10月 2008

残骸たち。

愛とは知らず、ぬくさの海に浮かんで眠り、
光り輝くその先は、自分を母と呼ばさせた。

それとはしらず、きづけば太陽の下に居て、
噛み砕いていたのは、真っ白な砂糖菓子だった。

気づけばそこに、僕は居た。
気づけば僕は、僕だった。

これから僕は、瞬間のすごさを君に言おうと思う。

空、君、風、月。

空は空より大きいんだ!
君は君よりあったかいんだ!
風は風より優しいんだ!
月は月よりやらかいんだ!

飛び込んできた空は、空よりずっと大きかった。
抱きしめた君は、君よりずっと暖かかったんだ。

混ざって溶けて、一つと思うまえに既にひとつで、ばらばらじゃない。

しゅんかん。

世界とぼくらは、いつもひとつなんだよ。

かいていた。えりあしを。そうだ、3日お風呂に入ってない。
かじってた。親指を。そうか、もうごはんの時間。
わらってた。鼻先で。そうだ、ぼくはあなたがきらい。
泣いていた。全身で。なぜかは、なぜだかわからない。

よくみてごらん、この瞬間を、事実、瞬間が僕より先を生きている。

言葉には力がある、感覚を無力にする、力がある。
詩には力がある、言葉をぶっ壊す、力がある。

さらさらとなでる、ジャージ、青いナイロン、その感触、0と1のあいだ。

僕にはもう簡単には、ネジは外せないけれど。

パンロックに浸かり、カートコバーンを愛し、27でお前も、死んでもいいと思ってた。
悪いがベイベー今は、死んでも生きなきゃなんねぇ、お前はどこに行くのか、お前はどう思ってる?

けど、どういうわけか、目をみ開くこの世界、ひどくぼやけてる、厚みがまるでない。

薬で治るほど、物質的な心を持ってるつもりは、ない。

みんなみんなみんな、貧困や、戦争や、あいや、未来に、不安をかんじてやがる
なぜだ?なぜだ?お前らは幸せか?こころがぶっこわれはしないのか?

距離0センチのこの瞬間が、ぼくにとっての大問題だ。

整頓された世界、学校教育に哲学を本格的に導入した方がいい。
教育は、害がない程度に子供を泳がせる、人間は機械じゃないと、さわやかな文句とともに、不自由なじゆうをうたう。

月にいった夢を見た。ロケットで遠くまで、なぜだかタクロウは、ボウズだったんだ。

空転する感覚!
一方通行の主張!!

君にはどう見えている?
僕がおかしく見えるなら、その感じを、是非とも、大切にしてくれ。
その感覚を!!

僕は僕よりもっと遠いのです。

感覚を捨てた代わりに、僕は言葉を手に入れた。

狐のワルツ。
今日はパパの誕生日、木の実をたくさん集めましょう。
カエルは二匹、つがいで仲よさげ。

その手触りを、窓越しにたわむ光を、たしかにつかむその場所が、目を閉じた闇に、皮膚を映す。
だから、君を愛せば愛すほど、僕は愛に満たされる。

君が肩を叩いたから、僕は振り返ったんじゃない。
目に飛び込んだ君を見て、振り返ったことを知る、肩を叩かれたことを知る。

瞬間はものじゃない。

時間の順序を大切にしたい。

生きた生きることに触れ続けていたい。

YES.time/hozzy

20XX年宇宙の旅。

インドに行ってからもう2年がたった今、俺そろそろまた外国に行きたい。
こないだの旅はごちゃごちゃしすぎてて、ちっとやそっとの時間じゃ理解不能な体験が多すぎたから、文章にして旅行記みたいなことを書くことができなかったけど、今頃になってようやく消化できてきてきたような気持ちになってます。
楽しくて苦しくて緊張して霧散して、やっと凝縮した。

