2月 2014

パズルに描かれてたモネの絵。

title= ,wright=hozzy,update_date=2014/02/26 (水),article=今日は久々に一日中ハンダの匂いを嗅ぎながら攻略すべき回路を辿ってた。
が、回路図がないと無理だ。
地図なしで、太陽と星を見ながら摩周湖まで行こうとしてるに多分近い。
もうリームーだ。

なんで自分はマイクでもなく、ギターアンプでもなく、「プリアンプ」にこんなに執着してるのかがわからん。
パワーアンプじゃ駄目なんだなんか。
かすかな信号をまあまあな大きさに増幅する器官的な機械に異常に魅かれる。

世界史の近代文化史じゃ絶対扱われない音響技術の発展史、マイナーすぎる。それを音楽産業の発展と一緒に読んでいくとドラマチックすぎて萌える。

ミュージシャンは踊ってる。
スポットライトを浴びて賞賛を浴びるけど。

そのフロアを作ってる半端じゃない天才たちがほんと影にいる。
マニアックな間でしか存在しない神がいる。
奇跡の設計図がほんとにあるから、それに触れたいと思うのは、当然のことだろう。

部品が作り上げる思想の完成系は、モネの睡蓮のようにこっちより向こう側にある。
本気のパッションが詰まった機械の箱は小林秀雄の考察のようにたのしい。

費用対効果が悪く、ビジネスにならずに時代に埋もれた設計法とかがあったりする。
そんなん知りたくなるのが性であろう。

ナチスがPAシステムを作ったって都市伝説みたいな話があるけど、多分限りなく本当だと思う。
そんくらい音響技術の始まりはロックよりも古いしドイツの技術は半端なかったし、それは自分でも確認した。
そんで戦争がからむと技術の進歩ってのが異常に進むのが歴史の常だから、その頃に考案されたマイクなんかが今のレコーディングマイクの基礎になってるってのも実話だと思う。

とか、絡めて調べると止まらなくなってしまうでしょ。

ただ、蘊蓄(うんちく)を溜め込んだり、機械を動かすことは出来るようになってもそれを音楽的に扱えるかどうかってのはまた違う技術が必要になる訳で、、、、。
PAやレコーディングエンジニアさんたちの腕をどうにか手中におさめたい毎日。

下積みとかしなきゃ本当は機材のツマミにも触っちゃいけないような厳しい掟とかあるに決まってるんだけど、あいにく俺にはそんなことする暇はないので、すっ飛ばして機械をいじらせてもらう。
それをするためにもとにかく眠れるレジェンドアイテムを探し出して、回路図に従って自分で電気を繋げて起こしてやらなくてはならない。

そしていつかmade in japanオンリーの部品で、心底納得のいく自分のためのマイクプリアンプを死ぬまでに作るのが目標になりました。
 
とにかく慣れだな。
やり続けるが吉と見た。

YES.pin7/hozzy

額に飾られたパズル。

残すところ横浜一カ所のスノーマリーツアー。

なんか行程が過去最高にvoパートの自分にとってジェントルなスケジュールだったので、岡山なんか初めて駅の方に500メートルぐらい進んで歩いた。
岡山城も初めて目視した。
もうちょい気温が高かったら目の前まで行って写真とか撮ってたな。
福岡では久々一人でラーメン屋に入ったし(めんどくさくていつもコンビニに行く)、京都では近江と拓郎とツッターとやさし~い味の昼食を食いにいったりした。神戸では今年初めての降雪を見た。
浜松はハンバーグを食べにいき夜遅くまで球技をし、熊谷は初日でバタバタしてたけど仙台でスタッフ含めてみんなで呑みにいった。北海道は雪と塩ホルモン、近江とジェロさんと楽しんだ。

ぶっちゃけ初めてだわ、このツアー感。
これをもっと早く味わってたら、俺のバンド観も今よりずっと違ったものになってたかもしれない。

いつもツアー中はあんま部屋から出なかったからね。
だってきびしいんだ門。
遊んでたらライブできなくなっチャウヨ。
今まで何回も風邪とか引いて、見に来てくれた人をがっかりさせたことがあると思うし、申し訳ないと今でも思ってる。
だからね余計にじっとしてた。
俺は人間よりも人間なのだよ。
無理すると無理になる。
札幌のとき風邪気味だったのよ。
ほんとごめん、鼻詰まってたわ。
でもすげえライブは良かったと思ってる。
気持ちがなまら乗った。

