藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

はぎやまクン。

夏バテ気味。
おひさしぶリです。
一ヶ月近く書いてなかったコラム。
相変わらずそこらへん適当です。
おひさしぶり。
しかしこう気温が変動しまくると自律神経系がキリキリしてきますな。
重力が3割増くらいに感じる。

ここ最近は曲作りの個人作業にそれぞれメンバー入っており、一週間以上みんなの顔見てないな。
この期間はほんと楽しいんだか辛いんだかわからない。
いい感じの曲ができそうになると死ぬほどワクワクするけど、一度変な方向に入るとなんも出てこなくなる。
正確には、同じクソみたいなメロ、コードが、拷問のように頭から離れなくなる。
無理してひっぺがそうとすると、もっとウンコになる。
齢30目前にして、「ウンコ」とかまだ書いてるのってどうなんだろう。

写真の魚は、こないだ気晴らしに神奈川の真鶴半島の磯に行った時に採ってきたカワハギの幼魚。
干潮時にできる潮だまりでウロウロしていたので網でとってきた。
他にもアジの子供らしい小魚と、アゴハゼってハゼの小さいのも採ってきた。
貝もコケとりように採取してきた。
みんな意外や意外。
野生のくせに、一日で人工餌に食いついてきた。
カワハギにいたってはかなりの暴君ぶりがもう現れ始めている。
やっぱハギは気性が荒い。
縄張り意識が強い。

この時期の磯には南方から潮の流れに乗ってやってくる熱帯魚が関東の海でも見られる。
カクレクマノミやスズメダイみたいな鮮やかな魚が磯にもやってくる。
ただ、一般的にはこの魚たちは二度と故郷には戻れない「死滅回遊魚」って呼ばれている。
一度こっちの方に来ると潮の流れはもうもとの海には向かわないかららしい。
ただ、最近の海水の温暖化で冬越えする熱帯魚たちもいるらしくて、もう少ししたら「死滅回遊魚」なんて物騒な名前はなくなるかもね笑。
俺もちょっと海の中入ってみたらすぐにスズメダイとかチョウチョウウオとかが泳いでいるのを見つけた。
磯で見るのはちょっと変な感じだけど、ショップで売ってる魚たちを自然の中で見るのはやっぱ気分が良い。
俺が飼ってる魚たちの中にはブリーディングの個体もいるから、海を知らずに水槽の中の世界だけで生きているやつもいる。
ファインディングニモの映画の中でもそんな魚がいたけど、なんともいえないですな、、、、。
かといって、やたらめったらそんな魚たちを海に帰したりすると生態系に無駄な干渉を与えてしまうので余計海にとっては迷惑なことになる。
実際、近海にいるはずの無い遠い海域の魚が千葉の沿岸とかでも見つかっているらしく、そこにいる固有種との交配で、本来の遺伝情報が書き換えられている恐れがあるってどっかで読んだ。
さかなクンがぎょぎょぎょって怒っちゃいますなこりゃ。
これは俺も肝に銘じて忘れないようにしなくちゃならん。

そんでもう一つ。
これがびっくりなんだけれど、真鶴半島にサンゴが生息しているという情報をゲットしたのです。
実際こないだ磯に行ったときに、ダイビングしにきた水中カメラマンの人にも同じ話を聞いた。
「サンゴがなんでか真鶴にいるんだよ」と。
今調査中なんだって。

俺が見たある人の写真だと、ミドリイシサンゴって「THEサンゴ」って感じのサンゴが映っていた。
この種類は日本国内では通常採取禁止なくらい守られているサンゴだから、これが神奈川の沿岸近くに生息しているとしたら相当凄い事が起きているってことだと思うんだけど、、、。
サンゴは栄養が豊富な海では普通生きていけない種類なので(土壌から流れる養分、リンとか生活排水とかの有機物が大敵)、それは言い換えるとサンゴがこっちの海でも生きていけるようにゆっくりと進化をかましているのか、、、それともこっちの海が想像以上に貧栄養化しているのか、、、、。
海が温暖化しているって話だけじゃ、サンゴが生息できるって理由にはならないくらい、色んな条件が揃わないと奴らは生きていけない生き物なんだ。
飼ってるからよくわかる笑!
意味も無く突然死んだりしてしまうこともある。
究極に繊細な動物。

と、不思議な事だらけの海が、もっと不思議になっていく。

サンゴとか魚を見ていると、なんで宝石がこんなに人間の世界で価値を持つのかが解る気がする。
宝石は生きていないのに綺麗だからだ。
生きてないから死ぬ事も無い。
それなのに生き物が放つ美しさに似たものを宿しているから価値を与えられているんじゃないかと思うんだ。
宝石に比べたら、俺はサンゴや魚の方がずっと綺麗だと思う。
正直比べようが無いほど歴然の差を感じる。
なんたって生きていて動いて角度によって色彩も透明度も刻一刻と変わる姿に魅了される。
サンゴの他にも、雷や月や海そのものや夕焼けや子供の瞳にも同じような印象を与えさせられる。
美しい!!

