藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

東京の牛肉。

そろそろノルウェイの森の映画が公開される。

見たいと見たくないのとの間で揺れ動くこの感じ。

また小説が読みたくなってきてしまったじゃあないか。

ほんといい物語だ。

いつも衝撃。

ウイスキー飲みたくなるよ。

YES.morimorimoorii!!!!/hozzy

アゾヒステクラヴポポン的リーニョ!

日付が変わっちまった。

昨日、新たなシングル発売いたしましたぁ!

全然実感ないんだけど、前の発売から随分期間がまた空いてるね。
なんて時間が経つのは早いんだろう。
よくわかんないけど、わたし、酔っぱらってます。

いえーーーーーーーーーお!!!


はい。


だいたい、CD発売日に飲んでねえ方が気違いだよ。

キチGUY。

たらららったたーーーーん!


「気違い」を、「キチガイ」とか、「きちがい」とか?言ったら、駄目なんだって!

だめ!

ぶっばぅーーーーーーー。

きちがいって、サビェツ用語らしいよ。
現代ッ子マイナス1くらいの世代の俺には、その重さがよくわからん。
頭がおかしいのはいつも常識。
俺が駄目なニン減なら、認めよう。
世間がカス太郎生命ぽぽぽんだということも認めよう。

って、なんだろか。

いや、

おっしゃってござまってわたしじょでつまさってとととーーーーーーーんってございまさっておっしゃりたいのよ(あははん)

何喋ってんのか忘れたから、おやすみってしていいいかい。

アルコールは、なんで非合法じゃないんだろう。

やばいよ、

おれにとっては。


水飲んだらすっきり。





しねええええええええええええええええ。



まあ、tりあえず、最良いCD
だから、聴いておくんなさいまし。


もう俺には夢しかねえ。

曲書けねえ。

けど、定まってガンンバル感じ。

3ヶ月の試行錯誤を形にしてやるよ。

ほぼ0のじょうたいから、始めよう。

始めようと書いて、いったいなにが貴様科。

うてええ、キーードが。

俺は何立て、律儀な男。


表面なんて、いらねええええんだよ。



ぜってーdとってやる。


いぇS.fuc/hozzy

めんどくせえ。

俺が髪の毛が長い理由。
もしくはもじゃもじゃな理由。

「美容院、及び、床屋が苦手だから」です。

ああ。

つまるところ、髪の毛を切る人たちのことが、どうも苦手になっちゃったのです。

ある時期まで、思い起こせばデビューから2006年くらいまでは大前さんという亀井栄(前ドラマー)繋がりのナイスな美容師さんに毎回お世話になって、ストレス無く髪を切るという習慣が出来上がっていたのですが、大前さんが遠くに赴任になってからは(いかんせんさすがに沼津は遠いっす、、、)気のおけない美容師さんがいなくなり、己でカットするという荒技に移行しがちになりました。

それでもまた別の友人繋がりの美容師さんにカットしてもらったりとか、あったんですが、みんな遠くに行っちゃうんだよね。
繋がりも疎遠になっちゃったりとか物理的にも精神的にも(なんか空気感的に)

って感じで、伸び始めちゃったわけですよ私は。
別に髪の毛伸ばしたいとかも思っても無いし、あっても無くてもどっちだっていいんだよ。
禿げたらやだけどさ。
ハードロックになりたいわけでもないんだよ。

ただ、私、いろいろ変な美容師さんによく当たりまして、美容師恐怖症になってるんです。


例1、下北沢のあるお店にて。



「はい、こんな感じどう?」

と鏡を背後に向けられながらの後頭部の確認。

『うーん、もうちょっと切って下さい』

と私が注文を付けますと、

ほーーーう的な顔をしてちょっと不服そうな顔つき。
しかし切り手もプロなのでしっかりと要望には応えてくれます。

この時点で、私はもう嫌です。

なんでタメグチきいてくんだよてめえ。
友達ならわかるけど、あんた誰?

ファッションリーダー?

