藍坊主 | 9月
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9月 2007

月と森小人の踊り。

ブログに書いてあったforestoneって文字を改めてじーっと眺めてみたらforest+tone以外に更なる単語の組み合わせを発見!

for rest tone

for esto tone

for esto one

合いそうなやつでこんだけありました。Estoはエスペラント語で「存在」という意味です。Lumo(ひかり)やLuno(つき、羽化の月の主人公の名前)と一緒の言語です。

forest stone

for rest stone

あんま企画に関係なさそうな組み合わせでこんなのも発見。

つーか、やっぱアルファベット系の言葉は響きが綺麗ですね。くやしいけど、日本語にはない流れがある。ひゅるひゅるしてる (くやしいので擬音語で対抗)


なんだか「森」とか「存在」が最近俺の中でもぶくぶく膨れ上がってきていたような気がするので、くるべくしてきた言葉みたいに感じられてきてますゾ笑。それは言葉への意識の投影だ、とユウイチは言うかもしれないけど笑。


これをぽん、と出したタクロウ(だった気がする)、ナイスぽんっ。

「燃えよ藤森」からこうきたとは。


ちなみになんか「ロハスな感じだね!」と思った方がいたら、ロハスって言わないでおくんなさいまし。
俺、ロハスって言葉嫌いやねん笑。

YES,forestone/hozzy

2時からの徘徊。

マンドリンボーイがやってきて、へこたれた顔をしてうつむいてるものだから、「帰りなさい」と促したら、タンバリンジェントルさんに変身をした。
ぬらぬらぬら、リヴァーブをあんまりかけないでおくれ、と丁寧に会釈をするところ、さすがジェントルマンである。
いきつけの飲み屋に誘ったところ、おずおずと鈴を一個差し出して、これで勘弁してください、って俺の嫌いな蛍光灯の光の下で懇願する。
「いいから、チャンジャと麒麟で一杯やろうよ」って、いくら言っても首をふるだけのジェントル野郎。
お前の優しさは鬼ごろし以下だ。
メチルの方がまだましだ。

今回の曲書き、ひどく神経がずるずるになります。耳が5個くらいになる。
さっき笑いが止まらなくなったかと思えば、今度は死にたい気分になる。
○○の法則に従えば、ウンコしかできず、黄金を目指せば、鋼鉄の壁につるはしはひしゃげてよれる。するめいかを噛みながら、イカの人生について思いを巡らせてしまう始末。のどの奥の味がデロンドドン。

セミが結構死んじゃいましたね。

YES,bababababa/hozzy

凄い雷で思い出したこと。

否定の否定の否定=否定という常識。
否定の否定の否定=第四の新しい肯定にならないのはなぜか。

否定の否定=1→2→1。
「1⇔2」の行ったり来たりルール。
常識。

否定の否定=1→2→3って言ったら、
非常識。
けど
「1→2→3」って物事が飛ぶ瞬間は、生活してればたくさんある。

「この林檎じゃない、けど、あの林檎でもない、その林檎です」とか。
「人生は面白くない、けど、悪くもないゼ、不思議なもんです」とか。

「これでもない、あれでもない、ああ、それですそれです」の否定の否定は、「1⇔2」の行ったり来たりルールに当てはまらない「1→2→3」。
この仕組みは、どんな常識であらわすんだ。

あとこれ、
幼稚園くらいの時によく混乱した記憶があるんだけど、

「今何時?」
「10時5分前よ」

こんな当たり障りのないよくある会話。
なのにもの凄く不思議に思っていた時期がありました。
それは「前」ってところの考え方。

この「10時5分前」って9時55分のことなのか、10時5分のことなのかでよく混乱していた。
今だったら、当たり前のように9時55分のことだってすぐにわかるけど笑、幼子にとっては「10時5分前」は10時5分のことにも思えてしまうのです。
だって、「10時より5分前方にある時間」って捉えられるもの。前にある、先にあるって。むしろ俺はこっちの解釈の方が好きでした。けれどそれではいけないのです。そんなんじゃ大人になんかなれません。
ルールと言うのは不条理ダ。

YES.105/hozzy