藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

ブルブルブルーム。

とうとう私は誘惑に負けて、クラゲを買ってしまいました。
二匹で3980円でした。
経済の策略に屈しました。
完敗です。。。
しかし、とても快感です。
こんなに気持ちいいとは思いませんでした。
音楽を頑張って良かったと思いました。
経済最高!って思いました。
費用対効果という言葉を良く聞きますが、私にとってクラゲの精神的効果はそもそも金銭に対して超越的です。プライスレスです。
だったらさっさと買えばよかったのに(うだうだ考える前にね)
ずっと欲しかったよ、君が!
君たちに触れてみたかったよぼかぁ!!
5000円を道ばたで拾ったときよりも感動的でした(夏前にコンビニの近くで拾い、そのまま懐にしまい込みました。警察には届けませんでした。なぜならそのちょっと前、自動発券機で1万円近く釣り銭を取り忘れた時、誰も僕にそれを教えてくれなかったからです。僕の後ろには無数の人が並んでいたというのに)

サンゴの美しさも正直霞みました。
間近で見て、触れて、餌を与えてみて、また凝視していると、なんて美しい生き物だろうと繊維のような触手一本一本にまで、意識は遥か彼方に吸い込まれて点と化します。

私が想う生命の理想型です(ああ、クラゲになんてなりたくないけど、、、なりたい、、、なりたくない、、、なりたくはねえなやっぱ、、、けど一回はなってみたい、、)
私が出会った生き物の中で最も理想型の形をやはりしておりました。
かぶりつきたいです。
食べたくはありません。
かぶりついて噛み切りたいだけです。
子犬がケツをふりふりしているかわいらしさに、なぜか愛しさと憎らしさを感じる瞬間に似ていると言えます。
蹴ったらきっともの凄く後悔するし、許されざる行為だと理屈では解っているけれど、思い切りそのケツを蹴り飛ばしたくなるような衝動がどこからか沸き上がってくるのです。
なぜでしょうか。
愛しすぎるそのケツは、まるで私の愛のひとけりを待っているかのように愛らしいのです。
蹴っては駄目です。
ただ、蹴りたいのです。
そのむずむずする葛藤が、クラゲのフォルムには凝縮されているのです。

「壊れそうなほど、狂いそうなほど、切ない夜には、そっと抱きしめてーー」

LUNA SEAのローズィアのこの詞を援用するのなら、

「壊れそうなほど、狂いそうなほど、切ないケツから、そっと抱きしめてーー」

と言う感じに、子犬のケツはDesireです。
クラゲの存在はTrue blueです。

さて、どのくらい長く飼えるのでしょうか。
買った店では長くて半年ぐらいが寿命でしょうと言われたのだが、なんたって私のパッションはそんな店員の常識では計り知れないものがありますから。
巨大にしてみせますよ。
ええ、やってやりますとも。

とか言って、さっき家帰ってきて水槽見たら、濾過器の吸水口のところにさっそくクラゲが張り付いておって、ぴくぴくして危険になってました、、、。

まずは1週間、、、、、様子見てみます、、、。

YES.luna sea/hozzy

収納上手な皮膚の中。

結構前に、電車の中の広告に(あれは人体の不思議展的なやつだった気がする)、人間ひとりの血管を繋ぎ合わせた総直線距離は地球を2周半する長さだ。ってのを見て衝撃を受けた記憶がある。
そんで今ネットで検索したら(なんてインスタント、便利だけどなんかすいません。。。)約10万キロの長さになると書いてありました。
本当にそんな長いもんが体の中に詰まってると思うととんでもない気分になるよね。
ものすごく細いんだろうけど、気が遠くなるほど長い血管。

人間の髪も、昔テレビで見た記憶があるんだけど(確かトリビアの泉)一日に美容院で切られる髪の毛をある範囲の地域で集めて、体育館みたいなところで繋ぎ合わせていったらとんでもない長さになったってのをやってた気がする。
大気圏超えて宇宙まで伸びるくらい(だった気がする、、、で、へぇーーってなった気がする、、、記憶違いだったら申し訳ない、、)。

大気圏は地表から約500キロメートルくらいまでを指すらしいので(これもネット情報、、、)とんでもない高さになる。
ハイパーモヒカン野郎状態ですな。
首を水平にぐるりとまわしたら、盛岡、金沢、大阪、太平洋、風のように攻撃できる距離。
全世界で一日に切られる美容院や床屋の髪の毛を繋ぎ合わせたら、とんでもない長さになるんだろうな。