下北沢って、たくさん美容室在るけど、俺はどうもクソ野郎にあたるらしい。


例2、近所の駅前の美容室にて。


まず受付の女が気に入らねえ。
店構えがやけに洒落てやがるから入ってみたものの、頭の悪そうなダテ眼鏡の女が「予約いっぱいっす」って、電話しねえお前が入ってくんな的空気。
まあまあまあ。美容院というところは床屋と違って、アポなしでゆくところではないから、僕ちんが悪かったです、と空いてる時間を聞きびくびくしながらまず退場。
時間をつぶして、再突入。

まあ、内容の無い会話をしながら髪を洗ってもらい、髪を切ってくれたお兄さんはとてもいいひとでした。
ここまではよかったの。

でね、
このあとに髪を乾かしてくれたババアがくせ者でしたのです。

ぶーーん、ってドライヤーで髪をぶんぶんしてたら唐突にそのババアが、

「天パーって全然悪いことじゃないと思うの」っていいはじめて、

「みんなストレートにするじゃない?天パーって全然恥ずかしいことじゃないと私は思うのよね」

って、まるで天パーが恥ずかしいかのごとく話し始めたんだよババア。

俺はなんだか何言ってんのかわかんなくなってしまって、その意図を理解するのにタイムロスがありますたよ。

俺が天パーだから勇気づけてくれようとしていたのよそのババアは。

おおきなお世話だってんだよ笑!

よくよく見ると、そのババアの髪の毛は明らかに縮毛矯正した髪の艶をしているわけよ。

お前が一番天パーを否定してるじゃんかよこらって思っちゃったわけよ。

いらいらしたわけ。

したらそのババアそれを察知してなんか彼女もイライラし始めたわけ。

俺、もうむかついちゃって、早く帰りたくて時計をちらちら見まくってたら、そのババアなんて言ったと思う?

「ねえ、君。バイトは何時からなの?」


ぼくミュージシャン。プロなの。


完璧俺のことどっかのバイト君だと決めつけてるわけ。
ばばあ。

別にバイトすること自体を俺は否定してるわけじゃ全くないスよ。
俺も俺なりに頑張ったし。
たださ、俺もバイトしてる時期はとっくに過ぎてるわけよ、音楽頑張ってる時期な訳よ、やっぱりプライドってあるじゃない。

殺してやりたくなりながら、最悪な気持ちで店を出ました。



例3、極めつけの近所の床屋にて。


そんな苦い想いでが重なり、どうも美容院は俺には合わないと言うことで、だったら初心に戻り床屋さんに行こう!となったわけです。

つーことで近所にまたちょっと洒落込んでやがる床屋さんがあったので言ってみることにしたのでした。

まあ、その頃には髪きり屋不信で随分髪も伸び、野ざらし状態、美容に携わる人間からすると私の頭部は随分許せない状態だったとは思います。
それも自覚しつつ、私は臨みました、髪きり屋に。


席に座り、理容師の顔を見る。

普通の若い兄ちゃん。
笑顔が無いのちょっと不安だった。
それでも床屋で面倒なこたあもうねえだろと安心しておりました。

「はい。じゃあどうします?」

と聞かれまして、私は特にやりたい髪型とかなかったものですから、まあ普通に中間辺りでさっぱり切っちゃって下さい。とよく言うセリフを言ったわけです。

したらね、

「普通なんて髪型はないんだよ、ドンくらい切ればいいのかちゃんと言ってくんないかな?(ハッて感じで鼻で笑ってる)」

ぽーーーーーーーう笑。

なんだか私はよくわかんなくなってしまって、そのまま立ち上がり、おそらく顔を真っ赤にしてぶちぎれました。

「てめえ、客に向かってふざけたことぬかしてんじゃねー!!お前等一体なんなんですか?」と熱く言っておったと思います。

ここからは、いままでのうっぷんをはらすごとく髪きり野郎ども全般にぶつけたかった文句をその彼にひたすら浴びせ続けた気がします。
最後に彼が「すいません。そういうスタイルなんです」と謝りましたが、なによそういうスタイルって?

