藍坊主 | 10月
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10月 2007

ベイビ。

やがて芽が生えたその場所からは、美しく透明な深い音色が漂いだした。
その音につられて蝶やカマキリやきりぎりすも集まってくるようになった。それは誰にも知られない、孤独さえも手が届かなかった暗がりに、始めて光が落ちた瞬間でもあった。メーワイは土の中にくるまりながら、遠い場所で夢を見る。微かな寝息が芽の根を震わせ、彼のやさしい呼吸を葉は世界にばらまいていた。

光のリズムを聴いたフクロウがコウモリに言った。
「おいおい、あそこの影がだんだん濃くなっていないか」
「ああ。恐ろしいね。あの光の音が強すぎるんだよ」
「このまんまじゃ僕らの闇が狂っちまう」
「うん。だんだん息苦しくなってきた」

月明かりが細々と見え隠れする中、ゆっくりと森のバランスが傾き始めていた。

メーワイの寝息は美しく、光を音に変えたように樹々を揺らしている。どんなに腕の立つバイオリン弾きにも表現できないような響きを浮かばせている。それもただ眠りに落ちているだけで彼は何も知らず望みもせずただそこで美を鳴らしているだけだった。それは不器用な美であった。彼の美は純粋である故のある種の暴力性も孕んでいた。少しぼやけたところで強烈な醜悪さを放ちながらもそこに燦然と存在している香水の輝きのようなものだ。ダイヤの原石よりも貴重で、同時に三文の価値もないような石くれのようにも思えるもの。むしろ、不幸を呼び起こす、過剰な優しさを粉末にしたようなもの。あるものには深い安らぎを与え、あるものには暗く灰色い憎しみを呼び起こすもの。

「あの芽をつんでくるよ」

そう言うと、コウモリは羽ばたいて、メーワイの額から伸びて地面に飛び出した新芽の葉をひきちぎってしまった。忌々しそうにその葉を眺めた後、生ゴミを捨てるように森の闇夜にそれを放って自らの巣に帰って行った。

また暗がりは、もとの暗がりに戻っていった。
ただ以前と違うのは、そこにはもう「無」というものがなくなっていた。
孤独が「ぐうぅう」と産声をあげた。

YES.houhou/hozzy

チチュウ。

ミュラル通りの一角にあるサーカステントの入り口でもぎりをしていた男が、突然ナイフを持ち出して暴れだした。そのときたまたま側にいた老婦人を肩で突き飛ばすと、わけのわからないことを喚きながらズボンをずりおろし、その場にあったパイプ椅子と交わるふりをした。男の唐突な行動に唖然とする通行人たちは誰一人として状況を把握できず、女たちはただ悲鳴をあげるばかりだった。そんな人間たちをよそに彼は焦点の合わない目で高らかに天をナイフで突き、張り裂けそうにこう叫んだ。
「俺は人間じゃねえ!わかってんのかてめえら、お前らカチカチなんだよ!俺を差別しやがって。おい糞やろう共、俺に近寄ったらぶっ殺すぞ、、、、、。で、で、で、で、でっかいナメクジ姫が、ずっとこっち見てんだよう」
意味不明である。
異常を察知したサーカス団の団長がテントから飛び出してくると、男はそちらをぎらっと睨み歯をむき出しにして飛びかかった。
二人は地面をころげて、もうもうと砂煙がたちこめる中もみあった。鳥が絶命するような奇妙なうなり声が増すにつれ、その激しさに更に視界が悪くなる。その声に気分が悪くなった少年はその場にうずくまって嘔吐した。それを見た少女も嘔吐した。ヒステリックに吠えつづける犬も混然とする群衆たちもその危機的な状況に全員パニックになり、気づけばあちこちで殴り合いの喧嘩も始まっていた。

町の警備隊がその場に到着した頃には、人々はぐったりとへたり込み、テントの前には男の皮がくしゃくしゃに横たわっていた。綺麗に脱皮した男は、そのまま町外れの森の方へ走って消えて行ったのだそうだ。
その姿を真近で見た団長は、目が潰れ、口も糸で縫われていて開けなくなっていた。救護班がその糸を取り外すと、団長は震えながら彼の見たその男の姿を意外にも饒舌に語った。
「あいつは人間じゃない、ナマコみたいにぶよぶよした化け物だった」
「皮から飛び出るとき一緒に二匹の小人が鼻から転がってきた。そいつが俺の口を縫ったんだ」
「姫が、姫がどうこうって言ってた、よくわかんねえ」
「俺の目、どうなっちまったんだ、」

YES.slug/hozzy

くしゃみがでなくなったある日。

通り過ぎて行った全ての物に、憎しみと感謝の念を込めて彼は筆を振り回していた。夜をなぞり、星影を映し、世界の闇を閉じ込め、呪詛を塗る。
5号のキャンバスはその体に窮屈することなく、彼の無言の暴走に同じく無言の広大さで答えつづけた。
汗をかくこともなく、虫の声のテンポで、抑えきれない絶望の噴出を生地に叩きつける。失ったはずの左足が、その躍動に熱く痺れてそこに在る感覚がする。水色の包帯は絵の具に染まってヘドロ色になってしまった。メーワイはそれで鼻をふいた。

涙があふれだしたい事にも気がつかず、メーワイは穴を掘った。
誰にも気づかれない誰も立ち止まらない湿った木陰に穴を掘る。
ここには孤独なんてものはない。
本当の孤立には孤独なんて名もつかない。
ここは孤独を知らない。

穴を掘る。
狭く深い穴を掘る。

メーワイは冬眠する。
卵になるイメージに、沈みゆく意識を溶け込ませて闇に落ちた。

YES.tamagone/hozzy