藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

2011/6/23陸前高田市→釜石市。

title=,wright=hozzy,update_date=2011/06/26 (日),article=この日は朝から雨が降っていた。
基本雨の日は作業中止なんだけど、とりあえず現地のボランティアセンターまで移動する事に。
2チームに分かれて、陸前高田と釜石市に向かう。
俺は陸前だった。
移動途中に岩手沖で震度5弱の地震発生。
津波注意報がでたので一時待機。
解除された後陸前高田のボランティアセンターに行ったけど、やっぱり雨で作業中止。
釜石が降ってないという事で釜石市のチームに合流。
雨が本降りになるまで、ブロック塀を壊す作業と、庭石をどける作業の開始。
重機がやるような事を、人力でやる。
凄かった。
ブロック塀がガンガン壊れていく。
庭の松の木をのこぎりで切って引っこ抜く。
俺もつるはしを振り回した。
全然うまくいかなかった。
悔しかったけど、やっぱりここもまだまだ業者が入れないから、ボランティアがこういうことをやるしかない。
北上の常勤メンバーは実に手際良く作業を進めていく。
ハンマーを材料現地調達して自力で作る人もいた。
最後は、大人10人ほどでブロック塀をまるごとなぎ倒して、この日の作業終了。,image1=/file/diary/1326.jpg,image1m=/file/diary/1326_mobile.jpg

2011/6/24釜石市市街。

最終日は、釜石の市街区の大通りをちょっと横に入った飲み屋さんにて。
市街は、車がよく通る場所は、もの凄く綺麗に片付いている。
ぱっと見、シャッターが降りた商店街くらいに見えるほど。
けれどちょっと奥に入るとまだまだ残ってる。
いつも大通りしか車で通ってなかったから、勝手に市街はかなり良くなっていると思い込んでいたけど、間違っていた。
きっとこの街がテレビで報道されるのは、あの綺麗に片付いている大通りばっかなんだろうな。関東で、もう復興に向けて歩んでる的なニュースで釜石映っていたけど、こんな瓦礫の山なんて一切でてこない。
情報なんて上澄みでしかないって、よく解るよ。
その落差に、やっぱり狂ってるじゃんこりゃ、ってマザーで肯定的に描き直そうとしていた世界像に、亀裂が走り始めてしまっているよ。
狂ってる原因なんて、もの凄く簡単なのかも知れない。
ただ面倒なだけなんだよ。
美しい理由なんて、そこには無い。
やっぱり悪は悪で、相対的なものなんかじゃねえな。
悪いもんは悪い。
なんともいえない、愛情に満ちた悪も同時に存在としてあるけれども。
やっぱ、基本狂ってるねこの世界。
俺は、メディアに飼われた家畜にゃなりたくねえマジで。
いろいろとまた意識改革が起きそうだぜこりゃ。
少なくとも、俺のもつ価値基準においては反吐がでそうな現実ばっか。
もう考えんのはうんざりだ。
理屈も理論も今はいい。,image1=/file/diary/1327.jpg,image1m=/file/diary/1327_mobile.jpg

スプーンとかハナミドリとか。

一緒に、デザインをやってくれていたマイケル梅田君も、22日から最終日まで参加してくれた。

ありがとう梅ちゃん!,image1=/file/diary/1329.jpg,image1m=/file/diary/1329_mobile.jpg

チームキタカミ。

そんで今回もお世話になった北上青年会議所の菊池チーム。
日を重ねるごとに、黒く、たくましくなってゆく彼らに、最高の強さを見る。
こういう活動は、絶対良い事なのに、やっぱどっからともなく反発してくる奴らがちょこちょこ出てくるんだよ。俺は全力で協力するぜ。なぜなら、くだらん反発に反抗する事が大好きだからである!