ただこの美しいものたちは、この手のひらで愛でる事ができなかったり遠すぎて触れられなかったり、死んでしまったりして刹那的にすぎるんだ。
言ってしまえば

「安定的に所有する事が出来ない」

だから宝石にその憧れを託したんじゃなかろうかと。
なくさない限り、所有者が死なない限り、宝石は持ち主のもとを去らないし誰かのものにもならない。

ダイヤモンドは永遠の輝き。

敬愛する甲本ヒロトさんがいつか言っていた通り、たかだか100年で死ぬ人間に永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ、と確かに合点がいくけれども。
みんな本当は宝石なんかどうでも良いんじゃないかと心の奥底では思っているんじゃないかとも俺は思うんだけどどうなんだろう。
永遠という憧れを生まれながらに喪失し続けるしかない人間の絶望的な穴ぼこ。
それを少しでも慰めるための価値なんじゃないかな。
夕焼けよりも宝石の方が価値はあるのかもしれないけど、美しさそのものでいったらきっと夕焼けの方に軍配が上がると思うんだけどどうだろう。
俺がひよってるだけなんだろうか笑。

俺の価値観でいうと、サンゴに宝石は勝てないよ。
サンゴも海の宝石って呼ばれているけれど。

そして宝石もカワハギのつまみの味そのものには勝てないよ。
味わう感覚には勝てない。

瞬間に永遠は勝てないのだ。

それが人間ホジーの生きることへのせめてもの慰めなのだ。

YES.corals/hozzy

バカテリア。

祝いの言葉ありがとうございます。
とうとう三十路手前ぎりぎりの年齢になりました。
毎年書くけれど、信じられんよ、年を重ねてまた新しい数を背負って1年を生き始めるという事が。

こないだまで幼稚園児だったような気がするのに。
幼稚園の前の狩川で、キイチゴをつんで食べて、まだきれいだった川は、キラキラした水しぶきを染み一つなかった皮膚に浴びせかけていた。
タニシがいて、ヤゴがいて、トンボが羽化する瞬間も見た。
夜に交差する蛍も見た。
蓮花に埋まった、春先の田んぼもあった。
とにかく冬は、水たまりに綺麗な薄い氷が張った。
それを友達と割って、お菓子の缶に集めて回った。
空に凧を飛ばした。
道ばたで死んでいたスズメを手で包んだ。
何もかもが青かった。
不安も無く、この世界に天国があるのだとしたら、あの光景、
産まれて間もない、あの時間、
豆腐屋のラッパの音がする。
夕焼けに、いろんな匂いが混じる。
夕飯と、風呂場の湯気と、風に揺れる竹の匂い。
いつになったら、あの瞬間を超えられるだろう。
見ようとしたかったわけでもないのに、放り出されるように、色んなものを見た。
押し出されるように、集団の中にわけいっていった。
誕生日が、楽しみで仕方が無かった。
寝る前に何度も布団の中で数えた。
自分が何歳になるのか、それが何を意味するのか、不安なんて何も無かったのにね。
29さい。
よくぞここまで、生かされました。

と、仰々しくいってはみるものの。

まあ、素晴らしい景色なぞ、そう簡単には出会わないわけであるし。
だからよろしいのである、と、そう慰めようではないか。

記憶に、美しい風景があるだけで自分は恵まれている。
ありがとうといいたいのである。

しかし、去年にも増して暑いでござんすね。

もう7月になるんだから、夏みたいなもんだけど、暑いね。

これが温暖化というやつですか。

学者さんたちが忠告しておる、CO2の増加の影響が、この気温なんですか。

しかしどうやら、地球全体通年としてはここ最近、寒冷化しているというデータもあるらしいですぞ。
しかも、この暑さは単純に太陽が元気出しちゃってるからっていう人もいますぞ。

