藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

テロメア。

2週間以上経っちゃったけど、東北ツアー&熊谷&滋賀、ほんとにありがとうございました。
細かくひとつずつ書きたかったんだけど、もうレコーディングでいっぱいいっぱいになっちゃってできませんでした。
すみません、、、。
ぼくちんなんてね、
キャパがね、おちょこの裏なのよ(by僕といっしょ)
狭くってしょうがない。
3°くらいよ。
360あるうちの3。
365日に換算すると3.0416666日。
1年のうち361.9583334日を無駄にする角度。
この数字を電卓で打ってる時点で終わってる時間が終わってる。
そういう過ごし方をしなければならないキャパシティしかないのだから許して欲しい。
フォーギブミー。
ブリヂストン。
ブリザード。
ブリトニー。
ブルドーザー。
ブルドッグ。
ブリリアント。
ブラックアウト。
ブレーカー。
ブレーメン。
音楽隊。
夜の光り、、、、、。

ありがとうございました!

今日やっと歌録り終わっていっぱい眠れると思うと、なんだか寝たくなくなってしまうのが「うかれる」ってことなんだろうな。

もういいんだ。

なんかすごくいい曲になりそうだ。

すごい実験がしたい。
音楽的にとかじゃなくて。
理科の実験を。
ピンセットでマグネシウムつまんだりしたい。
燃やしたい。

最近骨格の模型とかにやたらと惹き付けられるんだけど、なんでなんだろう。

俺は科学ってすごい嫌いなんだけど、「科学的」ってやつが特に。

なんだかなんでも知ってる風な感じをだしまくるじゃない「科学的」ってさ。

説得力も無駄にありそうだしさ。

ほんとにわかるんだったらいいんだけど、実際うさん臭い「科学的」がはびこってる感があるのが俺はほんとに嫌なんだ。

グルコサミンってほんとに効くのかな。

ヒアルロン酸の次はそれ??って感じがしないでもなくないかい。

葉酸が一時期妊婦に良いって流行ってたけど、今じゃあ、とり過ぎは良くないってまた変な警告出したりさ。

カテキンカテキン言ってたのに今あんま聞かないし。

アミノサプリは何処へイッタ!!

アミノ酸ってあの時期盛んにアピールしていたが、そもそも俺たちの体を動かす事においてすごい重要なもんらしい。

ってゆうかなきゃ死ぬ。

つうことは普通に飯食ってりゃたっぷりと補給されていなきゃおかしいはずなのに、やたらアミノアミノいってやがったなああの時期、って今思うんだ。

多分あの飲み物が本当に押したかったのは俺が思っているようなアミノ酸(なんかアミノ酸っていっぱい種類があるみたい)じゃあなかったんだろうけど(あの飲みもんはなんか痩せるっぽい感じのイメージがあった)なんかアミノごり押しってのが結局今なんなのかよくわからん。

味の素の主成分もアミノ酸の一種のグルタミン酸。

うまみって感じるやつらしいのだが、それじゃあいけないのか。

いけなかったのか。

アミノサプリと何がちがかったのか(多分おおいに違っていたのだろうけど)

そこらへんが、科学を良く知らないと判別不能になって「くっそうさんくせえな」って気になってきてしまう。

科学を利用して(データ改ざんしたり、それらしいことを言ったりして)人とか社会を騙すとかそういうのは、そもそも論外だと思うけど(ecoビジネスって)