ロハス!?

もうかんがえるとむかつくんですけど、俺はどうも髪きる人間になめられる傾向にあるんでしょうね。
髪切りいくのもうほんとこわいもん。
また馬鹿みたいな調子乗り野郎にこかれたら最悪だなって思っちゃってるもん。

いい人が大半ななか、悪い人にあまりにも連続で遭遇してしまったのは、ぼくのしわざかもしれなーーーい。

もう髪切りたいよ。
また自分で切るか。
しょうがないよもうやだもん。
アーティストたちに関わるのは。

YES.artist/hozzy

バクテリア大爆発。

俺のたった一つの過ちで、クラゲが死に、大好きだったニモも死なせてしまった。
ここ数日はショックで、たまっていた疲れが津波のように押し寄せて、3日くらい前には一日臥せっていました、、、。

しょっぱなからダークな文で申し訳ないが、本当に哀しかったんだよ泣。

俺ってなんてがさつで適当なんだろうって、ペットに対しての敬意が非常に足りてないところが浮き彫りになり、謝っても謝りきれない現状に水槽を一つ畳みました。

環境のバランスというものの偉大さが身にしみて解ったです。。。

私がそのバランスを己の過信で破壊してしまったのです。

殺したのです。

ベランダにあるゆずの木の根元にクラゲとニモとデバスズメダイを埋めました。
もうニモは飼わないことにしました。
本当に好きだったんだもの。
ひどいことをしてしまいました。


なのに、わたしの水槽に対するパッションは止まらないのです。
完全にやめるつもりなどさらさらないのです。

なぜなら、私が人間だからです。

欲望を、直接的ではない快楽を(決して水槽の景観そのものに恍惚感を覚えているわけではない、それを美しくしようとする行為に、想像に、快感を感じているのだ)、つきることの無い理想を、それを私は、「パッション」と呼ぶのである。

『パッション』

なんてむかつく響きなんだろう。

フルーツか?ってんだよな。

でも情熱って言ったら違うんだよ、パッションなんだよこの感覚は!

馬鹿みたいな、間の抜けてるあっつい感性なんだよ。


そして、人は前を向いて気がつけば悲しみを忘れて、歩いてゆけるのさ。

ばっかじゃねーーーーーの!!

歩いてゆけるのさ。

ほーーーーーーーーーう!


俺の藍坊主への生き様はパッションだぬおー。

真面目にやってたら、音楽なんてできやしねーの。

けど不真面目にやってたら全くミュージックなんてできやしないの!!

この難しさがミュージシャンの宿命であると私は今日も思ったのである。


いい音楽は確かにあって、素晴らしい響きは歴史にたっぷりと刻まれている。
なんて身近にスペシャルパッションが溢れかえっているんだろう!!

アンパンマンの歌とかすごい最高じゃん。
「なにがきみのしあわせー」
のメロとかぐっときちゃうよ。

タッチの主題歌とかも「あなたからーー」のとことかすごいねじ込まれる。

そしてレディオヘッドの「KID A」はいつ聴いてもリセットしてくれる。
このアルバムはほんと何十回聴いてんだろう。


ネコをもう一匹飼った。
アビシニアン。
オス。
3ヶ月半。

名は、ピカソ。

「なんてメジャーな!」

って思うか知らんが、本当にピカソって感じの顔、体色をしているのですよ。

もう一匹いるクレー(メス猫)ともようやく慣れてコンビを組みはじめている。

しかし俺の方が猫よりマイペースなため、気を使われているときがよくある笑。
特にクレーはよくできた娘である。

猫って情愛。
犬は広大。

YES.picasso/hozzy

ナウプリウス音楽。

少しずつ前に進んでる。
個人的な作業。
曲作り。
ってか曲練り。
細かくやればやるほど細かくなってゆく。
永久に点を打ち続けることができる小数点。
うざいよ、てんてんさん。