つーか意外と宇宙までって近いんだ。
ってこういう比較をすると思ってしまう。
盛岡までの距離を垂直にしたら宇宙についてる。
つってもあんなに高い富士山が4000メートル弱って考えると、500キロってとんでもない距離だけど、、、。
いかに重力に反することが地球の生物にとって重労働かがわかる。
俺もすんごい昔富士山登ったけど、高山病で途中でゲロ吐いてめっちゃしんどかった。
頂上ついたけど、景色とかあんま記憶に残ってない笑。

だけども、血管なんて100000キロだからね。
四人分の血管を繋ぎ合わせたら、月まで届いてしまう計算になる。
藍坊主のメンバー分で月に触れられる。

体の全細胞を縦に繋ぎ合わせたらどこまでいけるんだろう、、、、。
その細胞の外表面を仮に、真っ平らに展開して繋ぎ合わせたらどんだけでかい空間になるんだろう、、、、。

恐ろしい。
考えるだけでパンクしそうです。

YES.fujisam/hozzy

自由研究。

何度見ても生き物というものはすごい。
「生き物というもの」って言う表現が適切かどうかはわからないが、生き物というものはどこまでもとどまらないのがすごい。
細かく言ってしまえば、この世界に在るあらゆるものは、留まっているものなんてなにひとつないんだけど(石もガラスも常に風化を繰り返してる)人間である自分の目から見える日常世界においては生物の留まらなさを確認するのが限界なので、やはりそれを素直にすごいと思うのである。

哲学や理論系に浸った時間は決してむだではないけれど、やっぱり無機的な言葉の連続の中に身を置くことで見えなくなってしまうことも多かった。
哲学はどうにも世界の事象の核になるものを見つめる作業になるから、言葉も色彩的表現を欠いて(ウィトゲンシュタインだけは例外的に詩的!)、建築物で言うなら鉄骨のような骨格的言語の繰り返しが主になる。

ここまでに書いてきた文章のように、硬いものにどうしてもなる。
日常的言語では芯の部分にどうしても迂回的になる。
理詰めで余分なまとわりを省き続けなければならない。

それはそれでものすごく情熱をかき立てられる作業だけれども、人と喋ったりするとなんか変なふうになったりする。
会話には理論なんて必要ないのに(まるでそれはただ面倒な人間の独り言のような)、そっちにどうしても導かれるようにバイパスが出来上がってしまうんだよ。
それが面倒で、攻撃的になったりもしちゃったな(俺の世界はまさに白い柱が荒野に無数に打ちつけられているような光景だった、、、、とかカッコつけてみる、、、、)

そんな状態は決して日常生活にとっていいものではない。
たった一人で山の中に棲んでたりしたらとってもいいことなのかもしれないけど、ニーチェのツァラトゥストラのように(俺は自分はそうなると昔は思っていた)

哲学が人生を駄目にする、ってどっかで聞いたことがあるけど、何となく解った気もする(言うほど極めたわけでもないんだけど笑、あえて言わしてもらいます)
ただ、人生を違う方向で豊かにするのも事実であって、ただ悪いものでもない。
毒と薬は紙一重って正にこのことだと思う。

自分で言うのもなんだけど、俺は哲学的センスは悪くないと思う、だってパッションが半端ないもの。
向き不向きで言うなら、もの凄くむいてる。
中学の頃から予感を感じていたのよマジで。
当時の現状と自分の感覚のずれについてひどく悩んだものでした(今も、そしてこれからもそれは続くと思うけど)
端から見たら、それは普通の生活を送っている人間のそれに見えるであろう日常が、俺の方から見るとどうにもこうにも整理しないと生きていけない風に映ってしまってしょうがなかった。
人間は誰もそんな感覚を持っているのだろうと思うけど、要はそれが日常生活において大きい障害か、まあまだ我慢できるか、ちゃんと無視して過ごせるか、のそれぞれ受け取る側の感覚の違いだろうといえる。
俺は無視できなかった。
いつもなんかのどの奥に魚の骨がつっかえているような気持ち悪さがあった。
もうあらゆる物事に細い光しか当たっていないようにしか見えなかった。
真実はどこだ、って気になって気になって仕方が無かった。
真実なんて、いまならもうどこにも無いって言い切れるんだけど(あくまで私見です)、何もよりどころが無い14歳とかには厳しいよね、常にわけがわからく不安なのは。

まあそんなで何か時間を置いて本がちゃんと我慢して読めるようになってから、マジで勉強を始めたのでした。
好きなことを、自ら学ぶってのは実に気持ちがいいことだとその時始めて知った。
何年かぶりにノートとかにメモとか書いたりしてたからね。
ボールペンに違和感が、鉛筆とか普段握らないもんね、このご時世。
キーボードで打っちゃうもんね。