ぶっちゃけバンドマンじゃ俺はないからね思考が、例えば、うちだとユウイチとかと違って。
俺って、信じられないことにほとんど人のライブを見に行くとかしないのよ。
映画とか絵の展覧会は見に行くのに、
人のライブいかないのよ。
すごい良いお誘いいただいても、家で色んなジャンルの制作してる方が100倍有意義だと思ってる。
95パーセントいかん。
後輩とか誘ってくれたりしても、どんなに仲良かったりしてもいかね。
すげえ憧れレベルで好きじゃないといかね。
カラオケとかもう死んでも一生いかね。
結婚式とかで歌ってって言われてもほんとは歌いたくなんてねえ。
飲んでみんなと一緒に花嫁を祝福できたら一番幸せ。

バンドマン失格!!
おれにとっちゃどうでもいいカテゴライズ昔っから「ロック」とか!
知ってる人は知ってると思いますが、俺はロックとかとっくに信じてない。
嘘じゃん。
俺がやりたいのはロックじゃねえ。
音楽だ。
好きだけどね、精神的なパンクは。

ロック、なんてほんと微かな一瞬なんだよ。
リアルなロックなんて、絵画には及ばない精神だと思ってる。
残せないんだ。
残らないし。
だからいいってのもわかるけど、
継続するロックなんてどこにある?
結局自分が鳥肌が立つのは、自分の感性に合ったときしかない。
残るものってなんなんだろう。
俺は日本人だし。
ロックって?
そういうことよ。

周りに迎合するな 己の道を貫徹せよ

これが理想でないならば、どこに理想があるというのか。

とにかく俺は表現したい。
バンドってカテゴリーが呪縛になるなら俺はもう嫌だな、、、。

ただ藤森が最近作ってきた新曲(オーケストラじゃない別の)は、すげえテンション上がった、っていうかあいつの何かが回復した上に強くなって俺が好きな藤森が帰ってきたって思って俺もまた頑張ろうと思った。

この関係が、藍坊主やってる俺のリアル。

つまりいつでも絶望したいんだ。音楽的にひれ伏されて。

そっから先に行く原動力を俺はバンドにただ求めてるんだねってことなんだね。
それだけが俺のバンド観だ。

つまり、散々今まで
「自分らしく生きろ」的なうた歌ってるやつでさえ、そう生きるのは難しいってことよ。

できあがった世界に生きたくないなら、やるしかない。

今もこの先も。

YES.X-GUN/hozzy

無意味のパズル。

現在ツアー中。
もう2月にとっくになってます。
コラム全然書いてない、、、、。
今岡山にいて、明日ライブで、今宿泊してる部屋で文章書いてます。
PCもってきて部屋で空き時間にいろいろやってます。
このいろいろをやってる結果に何かができるのかどうかは謎です。
生産的に生きるのはむずかしい。
非常にむずかしい。
なんかやりたいなあ、って思ったら、っていうか、こんなのしたいな、って思ったら、だいたい遠回りを強いられる。
環境とかのせいじゃなくて、自分のやりたいことのせいでね、強いられる。
本来だったら関係ない領域のことを扱わないとできないことだったり、これやって今の自分の活動にプラスになるのか?ってことだったり、冷静に端から見てたら「なんで?」みたいなことを、やんなきゃいけなくなって(自発的にね)それやんなきゃ多分できないことを、前よりやってる。
例えば、睡蓮の花を夏に本気で咲かそうとすることとか、「純粋理性批判」を訓練なしにガチで読んでいくとか、最近だと機械をいじって作ってみたりとか。

解りづらいでせう。

そう、わかりづらい。

生産的に生きるのは難しい。

誰かがやったことをやりたくないわけでもなく。
誰かがやったことをやりたいわけでもない。
悪く言えば、隙間みたいなところにひたすら突っ込んでいってオープンじゃないこと。
良く言えば、それ以外に自分の個性を表現する方法なんてなくねーかってこと。

そういうのもバランスなんだけどね、いつもグラグラしてなきゃ俺はやだな。

グラグラさせるためには、そうさせるためにもバランスをとる必要がある訳で、滑り落ちそうな体を逆方向に引っ張ってないと落ちちゃうしな。
グラグラすんのもちゃんと何か土台がなくてはできないんだな。
へりくつこねるといくらで言えてしまうな。
言葉は薬で毒だ。

論理は論理によって破壊されてる!

けど俺の脳?は、それでちょうどいい。
論理の限界なんて考えなければ、不都合なんてほとんどないんだ。

ドレミファソラシドの謎に光を当ててくれるのも論理だ。

知ろうとしなかった扉をまたゆっくり開くぞ。

全部は繋がっているんだ。
繋がってる。

YES.from greece.