「、」じゃなくて早く「。」を打ちたい、、、、。

決定的な解決法が音楽にもあるはずだと信じながら、また夜が明けている。

クラゲまだまだ元気です。
半透明です。

YES.artemia/hozzy

スーパースペシャルデラックスハイパー。

まだまだ生きてる元気なクラゲ。

つーか、触手とか伸びて成長してきてるようだ。

コツをつかんできたかも。




昨日の深夜、この世界を旅立った、俺が大好きだった祖母、ふさ江。
まだ涙はでない。
最期の最期まで生き抜いて、半端無くかっこよかった。

あきらめないことってものすごく素晴らしい。
命全部で示してくれた。
一生忘れねえ。

俺も頑張るぜ、おばあちゃん様。

YES.ikiru/hozzy

エレガントな答え。

小学生の国語の問題です。

問題1

空らんの□にはいることばをひと文字、漢字で書きなさい。

雪がとけると□になる。


さあ、あなたはなんて書くでしょう?


昔、新聞にのった、とある小学生のテストの問題。
普通に小学1年とか2年とかの国語のテストにでていた問題らしいのですが、
とあるひとりの小学生の子が、これに素敵な答えを書いたってんで新聞で取り上げられていたのだそうな。

そしてこの話が新聞に載った当時、ちょうど小学生だった俺に、うちの父親がこの新聞の問題の話をしてきました。

「さあ、答えは何だと思う?」

私は、「川」と答えました。

普通だったら「水」とかって書くんだろうけど、わざわざ新聞に載る出来事なんだから「ミズ」なわけはないだろうと、子供なりに考えての回答でした。

「ああ、お前も想像力がないなケンタ、普通だふつう。間違いじゃないが、ふつうだ凡人だ」

カチンときましたが、他に何にも思いつかなかったので、答えをきかせてくれと頼みました。


新聞に載っていたその回答は、

「春」


でした。


いまだにびびっとくる笑。
小学生がこの詩的な回答を、学校の国語のテストって閉鎖された枠組みの中で、思いつくって半端無くすごくない?
その答えをきいて、すげーってやっぱ小学生の頃の俺も思いました。
しかもこんな問題が出るのって1年生か2年生でしょ?
びびっちゃうよ。

雪を、そのまましか見ていなかったら、~になるって言ったら「水」に関連することからなかなか抜け出せない。
雪をもっと広い範囲で捉えられないと「春」ってでてこない。

いまだに、同じ問題出されて答えを知らなかったら、おれはきっと「川」って答えるでしょう笑。

ある小学生のとらわれないものの見方が、未だに、少なくとも俺の心には印象に残っている。
イマジネーションが人に感動を与えるってリアルを、名もなきその小学生から未だにもらってます。
思い出すもんこれ。
刻まれてる。
その彼(彼女?)が今はどんな大人になって、どんな風に世界を眺めているのか。
知る由もないが、きっと素敵な大人になってるに違いない。

あなたが始めから□に春といれたなら、もしくは全く新しい違う答えを入れたなら、俺はずいぶん尊敬する笑。

その感覚をわけてください笑。

YES.spring/hozzy

ムジサンシップに則り。

とうとういろいろ情報解禁されました。
シングルとライブDVDが11月にでます!

今回のシングルは、藍坊主初の「両A面シングル」ってことで、気合いの入った(つってもいつもB面も全力で作っているんだが笑)、ライブでも主役張れる二曲が詰め込まれてます!

プラスライブDVDの音源が3曲入っております。



1200えん。



なんて安いんだろう!
音楽ってこんなに安くていいのかなって思う。

内容に対して対価が (制作側に対しての尊重が)、近頃どんどん安くなってないかって感じ。

渋谷のHMVもなくなっちゃったしなあ。

最近は音楽なんてただみたいなもんでしょ?(全ての人がそうじゃないとしても)
ネットでピッてやれば、違法に落ちてしまうし、YOUTUBEも便利だしいろいろ(イロイロ)
くそみたいな音質でも、曲がわかればいい人が多くなってるらしい。