去年の太陽の黒点運動だかがずいぶん活発で、太陽ってやっぱすごいパワー、エネルギーの塊だからさ、暑かったみたい。
その余韻が今年もきてるんだって。
二酸化炭素減らそうとやっきになってるの、もはや日本だけらしいしね。
アメリカなんて、もう随分前からシカトこいちゃってるしね。
CO2のせいで温暖化してるなんて、もはや信じちゃいないみたいよ。
それ以上に、しょうがないんだよきっと。
地球は生きてるからさ。
何億年も、あったかくなったり、冷たくなったりしてるんだしさ。
俺たちに体温があるのと一緒だよ。
眠ると体温上がるでしょ。
腹だしてたら下がるでしょ。
風邪引いたら上がるでしょ。
げろげろ吐いたら下がるでしょ。
そういうことなんだよ。単純に。きっと。

おれらの国は二酸化炭素でお金儲けができるから、なんでもかんでもエコって言って僕らに買わせるんだね。
なんかエコマークついてると優良感まんさいだしね。
だったら何もつくらなければ、最高にエコなんだけどね。
たくさん売るためにつくらなけりゃ、もっと頑丈な壊れない製品を作れば。
だけれど、それじゃ商売にならへんもんな。
壊れなきゃ、経済まわんない。
人の欲望も刺激されない。

俺は今日思ったんだけど、実は人間は最先端で進化している状態なんかじゃなくて、実は一番遅れてケツにしがみついてるんじゃないかと、そんな妄想に取り憑かれました。
知能ってのは、きっと一番いらない機能なんじゃないかってさ。

地球が産まれて、生命が産まれて、俺たちが誕生して、人間みたいな思考をする俺たちみたいな人たちが産まれたのが10から20万年前くらいって一応定義されてる。
20万年って、中国4000年の歴史が、えらくちっぽけに思えてしまう時間ですな。
そしてどうやら4万年前くらいになんだか知らんが爆発的にイマジネーションが高まったらしい、全世界で。
まるで申し合わせてように、突然パーンと弾けたらしい。
ロボットのプログラミングみたいだ。

で、まあ、そこから知性ってものが随分活発になったと強引に定義しても、たったの4万年しか経ってない訳じゃない、地球が産まれた時間からしたら46億分の4万。
これまた桁が違う時間が、地球の過程には詰まってる。

でね、俺は思うんだけど。

人間みたいに知性があった時代が今現今している生物にもあったんじゃないか。
例えば、アリみたいな複雑な構造を持った生き物じゃなくて、最も単純な単細胞生物とかが正にそうだったんじゃないか。
手塚治虫の火の鳥の中にも出てきてたけど、カタツムリみたいな生き物が星を席巻していた時代が描かれていたけど、そんな時代があってもおかしくないんじゃないか。
だって、地球はたくさん生きているんだ。
人間だけが、この地球史上最高に発達している生物だって断定できる証拠はどこにもない。
それに、更につっこむと、結局俺たちは俺たちの知性を使ってしか、この世界を把握することができないんだ。
人間の見方をしてでしか、地球を見る事ができないんだ。
アリの目になって、木の目になって、クジラの目になって、恐竜の目になって、色んな想像を膨らまして様々な解釈を増やしていくけど、結局その「目」なるものは人間の想像でしかない。
本当にアリの目でこの世界を見るためには、視覚だけなんかじゃなく、触角で、あの細い節だらけの足で、蠕動するあの腹で、奇妙に開閉するあの口で、この世界を感じなくちゃならない。
そんなこと人間の俺にはどう頑張ってもできない。
ネコの目になれるんだったら、とっくに俺はネコと話ができるようになっているだろう。
できねえ。

この知性が、俺たちの世界認識の限界だ。

そんで、この知性が、もの凄いバカな事ばかりを産み続けてる。

昨今の日本の状況がそれをよく表してる。

「知性」を持っている、ということは「知的」であるということではないんだ。

「知性」は俺たちのフォーマット。

しゃべること、想像すること、常に埋まらない溝を抱え続ける事。

バカだろうがお利口だろうが、「知性」の呪縛から俺たちは抜け出せない。

考えなくても考えている。

無心になれない座禅中の葛藤のように、俺たちは心を持つかぎり、「知性」を抱え続けている。

それを坊さんは振り払おうとするんだろうね。
この「知性」の不毛さをよく知ってらっしゃった先人たちの知恵を受け継ごうとしているんだろう。
悟りってほんとにあるのかな。
生きながら「知性」を捨てる事ができるのかな。
それができるのなら、俺も捨ててみたいわ。
こんなに、無駄な事が湧き続ける脳みそなど、塩漬けにして、宇宙に飛ばしたい。
つい先日、もう思考に飽き飽きしていたのではないか。
ボランティアから帰ってきて、思考の不毛さに心底嫌気がさしていたのではなかったのか。

