8月 2011

第三次災害派遣ボランティア。

三回目の岩手釜石。
瓦礫の量は心なしか減っているような気がするけれど、時間の割にはやっぱりそんな進んでない感が否めなかった。
二ヶ月ぶりに来たんだけど、やっぱりなかなか回復させるっていうのは難しいようです。
今回は二日間しか参加できなかったんだけど、一件のお宅を片付けるのにそりゃ多くの人力が必要なんだと改めて思い知る。
途方も無い作業がまだまだ現地には残っている。
作業させていただいたお宅のすぐ横では警察がまだ遺体捜索をやっていたり、すぐ裏の港にはでっかい貨物船みたいなのが壁突き破って乗っかったまんまだとか、車が通る道は随分綺麗になったけれども、どうにかしなけりゃいけないところは山のようにある。
ほんと個人の自己満足や、シカト決め込むってのじゃ許されない現実があるのだ。
この釜石という所は、現時点で岩手で一番復旧が遅れてしまっているようなので特にそう言う部分が目についてしまうのかも知れない。
隣町の大槌(俺の父方の実家)はかなり良くなってきているみたいです。
毎回実家の方じゃなくて隣の街ばかりに参加してるのもどうかと思うんだけど笑、結構前から釜石市のボランティア参加人数が大槌の半分ぐらいだっていうのも聞いていたので(街の規模で言ったら釜石の方が大きいのに)しょうがない。
ほんと色々とわけがわかんねえな。
ボランティア参加者の人数も減ってきているから、その人たちを受け入れる団体も維持すべきかどうかで揺れ動ている(体制を維持するだけでもお金はかかるからね)
けどその団体が消えたら、ボランティア参加者自体が実質いなくなることになる(参加意志がどれだけあったとしても)。
その分行政やなんやらが、しっかり復旧や復興のために、現場作業員を必要な分だけ確保して、現地のニーズにしっかり答えられるようにして、賃金もしっかりと発生させて雇用をガンガン増やして、経済復興にもしっかり役立つようにできるのなら、それが一番良い事だと思うのだが。
現にそういう風に動いているようなのだけれど、あまりにも規模が小さすぎるし(消極的すぎ)、利権とかそれ絶対絡んどるでしょ?!、って感じの仕事の組み方のようなものも、素人目にも現地に行ってるとなんとなく解ってきちゃうのよ。
ていうか、仕事で入ってる人たちの数が少なすぎ。
政府は何をやっとるんだ!!
アピールばっかりよねほんと。
前総理のあのオデコのボタン100発くらい連打してやりてえよ。
大人ってこわいよ。
ずるい。
若者は大人の言う事なんか聞いちゃ駄目だよ。
自分でしっかり考えて行動した方がよっぽど世の中のためになる人間になれるよ。
俺は子供にそういうよ。
体制を信じるな。
お前の良心を信じろと。
ほんとね、この災害派遣に関してはボランティアなんて生温い言葉はあわねえよ。
向こうの仲間とも話したけれど、ボランティアなんて響き、だいっきらいだからね俺も彼らも。
ただにこにこのほほんしてる雰囲気なんて俺は憎悪してる。
新しい言葉が欲しい。

マジ、くそボランティア行為やりにまたいきてえぜ。

いっとくけど、俺はしつこいから、何回でもこの震災に関してのネタは書き続けるよ。
スルーさせねえよ、メディアたちのようには。


その前に、東北にツアーに行くぜ。
茨城は東北じゃねえけど、細かい事は気にすんなだぜ。
俺が音楽でできることも、現地で出来る事も、個人の力などたかが知れているが、精一杯やらせていただきたい。

みんなで東北をもっと盛り上げようぜ。

YES.hands/hozzy

イギリス海岸の途中から。

リキッドルームのライブ楽しかった。
去年に引き続きアニーバーサリーイベントに呼んでいただきありがとうございました!
おめでとうございます!
そしてバックホーンとの初めての2マンライブ。

MCの時にもちょっと喋ったけど、高校3年の時にバックホーンのインディーズの一枚目を聴いていた身としては、なんとも感慨深い時間でした。
岩手に一人旅に出かけたときに、ハイスタとバックホーンを1枚づつ交互に聴いていた。
花巻の宮沢賢治記念館に立ち寄って、そのあと歩いてイギリス海岸を目指し、迷い込んだ山の中で聴いた「晩秋」の何とも言えぬマッチング感を今でもはっきり覚えています笑。

やっぱめちゃくちゃかっこいいね。
VOの山田さんは色んなものを俺にくれる。

打ち上げが楽しすぎて次の日近年まれに見る二日酔いに、三日酔い位の勢いだった笑。
また頑張ろうと、思えました。
皆さんありがとうございました。

そしてなんというタイミングか、これからまた岩手に行ってまいります。
先月はごたごたして行けなかったので二ヶ月ぶり。
夜行バスで岩手行くのは初めてなので、なんか緊張する。

雨止みますように!!