そうじゃなくて、そもそも「科学」ってどんなもんか、なかなか解りづらいところがあるじゃないですか。

俺は、どこまで「科学」が世界を理解しているのかわからないから、それを解りたい。

どんだけ「完成」されているのか。

どんだけ曖昧な部分が残っているのか。

たぶんわかっちゃあいねえ部分ばっかりなんじゃねえかと思っているんだが、これは俺がしっかり理解を深めていけば後々しっかり解る事だと思っている。

そういう意味で、今なんか「科学」が熱い。

知れば知るほどパブリックイメージの化けの皮がブリブリ剥がれそうでわくわくする笑。

「確かな事など何ひとつない」世界が俺は好きだ。

じゃなきゃ、全部解っているならもう生きてなくていいじゃんって思っちゃう。

ほとんど解っている風味な雰囲気作りがうまい科学さんがなんか嫌いなのもここから来ているといっていい。

けど問題なのは、今パソコンでこの文字を打っていることも、ネットですぐさまこの文章をアップできる事も、科学のパワーに他ならないということだ。

だからその素晴らしき技術のもとの部分と、背伸びしまくってその能力を拡張しすぎているんじゃないかっていうグレーゾーンな部分を、私は知りたい。

線がどこらへんにあるのか、自分でちゃんと引きたい。

科学の結晶、味の素がないラーメンなんて、もうありえないのも現実だろう。

それがまたなんか認めたくないけど、すげえよな。

僕は家畜なのか。

YES.ukareru/hozzy

ロシアンマフ。

結構前にブログでアップされたけど、あえてまたこいつを紹介したい。

ロシアン製、ビッグマフ!!
電池じゃなきゃ動きやしねえクソアンチecoブースター。
つまみ最高値にあげてんのに規定の場所に揃わない適当さ!!
ロハスキラー!!!

このコラムを読んでくれているマニアな人ならお分かりだろうが、俺って滅多に、つーか、過去に一度も自分の機材とか紹介したりしたことがない。
ギターが何とか、アンプが何とか、エフェクターが何とか、スコアブックにうっすらと載ってるくらいの露出具合である。
タクロウさんとはえらいスタンスの違いである。

いいんだそんくらいが。
わしにはぴったりなのだ。

だってめんどくせえんだよそういうの。
よくわかんねえし。

けどこれが藍坊主においての黄金律でしょう。
俺がならす音も、それにそっていると思う。

voxとテレキャスのコンビが俺の一番欲しい音である。
ギターボーカルで、コード主体のプレイにはぴったりの組み合わせである。
このコンビならユウイチの音とは間違ってもかぶらないので(マッチレス系のパンチ音)俺にはぴったり。

ただ無難っちゃ無難。っつーか、セオリー過ぎるほどセオリー。

「なんか普通じゃねえ??」

って、やっぱロックやってたり、パンク魂持ってたりすると思ってしまうじゃない?!

そこでの、「ロシアン製ビッグマフ」!!

音なんかどうだっていいんだよ。
見た目が、地雷みたいでかっこいいから合格!!
まずそっからだよ機材クンは。

踏んだら、ほんとに音が潰れてビーーーーーーーーーーーってなる。

しかしね、そこらへんのクソブースターと一緒にする勿れ。

低音がちゃんとついてくるんだよ。

クソ歪み系エフェクターって音がシャーシャーになったりしてしまうじゃない。

ロシアンも、結局は俺のプレイのおかげでシャーシャーだけど笑、ウンコどもよりも低温がモリッとくるからさすが元共産党国産である。

ソ連時代に軍需工場で暇だから作られたって逸話も在るくらいだからね。

うそくせえ。

まあ、どうでもい。

けどね、ほんとライブ中もこのエフェクターがあるとないとじゃテンションが変わってくるんだよ。

オラーーーーって、いくときに、音がどうなろうが、「信頼できる乳首」があるかどうかで向かうべき道が変わってくる。

ロシアビッグマフは、「虐げなさい、私の突起を」と、顔を背けながら私に常にアピールしてくる不満げな淑女なのだ。

だからなかなか踏みたくないのだ。

踏んだら奴の思うつぼだから、俺は我慢するのだ。

しかし、どうしてもここだよーーーーーーーー、って時には踏むしかあるまい。

だから、それこそが「ブースター」の存在意義であろう。

単なる調整的ニートひずみエフェクターとは一線を画すものである。

ようはよ、面倒くさくなったら、踏むんだよ。
じゃじゃじゃじゃーーーーーーんッつピーーーーーーーーーーって。

テレキャスいいね。

バッカスも忘れ難いが。

ジャガーはペイントされ、倉庫で眠っている。

トムホームズの335は、これから当分研究しなけりゃならんな。
優しさに包まれたい時にはぴったりなんだけど。

俺結構、ギター持ってるんだぜ。

腕はたいしたことないくせに笑。

けど誰にも負けない自信はある。

それがギタープレイだろう。

おらーー。

YES.muff/hozzy

起きている人の寝言を聴いた。

今、歌詞書いてんだけど、めちゃめちゃ濁りまくってしまって、今日をあきらめた。
コラム書く事にした。
被災地の写真を何枚かアップした。
この流れで書くのもどうかと思うのだが、早めに感謝を述べたいので書かせていただきたい。

9/1、ねごとのツアー初日に参加させてもらいました。
俺たちを出発の日の相手に選んでくれてありがとうございました。
なんだか年も随分離れているんだけど、その年齢であの雰囲気をつくりあげてしまう彼女たちに、