残念ながら、数日で復活してしまう俺の「知性」。

知的であることからほど遠い、駄文に洪水を垂れ流す、この恥知らずな時間。

29になっても変わらない性癖。

俺は馬鹿だ。

とまらねえ。


そして、俺は、人間は、実は一番進化として遅れているんじゃないかと思った訳だ。

なぜか。

だって、単細胞生物は考えないだろう。
バクテリアは考えないだろう。
ウイルスは考えないだろう。
植物はまるで神様のようだろう。

考えないでいきているような、生き物が、実は一番凄いんじゃないかって思った訳よ。

悟りの境地を生まれながらに手に入れたまま、ただ生きるだけの純粋な生命体。

この単純な生命の形に、長い時間をかけて、実は進化していったんじゃないかって。

いやいや、ずっと昔から、はじめっから単純な生物はいたじゃないかって、そう言いたい人もたくさんいるだろう?
だけども、そんなこと誰にわかるんだい。
生命の誕生の謎さえ未だ俺たちにはわかっていないのに。

俺は謎なんだけども、じゃあなんでこんだけ色んな生き物が進化してきたのに、バクテリアとか、凄い単純な生物は、昔のまま、なんで今も残っているんだろう。
ダーウィンが正しいのなら、いい加減単細胞どもも懲りて皆、次のステップに進むんじゃないのか。
だって、すぐ死ぬし、食べられるし、弱すぎるじゃん。
けども、彼らは進んでないんだ産まれてからずっと。
そう俺たちは決めて納得してるだろうとりあえず。

実はそうじゃなくて、彼らの姿にだんだんと生き物たちが還っているんじゃないかと、これは退化なんかではなくて、進化なんじゃないかと、そうは言えないか。
俺たちは、高度に進化した生き物とされているけれど、そもそも生命の第一目的は何か。
それはどこまでも絶対数を増やす事だ。
種の繁栄だ。
だから、俺たち人間も世界中至る所に国を作って、なるべく命がすり減らないようなシステムをこれまでも作り上げてきた。

ところがどっこい、しっかり見渡して欲しい。
俺たち人間の数など屁でも無いような数の、バクテリアや、単細胞、ウイルスたちの存在を、、、、。

絶対数でいったら圧倒的に俺たちは彼らの足下にも及ばない。
包囲されている。
そこにもここにも体の中にも、今この文章を写しているディスプレイを見ている君の眼球にも、微生物、ウイルスたちはうごめいている。

囲まれているんだ。

ずっとこの世界を占拠し続けているのは、最も単純な形の生命、しいてはウイルスのような半生命。

進化論が指し示すのは、俺たちの優位性なんかじゃなく、彼らの環境に適応し続けるその存在のでかさ、生命の完全性なんではないか。

ずっと、彼らは始まりから変わらないんじゃなくて、そこに様々な生物が還っていっている大きなミクロコスモ。
個としてではなく種としての優位性をずっと保ち続けてきた俺たちよりもずっと進歩している生命の形なんじゃないか。