ほんとに思うんだけど、ここのチームに嫌な人間が一人もいなんだよ笑。
あうひとあうひと皆、変なんだけど、純粋なんだよ。
なんだか頭のおかしい奴に文句言われても、おせっかいするんだよ。
ボランティアはおせっかい。
その通りなんだよ。

うだうだ正攻法で、正しい事考えて、うやむややってるちに、あぱぱぱぱーーーーって、なってるぐらいなら、突っ込んだ方が良い、マジで。

業者に頼んでも、人手が足りなさすぎてなかなかやってきてくれないから、ここのボランティアが人間重機で突入するんだよ。
ハンマーでぶっ壊すんだよ!!

そして被災された方達は、みんな涙流したり、笑顔になったりして、ほんとに喜んでくれるんだ。ここのボランティアに文句言う被災者なんて見た事ねえ。

俺はここの人たちが大好きです。

んで、土嚢袋の他に必要なものがあれば書いてくれっていう、心優しい申し出をたくさん受けるので、新たに一個増やさしてもらいます。

ハンマーください。

壁を壊せるでかいやつが、これもホームセンターとかで売ってると思うので、土嚢袋よりも値は張ると思うのだけれど、余裕のある人がいたら送ってください。
こないだの作業で、柄が折れてしまったりしたので、後、これからそういう作業も増えていくと思うから、大型ハンマーを送ってください。

あと、どこでもいいから、参加してくれ、特に男子。
そして見て感じてくれ。
絶対、なんかおかしいと思うからさ。

俺も全部の街が復興するまで、参加し続けます。

今回も、お世話になった皆さん、作業をさせていただいた住民の皆様、心より感謝します。ありがとうございました。

カギ、ユウダイ、梅、ありがとう。

,image1=/file/diary/1330.jpg,image1m=/file/diary/1330_mobile.jpg

第二次災害派遣ボランティア。

6/21~6/24まで約一ヶ月ぶりに2回目、また岩手の釜石市の復旧作業に行ってきました。
予想通りほとんど現状は変わっていなかった。
心なしか、がれきの数が減った感じがしたけれど、100日経ったとは思えないくらいはっきり言って復旧状況は悪いです。
ここ最近関東のテレビでも、腐敗物の匂いや粉塵が原因で被災者の方々に体調不良が起こり始めていると報道されていたけれど、本当に大変だぜこりゃ。
特に大船渡市は、一ヶ月前に立ち寄った時点でも他の場所に比べても群を抜いた匂いが立ちこめていたので、すげえ心配だった。
ようやく最近になってこっちでも報道され初めて、やっぱりかって現状まだまだ終わりが見えない状態。
河口付近に、加工用の水産物(たぶん大部分が魚)が袋に入ったままの状態で延々積まれていた。
これを始めは土掘って埋めようとしていたらしいですが、到底追いつかない量で、やっぱりそのまま今に至ってます。
ボランティアらしき人の姿も俺が行った時は皆無だった(多分、入ってるのだろうけれど、、、)
今回、岩手に向かう時、北上のボランティアチームに活動場所はもしかしたら大船渡に振られるかも知れないな、って勝手に思っていたけれど(あえてきついとこばっか行くから、、、)、今回も釜石市に活動場所が決まりました。
そして釜石も全然、まだまだ人の手が足らん場所が山ほどありました。
まだ遺体捜索が終わっていない地区もあるんだぜ。
信じられるかい。

そして、前回書いた通り、6月中の自衛隊撤退はほぼ確定だと思います。
小学校や、中学校にあった自衛隊のベースキャンプはかなりなくなっていました。
俺が参加したチームは自衛隊と一緒の現場で作業とかしていたから(庭で遺体捜索している中で屋内の家具の撤去、清掃)俺は自衛隊の凄さを間近で知ってます。
あの人たちは本当に寡黙に休憩さえとらず任務を遂行する尊敬すべき集団です。
その方々が本当に今の状況でいなくなるのは痛いどころか、ありえないですわ。
上で決定を執行している奴らは本当にバカなんじゃないかと、現場なんかつゆほどもみちゃいねえんじゃないかと、この税金ドロボーが。ってマジで唾はきかけたくなる。
上の決定に従うのが自衛隊だから、隊員はなんも悪くない。俺はあの人たちを心から誇りに思う。
上だよ上!!
馬鹿野郎どもが腐った脳みそで現実みようとしてやがらねえで、足し算引き算して金勘定してるのがよく解るよ。
国防ってなんなんだよ。
地図広げて、空調きいた部屋で、あの匂いも嗅がず、汗も流さず、指差して、駒動かすのが、国防ですか。
みんなまだまだ絶望してあえでるのにな。