どうやら俺、インド後から急に老け始めたらしいです笑。

旅はいいもんですな。
すごい色々思い出してきたよ、秋の肌寒さの中で、、、、はっ。

16歳の夏休み、親友Kと箱根の大湧谷めざして自宅からママチャリで登山。みちゆく数少ないチャリ登山者はみんな本格武装したマウンテンバイクだった。
何キロあるのかわからないけど、朝早く出て夕方4時頃に頂上について食った温泉卵が死ぬほどうまかった。
脱水症状寸前で泣きながら食ったあの味は決して忘れないだろう、、、。
ちなみにこの日の条件は、現金所持禁止&おにぎり3個&500ミリペットボトル一本で登頂まで目指す、でした。ちなみに温泉卵は、そこらへんにいたひとに、なんとなくおごってもらいました笑。

17歳の夏休み、親友kと大阪の大阪城をめざして小田原の1号線のガストからヒッチハイク。ギター一本抱えて弾き語りをしながら、その日しのぎのサバイバルライフに挑戦。過酷な旅になることが予想されていたため俺の心は約98パーセント挫折することを考えていたのだけれど、kはひやすら馬鹿みたいに「行ける!行ける!」と言っていたので、「バカだなこいつ」と思っていたのだが、結果的に大阪城で記念写真を撮るにいたった。信じられんことに、以外に人々は優しかった。ダンボールに行き先を書けば、30分以内には乗っけてくれる人が現れるし、下手すれば「頑張れよ」なんて金を恵んでくれたりする善なる人もいたのでした。なんだかすれていた俺は、このとき我が目を疑いつつ、「世の中捨てたもんじゃないな」となんだか懐かしい気持ちに、泣きたくなったのでした。バカをバカと思うのは、自分がただ小さいだけなのを示しているに過ぎないのかもと思うようになった。案外、やってみると予想以上の結果に出くわすこともある。枠を自分で作るのは、結構良くないことだと身にしみてわかった。希望を抱いて帰ってきた旅だった。
ちなみにこの時の条件は、現金所持禁止、弾き語りのみで次の街を目指す、でした。

17歳の夏休み、ヒッチハイク後、間髪入れずにアメリカに親のすねをカジカジして行く。サンフランシスコはなんだかジャンキーばかりだった。
ヒッピー文化が色濃い街だけに、あらゆることがなんだか緩い感じで、あんまり長く居ると帰れなくなってしまいそうな雰囲気がぷんぷん。
しかし、俺はもう1週間で帰りたくなっていた。お茶漬けが恋しくて恋しくてしかたなくなって、肉とか、ポテトとか、もううんざりしてしまって、マックとかもう真っ黒に塗りたくってやりたくなって、いらついてしょうがなかった。
飯が合わないってここまで苦痛なのかと、思い知らされた高校2年生の夏でした。
ちなみにこの時の条件は、特にねぇーっ!!

18歳の夏休み、特になし。予備校で未来に消しゴムを押し付ける毎日。

19歳全般、腐ってる。

あー、なんかめんどくさくなってきたぞぉ。

そして、そのあいだにころころ国内は旅して、
24歳でインドに行ってガンジス川に飛び込んで、下痢になって、価値観をぶっ潰されて帰ってきたのでした。

なんか旅って文章にするとすげー味気なくなるね。いまさらってか。
俺の表現力が足りひんせいと、持続力が弱々しいのが主な、つーかほぼ全ての原因なのだが、結論を強引にいっちゃっていいかな。

「経験に勝る言葉なし」

机上の空論、想像、とんちんかん、皮肉、
そんなの俺大好きだけど、やっぱ本気で納得できる瞬間って何かって言ったら、経験に結びついたことにしか結局集約しない。
俺みたいに普通の生活してる人間に(端から見たら普通ではないのかしらん)、政治家先生のご立派な言説はとんと響かないし、はたまた坊さんなんかのありがたい説法もなんだか空気みたいに耳から耳へと通り抜けていってしまう。

そのひとがそのひとにそった経験をしなきゃ、結局なんもわからへん。

おいら、いつでも経験したい。
なんでもいいから、想像を超える瞬間に何万遍でも立ち会いたい。
つーか世界一周とかしてる人々に俺は嫉妬しまくってるよ。
インドで会った人たちとかみんなそんな奴らばっかだったし。
チケットよこせよちくしょう。って別にそんときは思わなかったけど笑。
今思う。

つーか宇宙っていつになったら10万円くらいでいけるようになるのだい?
はやくいかせてくれよ、糞科学テクノロジー!!

YES,journey/hozzy