すげえ世界がそこには広がっていた。
ぶっちゃけ音楽より衝撃受けちゃったと思う。
音楽が変えられなかった、この世界を見事に、静かに、めちゃくちゃにしてくれた。
無音があんなに恐ろしいと思ったことはなかった。
音楽で発狂しそうになったことはさすがに無いけど(いや、ニルヴァーナで一度ある)
文字は人間を本気で殺せる勢いがある思った。
限界ギリギリで電車を降りたことが3度ある。
その度生きてるって(意識があるということ、時間があるということ)なんてすごいんだろうって理屈の方向から思ったのでした。

もし宗教心というものを俺個人が提示するのだとしたら、哲学から受けた感覚を、俺は礎にして生きているって言えるかもしれない。
そこに神様みたいなものは、ないのかもしれないけど、遠藤周作の「ディープリバー」にでてくる『たまねぎ』のたとえに相当するものだと言える。
この本面白いからおすすめです(たくろうさんは遠藤周作大好きです)

今日もキリスト教会の人がうちに訪ねてきて、聖書を読み合う会があるからいかかがですか?といわれたんだけど、

「哲学があるからいいです」と断った。

こういう場面でも便利である。

そして冒頭の生き物ってすげえって話に戻るんだけど、お魚さん飼ったりサンゴ飼ったりクラゲ飼ってみたいって思うのって、直にそれを体験したいと強烈に思ったからなんだよね。
むしろしなければならないと思ったの。

最後は理論を超えなくてはならない。
なぜなら、理屈はどこまでいっても生命そのものではないからだ。
日常生活は理屈こねてたら過ごせないからだ。
一番大切な感覚することが、わからなくなってしまうからだ。
それを理解するための哲学に呑み込まれてはいけないからだ。

おれは職業的哲学者ではないんだから、そこまでする必要は無い。
ちゃんと生活をしなければならない。
人と触れ合って、血を通わせて、認め合って生きなければならないからだ。

やっぱり一番美しいのは、日常を素晴らしく思えること。
疲れても頑張れるようになれること。
当たり前にいわれるこの文句をしっかり受けとめられること。

悩みはつきないけど、ぶれがなくなればなくなるほど、この世界の現象を斜に構えること無く受け入れられるようになると思うんだよ。
ぬるい、とか思わなくなると思うんだよ。
エコも許せるようになると思うんだよ。

そこまでいったら、愛の人になれるんだろうか。
べつにそんなもんにはなりたかねえけどな。

『非線形科学』って日本人の科学者の人が書いた非線形科学ってものを紹介する本を今読んでるんだけど、なんか哲学の100年遅れた考え方を今科学に当てはめてるって感が否めない。
内容はとても勉強になりそうな予感がぷんぷんするけれど。
俺は専門家ではないから思い切って書かしてもらうが(責任が無いってなんて楽なんだろう、批評家ってこういう立ち位置なんだろうね)、現代の世界の常識、求めるもの、それを100年から50年前に哲学は既に示してたと思う。
みんながおかしいと思うこと。
そのうち時間に対する人間の定義は180度変わってゆくと思う。
アインシュタインの相対性理論も、100年後には時間に関して否定されていると思う。
物理学そのものの欠点が問題になってゆくと思う。
原子爆弾は創れても、タイムマシンは創れないと思う。
時間と、物質の違いが、そこでおおきな問題になると思う。
脳科学は、50年後、心霊科学と同じ位置づけになると思う。
あれは科学なんかじゃないよ。
そもそも生理学と何が違うんだろう(生理学は科学的です)。
魂を科学が結局扱えなかったように、
意識の本質は、科学的方法じゃ扱えないと思う(京極夏彦の『鉄鼠の檻』にでてくる禅僧が悟りを開くとき、それを脳波の観測によって記述、解明できるのか、というくだりはとても本質的だと思う)。
本当に、本当に新しい分野の登場を待つしか無いと思う。
それを人間が果たして創造できるかどうかはわからないと思う。
でもそれができる超天才がいつか現れることを俺は楽しみにしている。
生きてるうちにそんな方法に出会いたいと思う。

コラムってらくちんだな。
思ってることかきたい放題だね。
この世界にほんとの自由が在るとしたらこの平面の空間かもしれない。

福岡伸一さんって「生物と無生物の間」って本を書いた学者が俺はとても好きです。
この方の生命と科学との触れ言う部分の謙虚さが、もの凄く共感できる。
科学者、生物学者がこんな人ばかりだったら、俺もそうなりたいと昔思ったかもしれない。

俺の幼稚園のときの将来の夢は「博士」でした笑。
鉄腕アトムのお茶の水博士みたいな絵を画用紙に描いた記憶があります笑。

エネルギー保存の法則とエントロピー増大の法則の雰囲気を今日、『非線形科学』からなんとなくつかんだ。
この二つのフレーズを何となく知っていても、どういうことなのか今までよく知らなかった。
これに数式が出てきたら、もう私には解りません、アウトです笑。