「俺21歳の時になにをしてたのだ」

と、悔しさとか通り越してなんか笑ってしまうのであった。

21歳の時、私は、ドラム突っ込み禁止令がバンド内に発令されたため、もうどうしたらいいかわからなくなって、ふさぎ込んでいた時期だったように思う。

俺はただ突っ込みたかったのだ。ドラムに笑。
壊したかったのだ。マイクとか、よくわからん空気とか。
歌なんかどうだっていいし、歌いたくなかった。
けどライブがしたかった。

そんなガキ過ぎる時代に比べての、ねごとの表現力のクオリティーの高さに、どんだけ俺は未熟やねん!!

って、突っ込み入れたくなった夜でした。

不思議な曲がたくさんあって(もちろん良い意味で)、これからどんどん「ねごと」化していくであろう彼女たちに、私も遅れを取らぬよう、曲作るぞこのやろう。

で、わしは歌詞書いてるんだが、良いのかワリイのかよく解んなくなってきやがった。
歌詞と言葉の距離感ってほんとムズイな。

もう寝るっぺ。

YES.chibalook!!/hozzy

第三次災害派遣ボランティア。

三回目の岩手釜石。
瓦礫の量は心なしか減っているような気がするけれど、時間の割にはやっぱりそんな進んでない感が否めなかった。
二ヶ月ぶりに来たんだけど、やっぱりなかなか回復させるっていうのは難しいようです。
今回は二日間しか参加できなかったんだけど、一件のお宅を片付けるのにそりゃ多くの人力が必要なんだと改めて思い知る。
途方も無い作業がまだまだ現地には残っている。
作業させていただいたお宅のすぐ横では警察がまだ遺体捜索をやっていたり、すぐ裏の港にはでっかい貨物船みたいなのが壁突き破って乗っかったまんまだとか、車が通る道は随分綺麗になったけれども、どうにかしなけりゃいけないところは山のようにある。
ほんと個人の自己満足や、シカト決め込むってのじゃ許されない現実があるのだ。
この釜石という所は、現時点で岩手で一番復旧が遅れてしまっているようなので特にそう言う部分が目についてしまうのかも知れない。
隣町の大槌(俺の父方の実家)はかなり良くなってきているみたいです。
毎回実家の方じゃなくて隣の街ばかりに参加してるのもどうかと思うんだけど笑、結構前から釜石市のボランティア参加人数が大槌の半分ぐらいだっていうのも聞いていたので(街の規模で言ったら釜石の方が大きいのに)しょうがない。
ほんと色々とわけがわかんねえな。
ボランティア参加者の人数も減ってきているから、その人たちを受け入れる団体も維持すべきかどうかで揺れ動ている(体制を維持するだけでもお金はかかるからね)
けどその団体が消えたら、ボランティア参加者自体が実質いなくなることになる(参加意志がどれだけあったとしても)。
その分行政やなんやらが、しっかり復旧や復興のために、現場作業員を必要な分だけ確保して、現地のニーズにしっかり答えられるようにして、賃金もしっかりと発生させて雇用をガンガン増やして、経済復興にもしっかり役立つようにできるのなら、それが一番良い事だと思うのだが。
現にそういう風に動いているようなのだけれど、あまりにも規模が小さすぎるし(消極的すぎ)、利権とかそれ絶対絡んどるでしょ?!、って感じの仕事の組み方のようなものも、素人目にも現地に行ってるとなんとなく解ってきちゃうのよ。
ていうか、仕事で入ってる人たちの数が少なすぎ。
政府は何をやっとるんだ!!
アピールばっかりよねほんと。
前総理のあのオデコのボタン100発くらい連打してやりてえよ。
大人ってこわいよ。
ずるい。
若者は大人の言う事なんか聞いちゃ駄目だよ。
自分でしっかり考えて行動した方がよっぽど世の中のためになる人間になれるよ。
俺は子供にそういうよ。
体制を信じるな。
お前の良心を信じろと。
ほんとね、この災害派遣に関してはボランティアなんて生温い言葉はあわねえよ。
向こうの仲間とも話したけれど、ボランティアなんて響き、だいっきらいだからね俺も彼らも。
ただにこにこのほほんしてる雰囲気なんて俺は憎悪してる。
新しい言葉が欲しい。