俺たちはきっとこの「知性」で身を滅ぼす事になるだろうよ。
今の原発の状況も、正にそう言う事だろう。

だけど、どんな世界になっても、地球が粉々にならない限り、単細胞やウイルスたちは滅亡しない。

俺たちが気温上昇、もしくは寒冷化で死に絶えても、彼らはきっと生き残るだろう。

知っているんじゃないか。

「ちせい」の不毛さをとっくの昔に経験しているんじゃないか。

生命体としての完成系は俺たちの方向ではなくて、彼らの方向にあるんじゃないか。

考えない事の強さ。

それは、個人というものがない強さ。

まるでナチスや、旧日本軍のような思考だ。
最悪だ。

人間がそれを再現すると、結局「知性」が邪魔して、自滅する。

バクテリアに人間は勝てない。


俺は29にもなってこんなことを平気で考えている。
そして、本気で友達や家族を愛するにはどうしたら良いかを考えている。
考えて、考えて、考えて、考える。

そして行動に移す時、また忘れていくんだ。

新しい、思考と、行動に、人間として産まれてきたことを誇りに思えるように、今年も生きていきます。

思いついたら即行動、で、長い駄文を書いてしまった。

でもほんとに、進化に関してはテキトウだとしても、単細胞は単細胞なんかじゃないって、思うんですよ最近。

無敵でしょ。

YES,baca/hozzy

土嚢。

土嚢、使ってます。

今回一緒に参加してくれた友達。カギとユウダイ。

3人とも超インドア派。

ありがとう二人とも。,image1=/file/diary/1323.jpg,image1m=/file/diary/1323_mobile.jpg

2011/6/22釜石市鵜住居。

前日に引き続き、鵜住居の奥まった場所の民家にて作業。
強風で砂風が舞いまくっていたので、写真はないけど、ここの一帯はやっぱりどこも滞ったまま。
泥をスコップでかき出していたら、芝生が出てきた。
真っ黒だった玄関先から芝生がでてきたのには皆歓声を上げた。
植物は強い。
日差しが強かった。
水道の水が驚くほど冷たくてびっくりした。改めて、被害さえ無ければここは素敵な場所のまんまだったんだと思い知った。
この日も北九州市と名古屋のチームの方々と一緒に作業した。ありがとうございました。

2011/6/23陸前高田市→釜石市。

title=,wright=hozzy,update_date=2011/06/26 (日),article=この日は朝から雨が降っていた。
基本雨の日は作業中止なんだけど、とりあえず現地のボランティアセンターまで移動する事に。
2チームに分かれて、陸前高田と釜石市に向かう。
俺は陸前だった。
移動途中に岩手沖で震度5弱の地震発生。
津波注意報がでたので一時待機。
解除された後陸前高田のボランティアセンターに行ったけど、やっぱり雨で作業中止。
釜石が降ってないという事で釜石市のチームに合流。
雨が本降りになるまで、ブロック塀を壊す作業と、庭石をどける作業の開始。
重機がやるような事を、人力でやる。
凄かった。
ブロック塀がガンガン壊れていく。
庭の松の木をのこぎりで切って引っこ抜く。
俺もつるはしを振り回した。
全然うまくいかなかった。
悔しかったけど、やっぱりここもまだまだ業者が入れないから、ボランティアがこういうことをやるしかない。
北上の常勤メンバーは実に手際良く作業を進めていく。
ハンマーを材料現地調達して自力で作る人もいた。
最後は、大人10人ほどでブロック塀をまるごとなぎ倒して、この日の作業終了。,image1=/file/diary/1326.jpg,image1m=/file/diary/1326_mobile.jpg

2011/6/24釜石市市街。

最終日は、釜石の市街区の大通りをちょっと横に入った飲み屋さんにて。
市街は、車がよく通る場所は、もの凄く綺麗に片付いている。
ぱっと見、シャッターが降りた商店街くらいに見えるほど。
けれどちょっと奥に入るとまだまだ残ってる。
いつも大通りしか車で通ってなかったから、勝手に市街はかなり良くなっていると思い込んでいたけど、間違っていた。
きっとこの街がテレビで報道されるのは、あの綺麗に片付いている大通りばっかなんだろうな。関東で、もう復興に向けて歩んでる的なニュースで釜石映っていたけど、こんな瓦礫の山なんて一切でてこない。
情報なんて上澄みでしかないって、よく解るよ。
その落差に、やっぱり狂ってるじゃんこりゃ、ってマザーで肯定的に描き直そうとしていた世界像に、亀裂が走り始めてしまっているよ。
狂ってる原因なんて、もの凄く簡単なのかも知れない。
ただ面倒なだけなんだよ。
美しい理由なんて、そこには無い。
やっぱり悪は悪で、相対的なものなんかじゃねえな。
悪いもんは悪い。
なんともいえない、愛情に満ちた悪も同時に存在としてあるけれども。
やっぱ、基本狂ってるねこの世界。
俺は、メディアに飼われた家畜にゃなりたくねえマジで。
いろいろとまた意識改革が起きそうだぜこりゃ。
少なくとも、俺のもつ価値基準においては反吐がでそうな現実ばっか。
もう考えんのはうんざりだ。
理屈も理論も今はいい。,image1=/file/diary/1327.jpg,image1m=/file/diary/1327_mobile.jpg