カクレクマノミ(ファインディングニモの魚)と、うちにいるネコはなんか似ている。
形は全くもってちがうけど、しぐさがなんか似ている。
このカクレクマノミにあって、初めて魚に対して本気で死んで欲しくないと思いました。
他の魚の命が彼に対して決して軽いわけではないはずなんだけど、情が命を重くするんでしょうな。
ちなみにカクレクマノミは、彼や彼女になったりする変わった魚です。
ペアになるためには性転換も辞さないんです。
うちのは一匹しかいないから、今どっちなのか、男か女か、わからない。

たぶん男。

YES.nagaibun/hozzy

またクラゲのはなし。

なんと水槽にクラゲのようなものが自然発生した!
写真にとろうとしたが小さすぎてピントが合わない。
多分クラゲだと思うんだけど。。。
ガラスの壁に10匹くらい張り付いてる。
たまにただよったりしてる。
この1ミリくらいの生物は、なんだか見れば見るほどクラゲに見える。

どうやら、ライブロックという、サンゴの死骸が海の中で様々な生物の住処になった(文字通り『LIVEROCK』な)生きた石から自然発生したのだと思う。
これ入れると水の浄化に役立つので俺のにも入れてます。
で調べたら、よくあることらしい。
クラゲの卵がついてたんだろうね。

条件が整うと、彼らは発生と変態と分裂を繰り返して水中に漂いだすのだ。

卵→プラヌラ(幼生)→ポリプ(イソギンチャクのように岩に活着)→ストロビラ(ポリプの進化形)→エフィラ(岩を離れ泳ぎだす幼体)→メテフィラ(大きくなった幼体)→クラゲ(素敵)。

この成長過程を見るだけでも、実にダイナミック、かつミステリアスな生命体だと思わないですかい?
イソギンチャクやサンゴの仲間らしいのだが、正にそのとおりポリプを体験している。
ポリプってのは触手みたいな形のものだと言っていいと思います。
実はサンゴもたくさん触手をだすのですよ。
プランクトン捕まえたり、刺したりすんのよ敵を。
うちのサンゴも毎日ポリプを出してる。

クラゲはとどまるのが嫌だったんだろうね。
世界中を旅したかったんだろうね。
サンゴは決まった場所でしか生きられないけど(貧栄養な清浄な水質、最適な温度、強い光がある場所)
クラゲは小田原の海にもいるもんな。
よくわからんタイミングで大量発生するしな。
サイコーにチャレンジャーだよね。
脳みそなんてねえもんな。
ただ流れに流れてゆくってのがどんなに恐ろしいものか私は知らない、、、、。
怖すぎる。

だから、そんなところも魅力なんだろうかね。

とりあえず発見したクラゲのようなものは、プラヌラ→ポリプをもう超えてるような気がする。
足みたいのが、傘みたいのの下にひよひよあるんだよな。壁にひっついてるけど。
もうエフィラとかなのかな。
だとしたら、もうちょいしたらクラゲになっちゃうじゃん!!
すげえ小さいけど、これくらげなのかなほんとに。
ただのゴミではないことは確かなので、とりあえず様子を見てみます!

写真に撮れるくらいもし大きくなったら、みせてやろう、フィジー産もとい、ホジー産のクラゲを!!

つまらんギャグで今日は失礼します。
おやすみなさい。

YES.ephyra/hozzy

ぬるいコンソメ。

エコポイント。
最高にイカした響きだぜ。

「エコぽいんと」
こういうやさしいイメージだろうね。

「ぱるる」
ってなんなんだかあった気がするが、ロハスだよねえ響きが。

金の匂いがぷんぷんするぜ。
ロハスってなんだったんだろう。

ユウイチ曰く、

「体がよろこぶスープ」

って感じがロハス的感覚じゃねえ?って、
ってすげえ納得したロハス的発言!

そんなもんに金を使うなら藍坊主のCDを買ってくれ。

環境とはなんぞや?
教えてくれよこの僕に!
なあ、きみの環境に対するパッションを聴かせてくれよ。
環境ってのはなんなんだ?
森や空気のことなんかじゃねえぞ。
太陽や月や海のことなんかじゃねえぞ。

それと触れ合う人間との接点が、その微小な点の集まりの結合が、その時代にしっくりくるうまさでブレンドされてかぐわしくメランコリックに精製されていなければならない、ああ!とてもクリエイティブに表現されるべきわがままな表象!!