マジ、くそボランティア行為やりにまたいきてえぜ。

いっとくけど、俺はしつこいから、何回でもこの震災に関してのネタは書き続けるよ。
スルーさせねえよ、メディアたちのようには。


その前に、東北にツアーに行くぜ。
茨城は東北じゃねえけど、細かい事は気にすんなだぜ。
俺が音楽でできることも、現地で出来る事も、個人の力などたかが知れているが、精一杯やらせていただきたい。

みんなで東北をもっと盛り上げようぜ。

YES.hands/hozzy

イギリス海岸の途中から。

リキッドルームのライブ楽しかった。
去年に引き続きアニーバーサリーイベントに呼んでいただきありがとうございました!
おめでとうございます!
そしてバックホーンとの初めての2マンライブ。

MCの時にもちょっと喋ったけど、高校3年の時にバックホーンのインディーズの一枚目を聴いていた身としては、なんとも感慨深い時間でした。
岩手に一人旅に出かけたときに、ハイスタとバックホーンを1枚づつ交互に聴いていた。
花巻の宮沢賢治記念館に立ち寄って、そのあと歩いてイギリス海岸を目指し、迷い込んだ山の中で聴いた「晩秋」の何とも言えぬマッチング感を今でもはっきり覚えています笑。

やっぱめちゃくちゃかっこいいね。
VOの山田さんは色んなものを俺にくれる。

打ち上げが楽しすぎて次の日近年まれに見る二日酔いに、三日酔い位の勢いだった笑。
また頑張ろうと、思えました。
皆さんありがとうございました。

そしてなんというタイミングか、これからまた岩手に行ってまいります。
先月はごたごたして行けなかったので二ヶ月ぶり。
夜行バスで岩手行くのは初めてなので、なんか緊張する。

雨止みますように!!

YES.liquidroom/hozzy

はぎやまクン。

夏バテ気味。
おひさしぶリです。
一ヶ月近く書いてなかったコラム。
相変わらずそこらへん適当です。
おひさしぶり。
しかしこう気温が変動しまくると自律神経系がキリキリしてきますな。
重力が3割増くらいに感じる。

ここ最近は曲作りの個人作業にそれぞれメンバー入っており、一週間以上みんなの顔見てないな。
この期間はほんと楽しいんだか辛いんだかわからない。
いい感じの曲ができそうになると死ぬほどワクワクするけど、一度変な方向に入るとなんも出てこなくなる。
正確には、同じクソみたいなメロ、コードが、拷問のように頭から離れなくなる。
無理してひっぺがそうとすると、もっとウンコになる。
齢30目前にして、「ウンコ」とかまだ書いてるのってどうなんだろう。

写真の魚は、こないだ気晴らしに神奈川の真鶴半島の磯に行った時に採ってきたカワハギの幼魚。
干潮時にできる潮だまりでウロウロしていたので網でとってきた。
他にもアジの子供らしい小魚と、アゴハゼってハゼの小さいのも採ってきた。
貝もコケとりように採取してきた。
みんな意外や意外。
野生のくせに、一日で人工餌に食いついてきた。
カワハギにいたってはかなりの暴君ぶりがもう現れ始めている。
やっぱハギは気性が荒い。
縄張り意識が強い。

この時期の磯には南方から潮の流れに乗ってやってくる熱帯魚が関東の海でも見られる。
カクレクマノミやスズメダイみたいな鮮やかな魚が磯にもやってくる。
ただ、一般的にはこの魚たちは二度と故郷には戻れない「死滅回遊魚」って呼ばれている。
一度こっちの方に来ると潮の流れはもうもとの海には向かわないかららしい。
ただ、最近の海水の温暖化で冬越えする熱帯魚たちもいるらしくて、もう少ししたら「死滅回遊魚」なんて物騒な名前はなくなるかもね笑。
俺もちょっと海の中入ってみたらすぐにスズメダイとかチョウチョウウオとかが泳いでいるのを見つけた。
磯で見るのはちょっと変な感じだけど、ショップで売ってる魚たちを自然の中で見るのはやっぱ気分が良い。
俺が飼ってる魚たちの中にはブリーディングの個体もいるから、海を知らずに水槽の中の世界だけで生きているやつもいる。
ファインディングニモの映画の中でもそんな魚がいたけど、なんともいえないですな、、、、。
かといって、やたらめったらそんな魚たちを海に帰したりすると生態系に無駄な干渉を与えてしまうので余計海にとっては迷惑なことになる。
実際、近海にいるはずの無い遠い海域の魚が千葉の沿岸とかでも見つかっているらしく、そこにいる固有種との交配で、本来の遺伝情報が書き換えられている恐れがあるってどっかで読んだ。
さかなクンがぎょぎょぎょって怒っちゃいますなこりゃ。
これは俺も肝に銘じて忘れないようにしなくちゃならん。