ミュージシャン泣かせな時代である。

そのちょっとの音質や響き方の差に、途方も無い神経と時間と集中力と人力とロマンをかけているのに。



このおおいなる大問題は、環境問題と等しく深刻である。



エコエコ言ってるうちに、下手したら、音楽一般に対する創造力が破壊しかねない状況である。


音楽の衰退は、
文化の衰退である。

文化の衰退は、
人間性の衰退である。

人間性の衰退は、
社会全般の衰退である。

金が欲しいからこんなこといってるわけじゃないよ。
クラゲもっとたくさん飼いたいからってこんなこといってるわけじゃないよ笑。

ミュージシャンやってる人間で、金のためにやってる人なんてほとんどいないと思うよ。

俺なんか、自分の表現が濁り無く心底できるなら金なんかほんとゴマみたいなもんでしょ。

だってミュージシャンだぜ笑。

ミュージシャンは自分の創造力をぶつけるために、色んなものを投げ打ってる(未来への安定とか、社会的ポジションとか、社会的信用とか)

けど、その情熱が、今の時代はあまりにも軽く扱われている(その情熱を必要とする人が数えきれないほどいるのに)


正直やってやってらんないすよマジ。


売れる売れないとか以前に(自分たちの音楽が人に届くか届かないか以前に)、売れないにしても、ひどい扱いだよねミュージシャンに対する敬意って。。。。



全てはiPodがわるいのか?

いや、違う。

ネット社会が悪いのか?

いや、違う。

携帯電話の普及率が悪いのか?

いや、違う。

キムチ鍋をつつきながら、そこに入ってる豚肉をただの「豚肉」と思っているような社会全体が悪い。

豚肉は、生きていた豚だ。

その命を奪ってパッケージされた消費原料だ。

生きていんだよ。

音楽は、「音楽」ではない。

だたそこに、鍋に入っておいしい豚肉のように、そこに気づけば入ってるものではない。

それは売れる売れない(おいしいおいしくない)は聴く人(食べる人)に委ねるとしても、音楽はいろんな人たちの精神が関わりあいながらつくりあげた血の通った命みたいなもである。
ポンっとそこにあるものではない。

豚肉をスーパーでただ食いする人間はいない。

音楽は今ではただ食いの嵐である。

誰か一人が悪いわけではない、この社会の中の人間の集団の曖昧さが悪い。


そのうちほんとにミュージシャン全体が方向を失ってゆくよ。

やる気がなくなって、

それこそウンコみたいなミュージックしか産まれてこなくなるよ。


俺もあと何年かして、この状況がもっとひどくなるようだったら、形としては趣味で音楽作ることに、そこで自分の表現を死ぬまで追求することを選ぶようになると思う。

だって、バカみたいじゃんマジでやってるの。

精神ぶち込んでるのに。

それでもミュージシャンはやめないと思うけど、このフィールドにはいたくなくなる。

俺には俺の理想があるんだし、その対価は社会に生息している以上ちゃんと得たい。


まあ、この音楽商品軽視化問題は改めて、深く考察するにして、ここでやめとう。


強制感がつよくなるのはやだし笑。


けど全ミュージシャンの気持ちは、これにつきると思うよ。


DVDも楽しいよ。

なんたって、雨振ってたしね。


そして最後に、言わしてくれ。


これは俺のコラム、自由ダーーーーーーーーーーーー!!!


こんな時代が早く終わりますように。


YES.CD/hozzy

種も夢を見るのものか。

「ぼくらはどこへゆくのだろう」

ある肌寒くなった秋の始まりに、ポジョニョムン少年はふと夏の名残を憂んでおりました。
見渡す限りの大地の曲線。
切り立った崖には無数の鳥たちが弧を描いて新しい季節を享受しています。

「ぼくもあの鳥たちのように、どこかへ、、、、いや、どこまでも純粋に生きたい」

崖の下には透明をすぎてコバルトブルーになった細い川が、少年の気落ちなどには1%も関与すること無くとうとうと流れています。
決して地味ではない山の色合いも、雲の冷たくなった輝きも、決して彼に繋ぎ合わさること無くそこにあります。