それが「自然環境」です。

多少マイナスがぐいぐいしてなきゃみんな共感できないもんネ。
環境が明るすぎたらそもそもみんな自由でしょ。
そんなんじゃ商売にならないものね!
いいことしてる気になれないものネ。
気持ちよく、人間の善心をフルに活性化させて、さらに経済がわくわく動いたら最高の資本主義社会の達成です!

そんな無数に集合した黒粒のことを「環境」と人は軽々しくビジネスにしつつ、危機をあおっていやるんだこの俺も、びゃーーーーーー!

海が汚れてサンゴがヘドロに変わろうが、森が枯れて動物が死のうが、接点がまだ正常に保たれているのならば(許容範囲ならば)環境は形状を保って僕らに「自然のまま」を提供し続ける。

俺が言いたいのは、結局“環境”なんてものは、人間の安心感が揺らがないところまでがギリギリの正常さでしかないということだ。
その尺度での正常さでも、魚は死に、マングローブは朽ち、鳥は油まみれ、かたつむりは減少、蛍は養殖、クワガタは売買、狂牛病、砂漠化するどっかの国、ひからびた川に、腐臭を発する熱気まみれの南風。

適当だよね。
俺よりテキトウだよ。
何が環境だよ。
マジメにやってる人は偉い。
俺はアウトだよ。

まあまだまだはっきり言って地球は大丈夫でしょう。
地震がきても、戦争が起こっても、そう簡単に地球は破壊されないと思うよ。
生命力の度合いが半端じゃないからね、地球は。

ただこれに危機感を与えることは常に必要だと思う。
確かにそう思う。なんたって排気ガスは喉に痛い。

だけどこれが、クソどもの金儲けになるのがなんか癪に障るんだよ。
わかるか。
俺はクソだが、金のないクソなのだ。
エコエコ言ってる馬鹿をぶん殴ってでも生活しなければならないドリーマーなのだ。

ようはそういうことだ。
夢を抱えるってのは、環境問題と闘うことと等しいのだ。

エコがうるせえ!

おれはこの生き方が大好きなのだ。


YES.environment/hozzy

くろいうず。

エマニュエルはきいてみました。
「どうして悪がこの世界にあるんですか?」
ぽりぽり聖人は言いました。
「正義を人は常に求めるからです」
エマニュエルは頭の悪い顔で首を振ってさらにききます。
「正義を求めることとと、悪があることは全く関係ありません」
聖人は微笑んで言います。
「正義の基準が無ければまた、悪も存在しえないのです」

は?

って顔してエマニュエルは胃腸をひねりつぶしたような顔をしてまたききます。
「悪は悪じゃないですか。あんたを殺すとしたら、正義の基準はあんたを守ってくれますか?うんたら言う前にあなたは死んでこの世界にはもういません」

ぽりぽり聖人は胸を差し出して続けます。
「さあ、だったらこの心臓をその黒曜石で貫いてみなさい。できるもんならつらぬいてみなさい」

エマニュエルは腹がたってグサッとそのまま突き刺してしまいました。
「この聖人はなんて馬鹿なのだろう。僕こそが正に悪魔なのに」

聖人の血は赤く、その体は白く、精神は透明でした。
絹のように柔らかなその髪は、水に沈んだスポンジのように、泡を含んで揺らめいています。

旅を続けるエマニュエルは、ここにきて34人の賢人たちに疑問をぶつけてきました。
その疑問の核はまったく正直に「悪とは何か」です。

星が煌めいています。
月も半分雲に隠れています。
砂漠の夜は凍えるように寒く、布切れ一枚の体は、行き場を無くしたツバメの巣のようにその空しさに張り付いたままです。
コンペイ糖を齧ります。
冷たい味がします。
甘さなんてありません。
ただ砂糖の味がするだけです。

「どいつもこいつも理屈で話しやがる。賢者ってのはおしゃべりなババアとかわりゃしねえじゃねえか」
「正義があるから悪があるだと笑?!だったらその正義はおれにとっちゃあ悪にしか過ぎないじゃねえか」
「俺には俺の正義がある。そんなたいそうなこと考えちゃいねえけどな、要は理論家を土に帰すことが最も良い」
「文化大革命を知ってるか?チャイナの絶望だ。俺の夢はその絶望の希望化だ」
「俺は悪ではない。少数派の正義の象徴だ」
「マジョリティーにはかなわない、多数決での殺され役だ」
「なんで俺は正しくない?」
「なぜ俺は美しくない?」
「なぜ俺は憎まれる?」
「なぜ我々は裁かれる?」
「力が無いからだ」
「我々の力などたかが知れている」
「声高に叫ぶ怒りの言説など、ただの異様さにしかならないからだ。もしくは恐怖だ」
「知っている。おまえらがいらついてるのを知っている」
「俺もいらついている。堪え難いほどいらついている」
「この先に行う対決は、我々の負けであることは確かだ」
「わかっている」
「弱いものは負けるしか無い。そして消されていくのだ」
「忘れるな。俺たちのことを」
「お前等が打ち消していったものたちのことを」
「歪んだ世界、魅力的だが、お前等は安定が大好きだ。なのにどうしてまた、歪みも好きなのだ?」
「理屈で答えるな。結局、俺たちを納得させることなどできない」
「うばうか、うばわれるか、守るか、破壊されるか、知ってるだろう?勝ったものにしか与えられない価値を」
「馬鹿が笑ってる。お前も笑ってる。心で笑ってる。お前の中に俺がいることも知らずに。笑ってる」
「忘れるな。どんなにお前等の正義が勝ったとしても、俺たちは常におまえらのことを忘れはしない」