そんでもう一つ。
これがびっくりなんだけれど、真鶴半島にサンゴが生息しているという情報をゲットしたのです。
実際こないだ磯に行ったときに、ダイビングしにきた水中カメラマンの人にも同じ話を聞いた。
「サンゴがなんでか真鶴にいるんだよ」と。
今調査中なんだって。

俺が見たある人の写真だと、ミドリイシサンゴって「THEサンゴ」って感じのサンゴが映っていた。
この種類は日本国内では通常採取禁止なくらい守られているサンゴだから、これが神奈川の沿岸近くに生息しているとしたら相当凄い事が起きているってことだと思うんだけど、、、。
サンゴは栄養が豊富な海では普通生きていけない種類なので(土壌から流れる養分、リンとか生活排水とかの有機物が大敵)、それは言い換えるとサンゴがこっちの海でも生きていけるようにゆっくりと進化をかましているのか、、、それともこっちの海が想像以上に貧栄養化しているのか、、、、。
海が温暖化しているって話だけじゃ、サンゴが生息できるって理由にはならないくらい、色んな条件が揃わないと奴らは生きていけない生き物なんだ。
飼ってるからよくわかる笑!
意味も無く突然死んだりしてしまうこともある。
究極に繊細な動物。

と、不思議な事だらけの海が、もっと不思議になっていく。

サンゴとか魚を見ていると、なんで宝石がこんなに人間の世界で価値を持つのかが解る気がする。
宝石は生きていないのに綺麗だからだ。
生きてないから死ぬ事も無い。
それなのに生き物が放つ美しさに似たものを宿しているから価値を与えられているんじゃないかと思うんだ。
宝石に比べたら、俺はサンゴや魚の方がずっと綺麗だと思う。
正直比べようが無いほど歴然の差を感じる。
なんたって生きていて動いて角度によって色彩も透明度も刻一刻と変わる姿に魅了される。
サンゴの他にも、雷や月や海そのものや夕焼けや子供の瞳にも同じような印象を与えさせられる。
美しい!!

ただこの美しいものたちは、この手のひらで愛でる事ができなかったり遠すぎて触れられなかったり、死んでしまったりして刹那的にすぎるんだ。
言ってしまえば

「安定的に所有する事が出来ない」

だから宝石にその憧れを託したんじゃなかろうかと。
なくさない限り、所有者が死なない限り、宝石は持ち主のもとを去らないし誰かのものにもならない。

ダイヤモンドは永遠の輝き。

敬愛する甲本ヒロトさんがいつか言っていた通り、たかだか100年で死ぬ人間に永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ、と確かに合点がいくけれども。
みんな本当は宝石なんかどうでも良いんじゃないかと心の奥底では思っているんじゃないかとも俺は思うんだけどどうなんだろう。
永遠という憧れを生まれながらに喪失し続けるしかない人間の絶望的な穴ぼこ。
それを少しでも慰めるための価値なんじゃないかな。
夕焼けよりも宝石の方が価値はあるのかもしれないけど、美しさそのものでいったらきっと夕焼けの方に軍配が上がると思うんだけどどうだろう。
俺がひよってるだけなんだろうか笑。

俺の価値観でいうと、サンゴに宝石は勝てないよ。
サンゴも海の宝石って呼ばれているけれど。

そして宝石もカワハギのつまみの味そのものには勝てないよ。
味わう感覚には勝てない。

瞬間に永遠は勝てないのだ。

それが人間ホジーの生きることへのせめてもの慰めなのだ。

YES.corals/hozzy

バカテリア。

祝いの言葉ありがとうございます。
とうとう三十路手前ぎりぎりの年齢になりました。
毎年書くけれど、信じられんよ、年を重ねてまた新しい数を背負って1年を生き始めるという事が。