空気が遠い。
否、手を離れていっている。
なのになぜか、その形が、心に流れ込んできている。

この恐ろしい出来事に、ポジョニョムンはまだ気づきませんでした。
ただ、自分がぼんやりしているだけなんだろうと思っていました。

『おまえはどこからきたわけでもないのだから、どこへゆくはずもないではないか』

突然の風の狭間から、老人のようなかすれた低い声が響きました。
少年は耳を疑いつつも辺りをせわしなく眺めましたが、人影の欠片も見当たりません。
不安になった少年は、崖から一歩後ずさりをしました。

そのときです。

背中を誰かに強く突き飛ばされ、声を上げる暇もなく谷底に向かって真っ逆さま。
必至に空中で手をかき回しますが、万有引力の法則はさすがに偉いです。確かに彼の体を地球の中心へ慈悲も無く引っ張っていきます。
悲鳴をあげるかあげないか、
全てのインスピレーションが混乱し尽くしたそのとき、川から突き出た岩に運悪く頭から激突してしまいました。

ゴっつんこ!

その瞬間に、なんだろう、全ての答えが解ったのです。
正確には、そんな気がしたのです。
『どこからきたか』その質問に打ち付ける答えもわかりました。
『どこへゆくのか』その明確な目的も同時に解った気がしたのでした。

「わかったなり!この細胞が答えなり!!」



ぶううううううううううううううううううううううううううううん



目が覚めたら、凄まじいエネルギーに包み込まれていました。

「ああ!なんか居眠りしてる間に、ゴールしてしまったじゃないかよ。なんかごめんみんな!!」

夢を見ていた精子くん第一号は、そんな風に半覚醒のまま勇者になりました。
並みいる強豪たちを抑えて、分裂する権利を手に入れたのです

さあ本当のはじまりが始まります。
しかしこれから更に厳しい関門が待ち受けています。

今度は、これから生きる世界の中で、どこへゆくのかを定めていかなければなりません。
答えは在るのでしょうか。
いまは希望だけがポジョニョムンを包み込んでいます。

負けるなポジョニョムン!!


そしてここからが、私の長年の疑問です。
精子や卵子というものは、生命なんでしょうか。
それらが結合した瞬間からが生命なんでしょうか。

おそらく、じょうしきでは、精子や卵子は生命ではない。
法律や、倫理がからむところでは生命であってはならないはずです。

なぜなら、もし精子や卵子を生命としてしまうと、マスターベーションや(男性の場合)月経が(女性の場合)法律違反や不道徳になってしまうからです。
マスターベーションは表立っては不道徳の色合いがまあ、濃いとしても(しかし男にとっては不可抗力です)女性の月経が不道徳となると、現代社会においては特に旗色悪いです(昔は、それをケガレとしていた民族学的な分析もあるみたいですが、、、、昔は男中心だったりまじない指向が強かったりするからそうなったりしちゃったみたい)

ということは、精子や卵子の状態というのは、少なくとも倫理上は人間が罪の意識を持たないレベルで「生命」ではないとすでに断定されているわけです。

ところがよくNHKなんかでもよくやってる「生命の神秘」的な番組とかで精子が無数に泳いでる映像何かを見ると、どうみても生きてるようにしか見えない。
あれを初めて見たときから、おそらくこの疑問は始まっていったと思うのだよ。
小学生の時の保険の授業の時にはひどく不安定な気持ちになった(いろんな意味で)
今も、これ読んでる人が気分悪くなったりしたらすまないとおもいつつ書いてます。
そうなったら、すいません。

俺、シラコとか食えないもん。
なのに、タラコは食えるんだよ。

この差は、俺が男だからってのもあると思うんだけど、卵に対して、精巣ってのがなんか生々しいとかんじるのは、やっぱあの映像のせいだと思うんだよ。

卵は、待機してるじゃない。
静じゃない。
勝手に始まったりはしない。
だからなんか安心感があるのかな。

生命の線引きってのは、つまるとこ人間の作った定義状の問題でしかないと思うんだけど、精子がほんと不思議。

けどよくよく考えたら白血球とかも勝手にがんがん動いて細菌とかやっつけてるから、これとおんなじものって思えば不思議じゃないのかな。
俺が全く知らない所で、まるで別の意志を持ってるかのように勝手に増えて減って敵をやっつけてくれてるんだもんな。