アメリカが、原子爆弾のかわりになる超エコな地球に優しいプラズマロハスボンバーを、悪の国に落とした。
日本もわいわいいいながら、その様子を地デジで眺めていた。
めちゃくちゃにめくり上がっていく悪の国の生物たち。
エコ爆弾は二酸化炭素も窒素も排気ガスもフロンもキノコ雲も出さずに、悪魔たちをやっつけていく。
超高熱のフラッシュは一瞬でアンチ世界基準の輩どもを灰に変えていった。
山も海も湖も川も森林も、何の影響を受けること無く、エコに、悪魔たちだけが死んでいった。

ジャパンニュースは地デジで、鮮やかに伝える。

「なんと哀しい光景でしょう。人々はまったく綺麗な顔をして眠りについています。傷一つありません。まるでさきほど家族と寝室に入ったかのような顔をして亡くなっています。我々はこの光景に何を思えばいいのでしょう?我々の正義はこの光景に対してはたして意味があったのでしょうか?私にはもはや解りません、、、唯一ついえることは、戦争は恐ろしいということです!」

ゼーーーーーーローーーーーーーー。

アメリカンニュースはじりじりの電波で言った。

「我々の勝利だ!!」

我々には理屈は通用しない。
我々の世界がそこにあるだけだ。
同情をするな。
それは結局我々への同情だ。

だからって

悪魔に同情するな。
やつらは優しい人間を常に狙っている。
マジ歪んでる。
俺たちはあいつ等とは違うのだ。

根絶やしにしろ。
それが、それだけが、理屈を超えた安全地帯だ。
戦争だ。

エコ戦争は、まさに、あなたの心意気から始まる!!

負けないで!
もうすこし!
最期まで走り抜いて!
どんなにはなれてても!
こころはそばにいるわ!

いるから!
ぼくがいるから!
わすれないでね!


嫌悪感を抱いたなら、あなたはイカしたヒーローさ。

まけないで。

YES.senaka/hozzy

エネルギー触媒。

自分の見た夢に、朝泣きながら目が覚める。
そんな経験ありませんか?
俺は3回あった。
なんか思い出しました。

哀しくて泣くわけじゃなくて、感動して泣くのだ。哀しいんだけど。
難しい感覚なんだけど、夢の内容があまりにもタイミング的にびりびりしていると夢に対して泣けてしまうらしい。
目が覚めてだんだん頭が冴えてくると、ストーリーを思い起こしてもたいした話ではなかったような気になってくるのに、眠っているときはそれが凄まじく感情を揺るがしていたようです。
自分の涙で目が覚めるってなかなかどうしていいかわからない笑。
基本そんな繊細な人間ではないんだけど(むしろ図太い)、しかしなかなか最近はそれがなくて、余計「大人になっちまったのかなー」なんて気になってきちゃったりしちゃったりしたりして。

3回のうち一回は忘れた。

一つは魂を持ったロボットと初老の女性の夏祭りの話。
もう一つは、おじいさんと5歳くらいの子供(なぜか二人とも白人)の話。

思い出しても何が哀しかったのかよくわからないんだけど笑、印象的な映像は今も鮮明に思い出せます。
じいさんと子供の顔まで思い出せる。

どうやら夢の中は感情が増幅するようだ。
普段ちょっとのことがもの凄くおおごとになる。
だから寝言とかでてくるのかな。
寝てるのに喋っちゃうって変だもんな。
思えば、体は眠っているのに夢の中では起きているんだもんな。
夢が脳の中にあるんなら、普段体に経由する分の神経伝達みたいなものはいらない。
手が動かなくても、夢ん中なら動いてしまう。
だからその分脳みそが楽になって、余裕ができた分、色んなことが大きく現象してくるのかな。

とか考えてると、なんか怖くなってくるからやめよう。

眠ってるときまで起きていたくない。

最近やってるインセプションって映画が夢の中の話らしくて、なんかその印象でつらつら書いてしまった。
真夜中はなんか、よくわからない。
いろいろよくわからない。
なにがしたいのかよくわからない。