こないだまで幼稚園児だったような気がするのに。
幼稚園の前の狩川で、キイチゴをつんで食べて、まだきれいだった川は、キラキラした水しぶきを染み一つなかった皮膚に浴びせかけていた。
タニシがいて、ヤゴがいて、トンボが羽化する瞬間も見た。
夜に交差する蛍も見た。
蓮花に埋まった、春先の田んぼもあった。
とにかく冬は、水たまりに綺麗な薄い氷が張った。
それを友達と割って、お菓子の缶に集めて回った。
空に凧を飛ばした。
道ばたで死んでいたスズメを手で包んだ。
何もかもが青かった。
不安も無く、この世界に天国があるのだとしたら、あの光景、
産まれて間もない、あの時間、
豆腐屋のラッパの音がする。
夕焼けに、いろんな匂いが混じる。
夕飯と、風呂場の湯気と、風に揺れる竹の匂い。
いつになったら、あの瞬間を超えられるだろう。
見ようとしたかったわけでもないのに、放り出されるように、色んなものを見た。
押し出されるように、集団の中にわけいっていった。
誕生日が、楽しみで仕方が無かった。
寝る前に何度も布団の中で数えた。
自分が何歳になるのか、それが何を意味するのか、不安なんて何も無かったのにね。
29さい。
よくぞここまで、生かされました。

と、仰々しくいってはみるものの。

まあ、素晴らしい景色なぞ、そう簡単には出会わないわけであるし。
だからよろしいのである、と、そう慰めようではないか。

記憶に、美しい風景があるだけで自分は恵まれている。
ありがとうといいたいのである。

しかし、去年にも増して暑いでござんすね。

もう7月になるんだから、夏みたいなもんだけど、暑いね。

これが温暖化というやつですか。

学者さんたちが忠告しておる、CO2の増加の影響が、この気温なんですか。

しかしどうやら、地球全体通年としてはここ最近、寒冷化しているというデータもあるらしいですぞ。
しかも、この暑さは単純に太陽が元気出しちゃってるからっていう人もいますぞ。

去年の太陽の黒点運動だかがずいぶん活発で、太陽ってやっぱすごいパワー、エネルギーの塊だからさ、暑かったみたい。
その余韻が今年もきてるんだって。
二酸化炭素減らそうとやっきになってるの、もはや日本だけらしいしね。
アメリカなんて、もう随分前からシカトこいちゃってるしね。
CO2のせいで温暖化してるなんて、もはや信じちゃいないみたいよ。
それ以上に、しょうがないんだよきっと。
地球は生きてるからさ。
何億年も、あったかくなったり、冷たくなったりしてるんだしさ。
俺たちに体温があるのと一緒だよ。
眠ると体温上がるでしょ。
腹だしてたら下がるでしょ。
風邪引いたら上がるでしょ。
げろげろ吐いたら下がるでしょ。
そういうことなんだよ。単純に。きっと。

おれらの国は二酸化炭素でお金儲けができるから、なんでもかんでもエコって言って僕らに買わせるんだね。
なんかエコマークついてると優良感まんさいだしね。
だったら何もつくらなければ、最高にエコなんだけどね。
たくさん売るためにつくらなけりゃ、もっと頑丈な壊れない製品を作れば。
だけれど、それじゃ商売にならへんもんな。
壊れなきゃ、経済まわんない。
人の欲望も刺激されない。

俺は今日思ったんだけど、実は人間は最先端で進化している状態なんかじゃなくて、実は一番遅れてケツにしがみついてるんじゃないかと、そんな妄想に取り憑かれました。
知能ってのは、きっと一番いらない機能なんじゃないかってさ。

地球が産まれて、生命が産まれて、俺たちが誕生して、人間みたいな思考をする俺たちみたいな人たちが産まれたのが10から20万年前くらいって一応定義されてる。
20万年って、中国4000年の歴史が、えらくちっぽけに思えてしまう時間ですな。
そしてどうやら4万年前くらいになんだか知らんが爆発的にイマジネーションが高まったらしい、全世界で。
まるで申し合わせてように、突然パーンと弾けたらしい。
ロボットのプログラミングみたいだ。

で、まあ、そこから知性ってものが随分活発になったと強引に定義しても、たったの4万年しか経ってない訳じゃない、地球が産まれた時間からしたら46億分の4万。
これまた桁が違う時間が、地球の過程には詰まってる。

