悪いで分けるこの世界の法則だと俺は思います。何が悪いのか良くわからないのに、悪いものは悪い、だから疑いなく「悪いの反対!」って、逆に言うともの凄く悪いことのように思えます。
戦争って何に向かってどこから手を付けて理解すればいいのか、あまりにも巨大すぎて俺にはわからなくなってくる。
そして同時に「平和は善」ってものすごく頼りない主張に思えてしまうのは俺だけでしょうか。

ただ、プライベートライアンを観ればそんな頭で考える物事なんてぶっ飛んじまうくらいおっかねーし、戦争の是非うんぬんをおいといて、人間はあんなおもちゃのように死ぬべきではないと思わされます。
映画の中で牛もいっぱい死んで転がっていました。銃弾の盾になったりしながら腐っていくのは、牛にとっても悲しいに決まってる。

そんな複雑怪奇な戦争や人間へのテーマをハイクオリティーなエンターテイメントに仕上げたスピルバーグってどんな人なんだろうって今更ながらすっげー気になる。こないだ拓郎に薦められて「ジョーズ」もまた見たけど、あれも凄いし笑。あのおじさんが見ている人間への眼差しを一度で良いから俺の濁ったマナコと交換してほしいなああ。

YES.ryan/hozzy