YES.liquidroom/hozzy

はぎやまクン。

夏バテ気味。
おひさしぶリです。
一ヶ月近く書いてなかったコラム。
相変わらずそこらへん適当です。
おひさしぶり。
しかしこう気温が変動しまくると自律神経系がキリキリしてきますな。
重力が3割増くらいに感じる。

ここ最近は曲作りの個人作業にそれぞれメンバー入っており、一週間以上みんなの顔見てないな。
この期間はほんと楽しいんだか辛いんだかわからない。
いい感じの曲ができそうになると死ぬほどワクワクするけど、一度変な方向に入るとなんも出てこなくなる。
正確には、同じクソみたいなメロ、コードが、拷問のように頭から離れなくなる。
無理してひっぺがそうとすると、もっとウンコになる。
齢30目前にして、「ウンコ」とかまだ書いてるのってどうなんだろう。

写真の魚は、こないだ気晴らしに神奈川の真鶴半島の磯に行った時に採ってきたカワハギの幼魚。
干潮時にできる潮だまりでウロウロしていたので網でとってきた。
他にもアジの子供らしい小魚と、アゴハゼってハゼの小さいのも採ってきた。
貝もコケとりように採取してきた。
みんな意外や意外。
野生のくせに、一日で人工餌に食いついてきた。
カワハギにいたってはかなりの暴君ぶりがもう現れ始めている。
やっぱハギは気性が荒い。
縄張り意識が強い。

この時期の磯には南方から潮の流れに乗ってやってくる熱帯魚が関東の海でも見られる。
カクレクマノミやスズメダイみたいな鮮やかな魚が磯にもやってくる。
ただ、一般的にはこの魚たちは二度と故郷には戻れない「死滅回遊魚」って呼ばれている。
一度こっちの方に来ると潮の流れはもうもとの海には向かわないかららしい。
ただ、最近の海水の温暖化で冬越えする熱帯魚たちもいるらしくて、もう少ししたら「死滅回遊魚」なんて物騒な名前はなくなるかもね笑。
俺もちょっと海の中入ってみたらすぐにスズメダイとかチョウチョウウオとかが泳いでいるのを見つけた。
磯で見るのはちょっと変な感じだけど、ショップで売ってる魚たちを自然の中で見るのはやっぱ気分が良い。
俺が飼ってる魚たちの中にはブリーディングの個体もいるから、海を知らずに水槽の中の世界だけで生きているやつもいる。
ファインディングニモの映画の中でもそんな魚がいたけど、なんともいえないですな、、、、。
かといって、やたらめったらそんな魚たちを海に帰したりすると生態系に無駄な干渉を与えてしまうので余計海にとっては迷惑なことになる。
実際、近海にいるはずの無い遠い海域の魚が千葉の沿岸とかでも見つかっているらしく、そこにいる固有種との交配で、本来の遺伝情報が書き換えられている恐れがあるってどっかで読んだ。
さかなクンがぎょぎょぎょって怒っちゃいますなこりゃ。
これは俺も肝に銘じて忘れないようにしなくちゃならん。

そんでもう一つ。
これがびっくりなんだけれど、真鶴半島にサンゴが生息しているという情報をゲットしたのです。
実際こないだ磯に行ったときに、ダイビングしにきた水中カメラマンの人にも同じ話を聞いた。
「サンゴがなんでか真鶴にいるんだよ」と。
今調査中なんだって。

俺が見たある人の写真だと、ミドリイシサンゴって「THEサンゴ」って感じのサンゴが映っていた。
この種類は日本国内では通常採取禁止なくらい守られているサンゴだから、これが神奈川の沿岸近くに生息しているとしたら相当凄い事が起きているってことだと思うんだけど、、、。
サンゴは栄養が豊富な海では普通生きていけない種類なので(土壌から流れる養分、リンとか生活排水とかの有機物が大敵)、それは言い換えるとサンゴがこっちの海でも生きていけるようにゆっくりと進化をかましているのか、、、それともこっちの海が想像以上に貧栄養化しているのか、、、、。
海が温暖化しているって話だけじゃ、サンゴが生息できるって理由にはならないくらい、色んな条件が揃わないと奴らは生きていけない生き物なんだ。
飼ってるからよくわかる笑!
意味も無く突然死んだりしてしまうこともある。
究極に繊細な動物。

と、不思議な事だらけの海が、もっと不思議になっていく。

サンゴとか魚を見ていると、なんで宝石がこんなに人間の世界で価値を持つのかが解る気がする。
宝石は生きていないのに綺麗だからだ。
生きてないから死ぬ事も無い。
それなのに生き物が放つ美しさに似たものを宿しているから価値を与えられているんじゃないかと思うんだ。
宝石に比べたら、俺はサンゴや魚の方がずっと綺麗だと思う。
正直比べようが無いほど歴然の差を感じる。
なんたって生きていて動いて角度によって色彩も透明度も刻一刻と変わる姿に魅了される。
サンゴの他にも、雷や月や海そのものや夕焼けや子供の瞳にも同じような印象を与えさせられる。
美しい!!

ただこの美しいものたちは、この手のひらで愛でる事ができなかったり遠すぎて触れられなかったり、死んでしまったりして刹那的にすぎるんだ。
言ってしまえば

「安定的に所有する事が出来ない」

だから宝石にその憧れを託したんじゃなかろうかと。
なくさない限り、所有者が死なない限り、宝石は持ち主のもとを去らないし誰かのものにもならない。

ダイヤモンドは永遠の輝き。

敬愛する甲本ヒロトさんがいつか言っていた通り、たかだか100年で死ぬ人間に永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ、と確かに合点がいくけれども。
みんな本当は宝石なんかどうでも良いんじゃないかと心の奥底では思っているんじゃないかとも俺は思うんだけどどうなんだろう。
永遠という憧れを生まれながらに喪失し続けるしかない人間の絶望的な穴ぼこ。
それを少しでも慰めるための価値なんじゃないかな。
夕焼けよりも宝石の方が価値はあるのかもしれないけど、美しさそのものでいったらきっと夕焼けの方に軍配が上がると思うんだけどどうだろう。
俺がひよってるだけなんだろうか笑。

俺の価値観でいうと、サンゴに宝石は勝てないよ。
サンゴも海の宝石って呼ばれているけれど。

そして宝石もカワハギのつまみの味そのものには勝てないよ。
味わう感覚には勝てない。

瞬間に永遠は勝てないのだ。

それが人間ホジーの生きることへのせめてもの慰めなのだ。

YES.corals/hozzy