ロボットと初老の婦人は、なんで親子みたいだったんだろう。

後ろに誰か立っている気がする。
何だこの不安感。
ぶるる。

YES.robot/hozzy

コペポーダ。

連日続く猛暑の中、今日は久々涼しい夜です。
しかし風が随分強い。

1週間くらい前、夕方のニュースで横浜のどぶ川みたいなところにクラゲが大量発生したって映像を見ました。
一目でそれがミズクラゲだってわかりました(ぶっちゃけこれ以外よく名前知らん)
しかも無数にわらわらと、、、、。
ミズクラゲがどんな姿かたちなのか知ってる人なんてあんまいないと思いますが、俺が良く利用しているネットの通販ショップではあいつら一匹2480円で売ってるんです。
2480円ですよ!?
これをぼったくリと見るか、ロマンと見るかは置いといて、とにかく前にもコラムで書いたけど、「価値」って一体なんなんだろうね。
かたや自然の気まぐれで大量発生した異常気象を盛り上げる単なるニュースのネタ。
かたやネットにおいては癒しを提供する神秘的なぼったくり商品。
同じミズクラゲが、タイミングや場所によって、見る人感じる人によってこうも価値が変わるんだなんてっ!!
まさかニュースを報道したテレビ局の人も、あれが一匹いい値段する商品だとは思わなかったろうな。
テレビ越しにみてもざっと1000匹くらいはいた感じ。
250万円が川に浮いているのだよ。
だれも拾おうとはしなかっただろうな、マニア以外は。
マニア以外にはただの見せ物だものな。もしくはゴミかな。

しかもタイミングがいいことにこの日水槽屋に行っていた私は、たまたま売り場で見たミズクラゲにテンション上がっていたのです。
この店では一匹2980円!!
馬鹿野郎。
買わなくてほんとに良かったよ。
そんな値段じゃそもそも買わないがな。
500円だったら買ったかな。
海行きゃいるしねぇ。

しかし、なぜ川にミズクラゲが?

どうやら猛暑のせいで海の水流が変わってしまったらしく、そっからながれこんできてしまったらしいのでした。
つーか淡水が混じってても生きてられるんだな。
すごいセンシティブな生き物だと飼育マニュアルみたいなのにもよく出てるから以外。
やっぱ自然は凄いのね。

この時間に聴くビョークってまじ怖え。
ユーミンに変えよう。

写真は、昨日の朝方作業の合間に外を見たら掛かってた虹。
朝日に浮かぶ虹はとんでもなく非現実的でした。
色が昼間よりも太かった。
ほんの数分で消えてしまった。
朝って移り変わりが激しくて毎度取り残された気分になる。
哀しいってよりもったいない。
空気もきれいだしねやっぱ。
それを煙草で汚すのがまたオツだな。

ビョークってなんでこんなに絶望的なんだろう。
若いババアが庭でトマトちぎってるような声。
深く食い込んできすぎて僕には辛い。
なのにたまにひどく聴きたくなってしまう。
「コクーン」だけは安心して身構えないで聴ける。
すげえドゥーンってしてていいな。

ヨコ線よりタテ線が好き。
水平より垂直。
なのにそこにいかないクラゲが好き。
ななめってる、ジョルジオデキリコのずっと柔らかい版。
言っておくが俺はニーチェには興味が無い。

YES.bluelightyokohama/hozzy

パラオクサビラ。

野音、ツアーファイナルありがとうございました!

ようやくこぼれるシルバニアが終わってホッとしたです。
セミファイナルからめっちゃ開いてたからね、日程が笑。
ボーカルとしては本来嬉しいかぎりなんだけど、いかんせん他のことに集中できない期間でした。
その分ライブのことばっか考えてたな。
だから良かった、良いライブになってほんとに。

ライブにきてくれたみんな、ほんとにありがとう。
雨の向こうの客席は乳白色でとてもロマンチックでした。
ライブハウスじゃまず見れない光景だったッス。
感動的でした。

そしてツアーが終わり、ようやく本腰を入れて曲作りに没入しています。
睡眠時間がツアー前と比べて極端に減った笑。
歌うときは寝ないと声でないからな。
なのに曲作るときは、寝ない方がスイッチはいるのよね。

この背反した、ライブと曲作りの精神環境。

どっちにもいけない中途半端な時間は終わったぜ!