スプーンとかハナミドリとか。

一緒に、デザインをやってくれていたマイケル梅田君も、22日から最終日まで参加してくれた。

ありがとう梅ちゃん!,image1=/file/diary/1329.jpg,image1m=/file/diary/1329_mobile.jpg

チームキタカミ。

そんで今回もお世話になった北上青年会議所の菊池チーム。
日を重ねるごとに、黒く、たくましくなってゆく彼らに、最高の強さを見る。
こういう活動は、絶対良い事なのに、やっぱどっからともなく反発してくる奴らがちょこちょこ出てくるんだよ。俺は全力で協力するぜ。なぜなら、くだらん反発に反抗する事が大好きだからである!

ほんとに思うんだけど、ここのチームに嫌な人間が一人もいなんだよ笑。
あうひとあうひと皆、変なんだけど、純粋なんだよ。
なんだか頭のおかしい奴に文句言われても、おせっかいするんだよ。
ボランティアはおせっかい。
その通りなんだよ。

うだうだ正攻法で、正しい事考えて、うやむややってるちに、あぱぱぱぱーーーーって、なってるぐらいなら、突っ込んだ方が良い、マジで。

業者に頼んでも、人手が足りなさすぎてなかなかやってきてくれないから、ここのボランティアが人間重機で突入するんだよ。
ハンマーでぶっ壊すんだよ!!

そして被災された方達は、みんな涙流したり、笑顔になったりして、ほんとに喜んでくれるんだ。ここのボランティアに文句言う被災者なんて見た事ねえ。

俺はここの人たちが大好きです。

んで、土嚢袋の他に必要なものがあれば書いてくれっていう、心優しい申し出をたくさん受けるので、新たに一個増やさしてもらいます。

ハンマーください。

壁を壊せるでかいやつが、これもホームセンターとかで売ってると思うので、土嚢袋よりも値は張ると思うのだけれど、余裕のある人がいたら送ってください。
こないだの作業で、柄が折れてしまったりしたので、後、これからそういう作業も増えていくと思うから、大型ハンマーを送ってください。

あと、どこでもいいから、参加してくれ、特に男子。
そして見て感じてくれ。
絶対、なんかおかしいと思うからさ。

俺も全部の街が復興するまで、参加し続けます。

今回も、お世話になった皆さん、作業をさせていただいた住民の皆様、心より感謝します。ありがとうございました。

カギ、ユウダイ、梅、ありがとう。

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第二次災害派遣ボランティア。

6/21~6/24まで約一ヶ月ぶりに2回目、また岩手の釜石市の復旧作業に行ってきました。
予想通りほとんど現状は変わっていなかった。
心なしか、がれきの数が減った感じがしたけれど、100日経ったとは思えないくらいはっきり言って復旧状況は悪いです。
ここ最近関東のテレビでも、腐敗物の匂いや粉塵が原因で被災者の方々に体調不良が起こり始めていると報道されていたけれど、本当に大変だぜこりゃ。
特に大船渡市は、一ヶ月前に立ち寄った時点でも他の場所に比べても群を抜いた匂いが立ちこめていたので、すげえ心配だった。
ようやく最近になってこっちでも報道され初めて、やっぱりかって現状まだまだ終わりが見えない状態。
河口付近に、加工用の水産物(たぶん大部分が魚)が袋に入ったままの状態で延々積まれていた。
これを始めは土掘って埋めようとしていたらしいですが、到底追いつかない量で、やっぱりそのまま今に至ってます。
ボランティアらしき人の姿も俺が行った時は皆無だった(多分、入ってるのだろうけれど、、、)
今回、岩手に向かう時、北上のボランティアチームに活動場所はもしかしたら大船渡に振られるかも知れないな、って勝手に思っていたけれど(あえてきついとこばっか行くから、、、)、今回も釜石市に活動場所が決まりました。
そして釜石も全然、まだまだ人の手が足らん場所が山ほどありました。
まだ遺体捜索が終わっていない地区もあるんだぜ。
信じられるかい。