でね、俺は思うんだけど。

人間みたいに知性があった時代が今現今している生物にもあったんじゃないか。
例えば、アリみたいな複雑な構造を持った生き物じゃなくて、最も単純な単細胞生物とかが正にそうだったんじゃないか。
手塚治虫の火の鳥の中にも出てきてたけど、カタツムリみたいな生き物が星を席巻していた時代が描かれていたけど、そんな時代があってもおかしくないんじゃないか。
だって、地球はたくさん生きているんだ。
人間だけが、この地球史上最高に発達している生物だって断定できる証拠はどこにもない。
それに、更につっこむと、結局俺たちは俺たちの知性を使ってしか、この世界を把握することができないんだ。
人間の見方をしてでしか、地球を見る事ができないんだ。
アリの目になって、木の目になって、クジラの目になって、恐竜の目になって、色んな想像を膨らまして様々な解釈を増やしていくけど、結局その「目」なるものは人間の想像でしかない。
本当にアリの目でこの世界を見るためには、視覚だけなんかじゃなく、触角で、あの細い節だらけの足で、蠕動するあの腹で、奇妙に開閉するあの口で、この世界を感じなくちゃならない。
そんなこと人間の俺にはどう頑張ってもできない。
ネコの目になれるんだったら、とっくに俺はネコと話ができるようになっているだろう。
できねえ。

この知性が、俺たちの世界認識の限界だ。

そんで、この知性が、もの凄いバカな事ばかりを産み続けてる。

昨今の日本の状況がそれをよく表してる。

「知性」を持っている、ということは「知的」であるということではないんだ。

「知性」は俺たちのフォーマット。

しゃべること、想像すること、常に埋まらない溝を抱え続ける事。

バカだろうがお利口だろうが、「知性」の呪縛から俺たちは抜け出せない。

考えなくても考えている。

無心になれない座禅中の葛藤のように、俺たちは心を持つかぎり、「知性」を抱え続けている。

それを坊さんは振り払おうとするんだろうね。
この「知性」の不毛さをよく知ってらっしゃった先人たちの知恵を受け継ごうとしているんだろう。
悟りってほんとにあるのかな。
生きながら「知性」を捨てる事ができるのかな。
それができるのなら、俺も捨ててみたいわ。
こんなに、無駄な事が湧き続ける脳みそなど、塩漬けにして、宇宙に飛ばしたい。
つい先日、もう思考に飽き飽きしていたのではないか。
ボランティアから帰ってきて、思考の不毛さに心底嫌気がさしていたのではなかったのか。

残念ながら、数日で復活してしまう俺の「知性」。

知的であることからほど遠い、駄文に洪水を垂れ流す、この恥知らずな時間。

29になっても変わらない性癖。

俺は馬鹿だ。

とまらねえ。


そして、俺は、人間は、実は一番進化として遅れているんじゃないかと思った訳だ。

なぜか。

だって、単細胞生物は考えないだろう。
バクテリアは考えないだろう。
ウイルスは考えないだろう。
植物はまるで神様のようだろう。

考えないでいきているような、生き物が、実は一番凄いんじゃないかって思った訳よ。

悟りの境地を生まれながらに手に入れたまま、ただ生きるだけの純粋な生命体。

この単純な生命の形に、長い時間をかけて、実は進化していったんじゃないかって。

いやいや、ずっと昔から、はじめっから単純な生物はいたじゃないかって、そう言いたい人もたくさんいるだろう?
だけども、そんなこと誰にわかるんだい。
生命の誕生の謎さえ未だ俺たちにはわかっていないのに。

俺は謎なんだけども、じゃあなんでこんだけ色んな生き物が進化してきたのに、バクテリアとか、凄い単純な生物は、昔のまま、なんで今も残っているんだろう。
ダーウィンが正しいのなら、いい加減単細胞どもも懲りて皆、次のステップに進むんじゃないのか。
だって、すぐ死ぬし、食べられるし、弱すぎるじゃん。
けども、彼らは進んでないんだ産まれてからずっと。
そう俺たちは決めて納得してるだろうとりあえず。

実はそうじゃなくて、彼らの姿にだんだんと生き物たちが還っているんじゃないかと、これは退化なんかではなくて、進化なんじゃないかと、そうは言えないか。
俺たちは、高度に進化した生き物とされているけれど、そもそも生命の第一目的は何か。
それはどこまでも絶対数を増やす事だ。
種の繁栄だ。
だから、俺たち人間も世界中至る所に国を作って、なるべく命がすり減らないようなシステムをこれまでも作り上げてきた。