がれきの撤去も行政が業者に働きかけて動いていますが、それ自体は地元で固めれば経済効果も生むし雇用も確保できるかもしれないからとてもいい事だけれど、あの未だにまき散らされたままの大量のがれきを今現地に入っている業者だけで処理するには実際何年もかかんじゃねーかと思う。
だって一ヶ月たってもほとんど減ってないんだもん。整地された公園くらいの面積見て「ああ、すげえ!進んでるとこがあるっ!」って思えてしまうくらい、ほとんど前と変わってねえんだよ。

政策批判してもしょうがないから、動ける人間は動くべきなんだ。
金動かす人間は、1から10まで歩みが遅いから、とにかく動けそうな人は、現地に飛び込んで参加して欲しいと何回でも言いたい。
ただ、まだ地震とかあるし(今回は大雨警報と津波警報でました、、、)現場ははっきりいって危険なので、あくまで自己責任でよろしく(それでも女性も参加してます)

俺たちも藍坊主でチャリティーを継続してやっていくべきだと思うし、この間のシャレイドでの小音楽祭も皆さんのおかげで立派な金額が集まりました(本当にありがとうございます!!)
そして、このコラムを読んでくれて、行動してくれた人たちがたくさんいることにも深く感謝しています。
土嚢袋、たくさん集まってます!!
そして、現地にまで突入してくれた方々(俺はね、もうソウルメイトと呼びたい涙)に心から敬意を表します。
行動に移すのって本当に大変だからね、、、、。ありがとう。
俺も来月またいきます。

ぜってえ負けねえ。

反骨!!!!!!

YES.kitakami!!/hozzy,image1=/file/diary/1321.jpg,image1m=/file/diary/1321_mobile.jpg

GOING UNDER GROUND。

名古屋、大阪とゴーイングのツアーに参加させていただきました。

「ああ、やっぱ対バンっていいなあ」と改めて思わせてもらえたライブでした。

ゴーイングと対バンって形で一緒にやるのは初めてだったのに、何だか昔からの知り合いのような(中学の時の先輩のような笑)ほんとに不思議なんだけど、とても初とは思えないような気持ちになりました。

やっぱ始まりが自分らもゴーイング先輩もブルーハーツからだったというのがでっかい理由なのかなとも思うのだけれど、なんかそれだけじゃないツボの共有というか、いいと思う感覚とかが、なんだかとても近いんです。恐縮ながらすごい近い笑。

実際、前にVOの松本さんの番組に出さしてもらったときにもお話しさせてもらったんだけど、半年くらい前に「すげえいいメロできた!!」って思ってちょっと経って発覚したのがゴーイングの「トワイライト」のサビまんまだったとか笑、ちゃんと気づいて良かったけど笑、普通にあったりするんだよこんなのが、ゴーイング的感覚が凄い好きなんだろうな、オレ。

なんか意識して、このバンド、あのアーティスト好きです。って感じじゃなくてもっと奥の方でずっと好きだったんだろうなって、今回一緒にやらせてもらってはっきりしました。

「ミラージュ」聴くとバイト先で肉切ってたの思い出すし(当時有線で流れててハッとしてた)

俺あんまここのコラムで好きなバンドの事とかそんな書かないんだけど(別にあえてそうしてるわけでもないんですが笑、なんかいつもそうなっちゃう)、凄いゴーイングが良すぎて書かずにいれん。

また一緒にできたらいいなぁ。

なんだかとてもあったかい気持ちになりました。
ありがとうございました。

YES.going under ground/hozzy

石巻市。

宮城県石巻市は、画像を撮り忘れてました。
夕方だったので高潮の影響で、車を走らせている道よりも海が高くなっている場所も在りました。コンクリの壁(といっても人の身長よりも低い)の向こうは海です。地盤沈下の影響もあったのでしょうか。ボランティアの人たちの活気がありました。復旧作業はかなり進んでいるように見えました。すごい!!