おう笑。

そういうことか、書いててなんか納得した笑。

つまりは、ぜんぶ、が生きててこの体ってことだ。

たまたま精子の役割分担、卵子の役割分担が始まりに関係してるから、なんか特別な感じがしてしまうのか。

精子や卵子は「生命の一部」であって結合しなければあたらしい生命ではない。

結局この当たり前の文句に収まった笑。
けどまあ、不思議だよこれって。

とりあえずこれでやめとこう。
ぼーっとしてきた。

YES.pojonyomun/hozzy

ブルブルブルーム。

とうとう私は誘惑に負けて、クラゲを買ってしまいました。
二匹で3980円でした。
経済の策略に屈しました。
完敗です。。。
しかし、とても快感です。
こんなに気持ちいいとは思いませんでした。
音楽を頑張って良かったと思いました。
経済最高!って思いました。
費用対効果という言葉を良く聞きますが、私にとってクラゲの精神的効果はそもそも金銭に対して超越的です。プライスレスです。
だったらさっさと買えばよかったのに(うだうだ考える前にね)
ずっと欲しかったよ、君が!
君たちに触れてみたかったよぼかぁ!!
5000円を道ばたで拾ったときよりも感動的でした(夏前にコンビニの近くで拾い、そのまま懐にしまい込みました。警察には届けませんでした。なぜならそのちょっと前、自動発券機で1万円近く釣り銭を取り忘れた時、誰も僕にそれを教えてくれなかったからです。僕の後ろには無数の人が並んでいたというのに)

サンゴの美しさも正直霞みました。
間近で見て、触れて、餌を与えてみて、また凝視していると、なんて美しい生き物だろうと繊維のような触手一本一本にまで、意識は遥か彼方に吸い込まれて点と化します。

私が想う生命の理想型です(ああ、クラゲになんてなりたくないけど、、、なりたい、、、なりたくない、、、なりたくはねえなやっぱ、、、けど一回はなってみたい、、)
私が出会った生き物の中で最も理想型の形をやはりしておりました。
かぶりつきたいです。
食べたくはありません。
かぶりついて噛み切りたいだけです。
子犬がケツをふりふりしているかわいらしさに、なぜか愛しさと憎らしさを感じる瞬間に似ていると言えます。
蹴ったらきっともの凄く後悔するし、許されざる行為だと理屈では解っているけれど、思い切りそのケツを蹴り飛ばしたくなるような衝動がどこからか沸き上がってくるのです。
なぜでしょうか。
愛しすぎるそのケツは、まるで私の愛のひとけりを待っているかのように愛らしいのです。
蹴っては駄目です。
ただ、蹴りたいのです。
そのむずむずする葛藤が、クラゲのフォルムには凝縮されているのです。

「壊れそうなほど、狂いそうなほど、切ない夜には、そっと抱きしめてーー」

LUNA SEAのローズィアのこの詞を援用するのなら、

「壊れそうなほど、狂いそうなほど、切ないケツから、そっと抱きしめてーー」

と言う感じに、子犬のケツはDesireです。
クラゲの存在はTrue blueです。

さて、どのくらい長く飼えるのでしょうか。
買った店では長くて半年ぐらいが寿命でしょうと言われたのだが、なんたって私のパッションはそんな店員の常識では計り知れないものがありますから。
巨大にしてみせますよ。
ええ、やってやりますとも。

とか言って、さっき家帰ってきて水槽見たら、濾過器の吸水口のところにさっそくクラゲが張り付いておって、ぴくぴくして危険になってました、、、。

まずは1週間、、、、、様子見てみます、、、。

YES.luna sea/hozzy