そして、前回書いた通り、6月中の自衛隊撤退はほぼ確定だと思います。
小学校や、中学校にあった自衛隊のベースキャンプはかなりなくなっていました。
俺が参加したチームは自衛隊と一緒の現場で作業とかしていたから(庭で遺体捜索している中で屋内の家具の撤去、清掃)俺は自衛隊の凄さを間近で知ってます。
あの人たちは本当に寡黙に休憩さえとらず任務を遂行する尊敬すべき集団です。
その方々が本当に今の状況でいなくなるのは痛いどころか、ありえないですわ。
上で決定を執行している奴らは本当にバカなんじゃないかと、現場なんかつゆほどもみちゃいねえんじゃないかと、この税金ドロボーが。ってマジで唾はきかけたくなる。
上の決定に従うのが自衛隊だから、隊員はなんも悪くない。俺はあの人たちを心から誇りに思う。
上だよ上!!
馬鹿野郎どもが腐った脳みそで現実みようとしてやがらねえで、足し算引き算して金勘定してるのがよく解るよ。
国防ってなんなんだよ。
地図広げて、空調きいた部屋で、あの匂いも嗅がず、汗も流さず、指差して、駒動かすのが、国防ですか。
みんなまだまだ絶望してあえでるのにな。

がれきの撤去も行政が業者に働きかけて動いていますが、それ自体は地元で固めれば経済効果も生むし雇用も確保できるかもしれないからとてもいい事だけれど、あの未だにまき散らされたままの大量のがれきを今現地に入っている業者だけで処理するには実際何年もかかんじゃねーかと思う。
だって一ヶ月たってもほとんど減ってないんだもん。整地された公園くらいの面積見て「ああ、すげえ!進んでるとこがあるっ!」って思えてしまうくらい、ほとんど前と変わってねえんだよ。

政策批判してもしょうがないから、動ける人間は動くべきなんだ。
金動かす人間は、1から10まで歩みが遅いから、とにかく動けそうな人は、現地に飛び込んで参加して欲しいと何回でも言いたい。
ただ、まだ地震とかあるし(今回は大雨警報と津波警報でました、、、)現場ははっきりいって危険なので、あくまで自己責任でよろしく(それでも女性も参加してます)

俺たちも藍坊主でチャリティーを継続してやっていくべきだと思うし、この間のシャレイドでの小音楽祭も皆さんのおかげで立派な金額が集まりました(本当にありがとうございます!!)
そして、このコラムを読んでくれて、行動してくれた人たちがたくさんいることにも深く感謝しています。
土嚢袋、たくさん集まってます!!
そして、現地にまで突入してくれた方々(俺はね、もうソウルメイトと呼びたい涙)に心から敬意を表します。
行動に移すのって本当に大変だからね、、、、。ありがとう。
俺も来月またいきます。

ぜってえ負けねえ。

反骨!!!!!!

YES.kitakami!!/hozzy,image1=/file/diary/1321.jpg,image1m=/file/diary/1321_mobile.jpg

GOING UNDER GROUND。

名古屋、大阪とゴーイングのツアーに参加させていただきました。

「ああ、やっぱ対バンっていいなあ」と改めて思わせてもらえたライブでした。

ゴーイングと対バンって形で一緒にやるのは初めてだったのに、何だか昔からの知り合いのような(中学の時の先輩のような笑)ほんとに不思議なんだけど、とても初とは思えないような気持ちになりました。

やっぱ始まりが自分らもゴーイング先輩もブルーハーツからだったというのがでっかい理由なのかなとも思うのだけれど、なんかそれだけじゃないツボの共有というか、いいと思う感覚とかが、なんだかとても近いんです。恐縮ながらすごい近い笑。

実際、前にVOの松本さんの番組に出さしてもらったときにもお話しさせてもらったんだけど、半年くらい前に「すげえいいメロできた!!」って思ってちょっと経って発覚したのがゴーイングの「トワイライト」のサビまんまだったとか笑、ちゃんと気づいて良かったけど笑、普通にあったりするんだよこんなのが、ゴーイング的感覚が凄い好きなんだろうな、オレ。

なんか意識して、このバンド、あのアーティスト好きです。って感じじゃなくてもっと奥の方でずっと好きだったんだろうなって、今回一緒にやらせてもらってはっきりしました。

「ミラージュ」聴くとバイト先で肉切ってたの思い出すし(当時有線で流れててハッとしてた)

俺あんまここのコラムで好きなバンドの事とかそんな書かないんだけど(別にあえてそうしてるわけでもないんですが笑、なんかいつもそうなっちゃう)、凄いゴーイングが良すぎて書かずにいれん。

また一緒にできたらいいなぁ。

なんだかとてもあったかい気持ちになりました。
ありがとうございました。

YES.going under ground/hozzy