相馬市1。

福島県そうまし

地元小田原がボランティアバスを出している地域です。二宮尊徳(金次郎)繋がりでゆかりがある場所らしく、列に並んでいたら地元の高校の話が話題に出ているのを後方の人たちからちらほら聴きました。

雨のため、屋外作業募集は中止。

予想外に人がたくさんいたため、写真洗浄もこの日は15人まで、ということで俺は他の場所で作業できる所があるらしいということで、新町というところに参加させていただきました。

しかし、ここも雨が降りそうということで作業中止。

そしたら、南相馬市では作業をするという話を聞いて、その場にいた東京からきたというボランティアの方たちと3人で、南相馬市の鹿島区にいきました。

南相馬市3。

福島県みなみそうまし

結局現場に着いて、2時間足らずで雨のため屋外作業中止。屋内でそのお宅の床下の泥だしを開始するということでしたが、「原発の事もありますし、雨ですので希望する方だけでよろしいです」とのことで、俺は撤退を選びました。

ボランティアの基本は『細く、長く、いつでもやめられる』

北上青年会議所のリーダー菊池さんに教えられた事ですが、引く勇気も大切です。

東京から来たボランティアの方二人は残って作業を続けるという事でしたので、自分だけ撤退しました。

相馬市と南相馬市は隣あっていますが、明らかに南相馬市の方が人手が足りていない感が強かったです。ボランティアセンターの方々も、自分ら着いたときの歓迎のされかたも大きかったです。結局ほとんど力になれませんでしたが、、、、。晴天の日を狙って、また参加したいと思います。

相馬市では宿も予約がいっぱいでとれませんでしたが、南相馬市では一件目で予約が取れました。

相馬市では屋外作業即刻中止でしたが、南相馬市では雨が多少降っていても屋外作業を続けていました。

それに誰一人として防護服などきていません。
ヘルメットはおろか、帽子さえかぶっていない方もいましたし、地元の方はマスクも着用せずに作業されているかたも多かったです。

この差は原発により近いということの裏返しなのじゃないのかと、胸が痛いを通り越して吐き気がしてきました。

マスクを毎日して、防護服を着て、生活などできるはずがない。どうであっても日常を取り戻さなくてはならないからです。

南相馬市に入って、ボランティアの立場に着いても考え直させられました。この地域でのボランティアへの参加について、いち民間の自分がどこまで参加するべきなのだろうか。

政府の原発への対応はご存知の通り、現在腐りきった責任のなすり付け合いに発展しています。公表されている放射線量も、どこまで信じていいのかわからない。
放射能の知識については、自分も現地に入るくらいですからそれなり持っていますが、政府の対応や、小出しにされる隠されていた原発の真実(メルトダウンや海水への高濃度汚染水の排出など)に、どこまで手伝いができるのか現状では悩んでしまうのが、正直な所です。

俺は関東の人間ですから、福島の原発のおかげでここまで育ったと言っていいです。
この事件がおこるまで恥ずかしながら、福島原発が関東の電力のために存在し、大きな役割を担っていた事さえ知りませんでした。福島にありながら、福島のために電力を供給しているわけではいという事実もです。

あの原発のおかげでここまで育ってきた、育ててもらった恩は俺は返さなくてはと思ってます。

音楽やるにも、電気が莫大に必要だからね笑。

といっても矢張り、雨の中の作業はやめた方が良いと思いましたので、今回は一度自宅に帰ってきました。少しでもお金を落とそうと南相馬の宿も取ったのですが、キャンセルしました、、、申し訳ないです。また必ずいきますので!!