ところがどっこい、しっかり見渡して欲しい。
俺たち人間の数など屁でも無いような数の、バクテリアや、単細胞、ウイルスたちの存在を、、、、。

絶対数でいったら圧倒的に俺たちは彼らの足下にも及ばない。
包囲されている。
そこにもここにも体の中にも、今この文章を写しているディスプレイを見ている君の眼球にも、微生物、ウイルスたちはうごめいている。

囲まれているんだ。

ずっとこの世界を占拠し続けているのは、最も単純な形の生命、しいてはウイルスのような半生命。

進化論が指し示すのは、俺たちの優位性なんかじゃなく、彼らの環境に適応し続けるその存在のでかさ、生命の完全性なんではないか。

ずっと、彼らは始まりから変わらないんじゃなくて、そこに様々な生物が還っていっている大きなミクロコスモ。
個としてではなく種としての優位性をずっと保ち続けてきた俺たちよりもずっと進歩している生命の形なんじゃないか。

俺たちはきっとこの「知性」で身を滅ぼす事になるだろうよ。
今の原発の状況も、正にそう言う事だろう。

だけど、どんな世界になっても、地球が粉々にならない限り、単細胞やウイルスたちは滅亡しない。

俺たちが気温上昇、もしくは寒冷化で死に絶えても、彼らはきっと生き残るだろう。

知っているんじゃないか。

「ちせい」の不毛さをとっくの昔に経験しているんじゃないか。

生命体としての完成系は俺たちの方向ではなくて、彼らの方向にあるんじゃないか。

考えない事の強さ。

それは、個人というものがない強さ。

まるでナチスや、旧日本軍のような思考だ。
最悪だ。

人間がそれを再現すると、結局「知性」が邪魔して、自滅する。

バクテリアに人間は勝てない。


俺は29にもなってこんなことを平気で考えている。
そして、本気で友達や家族を愛するにはどうしたら良いかを考えている。
考えて、考えて、考えて、考える。

そして行動に移す時、また忘れていくんだ。

新しい、思考と、行動に、人間として産まれてきたことを誇りに思えるように、今年も生きていきます。

思いついたら即行動、で、長い駄文を書いてしまった。

でもほんとに、進化に関してはテキトウだとしても、単細胞は単細胞なんかじゃないって、思うんですよ最近。

無敵でしょ。

YES,baca/hozzy

土嚢。

土嚢、使ってます。

今回一緒に参加してくれた友達。カギとユウダイ。

3人とも超インドア派。

ありがとう二人とも。,image1=/file/diary/1323.jpg,image1m=/file/diary/1323_mobile.jpg

2011/6/22釜石市鵜住居。

前日に引き続き、鵜住居の奥まった場所の民家にて作業。
強風で砂風が舞いまくっていたので、写真はないけど、ここの一帯はやっぱりどこも滞ったまま。
泥をスコップでかき出していたら、芝生が出てきた。
真っ黒だった玄関先から芝生がでてきたのには皆歓声を上げた。
植物は強い。
日差しが強かった。
水道の水が驚くほど冷たくてびっくりした。改めて、被害さえ無ければここは素敵な場所のまんまだったんだと思い知った。
この日も北九州市と名古屋のチームの方々と一緒に作業した。ありがとうございました。

2011/6/23陸前高田市→釜石市。

title=,wright=hozzy,update_date=2011/06/26 (日),article=この日は朝から雨が降っていた。
基本雨の日は作業中止なんだけど、とりあえず現地のボランティアセンターまで移動する事に。
2チームに分かれて、陸前高田と釜石市に向かう。
俺は陸前だった。
移動途中に岩手沖で震度5弱の地震発生。
津波注意報がでたので一時待機。
解除された後陸前高田のボランティアセンターに行ったけど、やっぱり雨で作業中止。
釜石が降ってないという事で釜石市のチームに合流。
雨が本降りになるまで、ブロック塀を壊す作業と、庭石をどける作業の開始。
重機がやるような事を、人力でやる。
凄かった。
ブロック塀がガンガン壊れていく。
庭の松の木をのこぎりで切って引っこ抜く。
俺もつるはしを振り回した。
全然うまくいかなかった。
悔しかったけど、やっぱりここもまだまだ業者が入れないから、ボランティアがこういうことをやるしかない。
北上の常勤メンバーは実に手際良く作業を進めていく。
ハンマーを材料現地調達して自力で作る人もいた。
最後は、大人10人ほどでブロック塀をまるごとなぎ倒して、この日の作業終了。,image1=/file/diary/1326.jpg,image1m=/file/diary/1326_mobile.jpg