災害派遣ボランティア2。

ここまで画像をたくさんあげて、みていただいたと思いますが(見ていない人はページさかのぼって是非見て下さい)

ボランティアはこれでも偽善でしょうか。

役に立たない事でしょうか。

冷静に俯瞰で物事を軽口で叩いてる奴がいたとしたら、現実をその目で確かめてみたらいいと思う。

それでも冷静でいられるのなら、たいしたもんだと思います。

「自分は力になれないのじゃないか」
「自分は逆に、行ったら迷惑になるんじゃないだろうか」

そんなことはぜんぜんありません!!

5人が6人になっても大して変わらないと思っているでしょう?

それが現実、大きな違いになってくるんです実際。

人が一人増えるだけでも、現場では大変な力になって変わります。

変わるんです。

俺なんて、勿論、ボランティアなどやったこともなく、タフガイでもありません笑。力持ちでもないです。インドア派です。

実際、北上青年会議所のリーダーは普段デザイナーやってる人です。
めっちゃインドア派です笑。
他にもたくさん面白い人たちに会いましたが、肉体派などではない人の方が断然多かったです。ただ熱い気持ちを持ったひとたちの集まりです。

気持ちがあれば、それでOKなんです。

はっきり言って、俺は良い人間ではない。
良い人間になろうとも思わないし、それで悦にはいろうなんて最も嫌悪している人間です。
ご存知でしょうみなさん笑。

ただ本当に早く復旧作業を終えないと、前にも書きましたが夏になったら疫病が流行ります。そうしたら、現地の人もボランティアの人も活動するのがより困難になることは目に見えています。
そのケアのためにまた多くの税金が使われる事にもなるでしょう。
政府はそこまで頭が回っているのか、疑問です。

六月いっぱいで現地の自衛隊を撤退させる予定だそうです。

信じられねーよマジで。
それまでに今の人員の数では、間に合わないに決まってんだよ。
それなのに、撤退させるそうですよ政府は。

みんな、まだまだ全然終わってないんだよ。
報道機関の流すニュースだけを信じたらいけないよ。
勝手に終わらせたら駄目だよ。

復興なんて当分先の事なんだよ。

それと、これは他人事ではないんだよ。
特に関東、中部には、大きな地震が来るってほぼ確定なんだよ。
見て見ぬ振りをしていても、現実は無慈悲な力で俺たちをなぎ倒しにくるんだよ。

だから今、東北をまず立て直さないと、中央がめちゃくちゃになったら誰がここを助けてくれるんだい?
頭でっかちのままだと右往左往して、結局発狂して終わるだけだよ。

俺は不安をあおりたいんじゃないよ。
皆、目を覚ませー。
他人事にすんなー。
全部自分たちに返ってくるんだから。


もし自分も協力したいけど、今は現地に行けない!って思ってくれてる人がいるとしたら、確実に向こうの人たちに今喜ばれるものは

土嚢袋です。

どのうね。

これがなくなると、復旧作業ができなくなる。
いろいろつめて撤去できるから、もの凄く大事なアイテムです。
これを送ってあげてくれないか。

お金や、日用生活品も必要だけれど(食べ物はだいぶ行き渡っています)、まず町を復旧させるには、土嚢袋の不足は致命的です。

それも俺がお世話になった北上青年会議所に送ってくれれば確実に現地に運んでくれます。約束します。

義援金の振り分けもまだおわっていない(っつーか信じられないことにほとんどの機関で始まってもいないのが現実らしい)ので、どこに行くかわからないお金そのものより、土嚢袋という金にならなそうなものの方が現実的だし行き渡りそうな安心感も在るでしょ笑?

ここに送ってくれ、

北上青年会議所↓

http://eastjapaneq.jp.msn.com/volunteer/detail?id=618

金じゃなく、土嚢袋を笑!!