本当は野音終わってから北の方へ野宿歩行の旅に行こうと思っていたのだけれど、逃げてるみたいでやめた。
どうにもならなくなったら逃げるけど笑。
今はまず始めよう。
ゴーヤもナスもハバネロも順調に育ってきているし。
俺も伸びたいぜ。
ナスは一個収穫して食った。皮が硬くて少々渋かったが、中身は柔らかくておいしかった。
あさがおが種植えたらわさわさ生えてきた。
もう夏ですなあ。

今日もIKEAに行った。
ミートボールを食べに、イスのクッションを買いに、掘り出し物に会いにいった。
一昨日も行った。

ちょっと古いけど

「西友にとりあえずいけあ」

って西友のCMのフレーズすごくない?

「西友ニトリあえずIKEA」

これ考えた広告代理店?の人物は天才ですな。

西友の新たな立ち位置がよくわかるし、目指す方向性もよくわかる。
素晴らしいキャッチフレーズだにゃん!!

だからって西友にはまだいったことないけどさ。
CMにはすんごく脱帽したよ。


アンモニア(NH3)→亜硝酸塩(NO2)→硝酸塩(NO3)

バクテリアが分解する水槽の有害物質の分解順。

こんなの魚飼うまで知りもしなかったのに、今では化学式まで頭に瞬時に浮かぶ。

リン酸塩(PO4)

これとかでコケがでる。

科学至上主義はファックだけど、科学的にやんないと、魚とかサンゴとか死んじゃうのよ。
アンモニアは猛毒なのよ。

不思議だ。

まず化学式からじゃ、それが一体何なのかさっぱりわかりゃしないのに(PO4ってなんやねん)
茶ゴケが生えまくってくるとそれがなんなのか嫌でも意識して解ってくる。

水道水の中にもすでにコケの原因になる珪素って藻の栄養が入ってる。
珪素って何だ笑!
そんなもんを俺たちは毎日飲んでるんだ。
浄水場がいくら頑張っても入ってるんだよ。
そして確かにコケは生えてくる。

それを除去するには高価な器具がまた必要になってくる。
そんなもんは買いません。
買えません。

気化熱についても知らぬ間に勉強していた。

夏になると水槽の水温が跳ね上がるから水温を下げなくてはならない。
それにはまた高価な器具が必要となってくる(何万円もする水槽用のクーラとかあるんですよ。馬鹿みたいでしょ)
そんなもんは当然買わないから、扇風機で風を水面に当てる。
その時、扇風機の風の温度で水を冷やすんではないのだ。
風が蒸発させる水分に熱が宿るらしいのだ。
水が蒸発、つまり気化する時に温度が下がるって作用があるらしい。
そんなの、実際やるまでよくわかんないよな。
だけどやったら、確かに温度がちょっとさがってるんだよ。

まだまだあげたらきりがない科学の応用。

たしかに役に立つ理論がそこには満載なのでした。

それでも現実が崩壊するときはあっさり崩壊するのだけど。
すなわち水槽の生きてる感。
微妙なバランスが、放っとけなくなっちゃうのかな。

それでも何ヶ月かすれば水槽も安定して多分手間がかからなくなる。
そしたらそれはそれで物足りなくなってしまうんでしょう。

自然と人間の対決が、見えない水の奥に潜んでいやがる。

明日は水族館に行くて決めているのです。
じゃあ曲作りの続きに戻ろう。
眠い。

YES.hatatatehaze/hozzy

エリクサー。

お祝いの言葉どうもありがとうございます。
28になりました。

一年前に「27になりました」って言ったのが半年くらい前な気がする。
毎度この時間の収縮具合にはついていけん。
置いていかないで欲しい。

剪定用のはさみが、S字の銀色のフックが、土着的なお香立てが、透明な角瓶が、すり切れたヘッドフォンが、塩ビパイプが、イアーモニターが、定規が、親友の結婚式の招待状が、欠けたろうそくが、きネジが、shure57が、日本酒のふたが、エムオンのマグカップが、生成りの壁が、照明のスイッチが、メネデールが、湿気た梅雨の空気が、アジサイの夢想が、竜の掛け軸が、股を開いたコンセントが、ベースの四つの金属が、ちぎれたギターの4弦が、襖が、その向こうの暗闇が、畳の匂いがとうに消えた畳が、緑色の縁が、水槽のポンプの音が、何故か部屋に鎮座する青いクーラーボックスが、見える。

PCモニターから視線をずらせばそんな光景に、28の私は何を思ったか。

あついね!

気温もみんなのパッションも。
俺の剪定前のビジョンはジャングル!!

今日家に置いてあるギターの4弦が切れた。そして気がついたのが前に張り替えたのが1年半前だったってていたらく。
そんな弦でいっぱいデモ音源とかつくってたよ。
伸びた麺みたいな状態だろうな。
よくがんばった。

マイネルってシンバルと、バスドラを一緒にドカってやったときの感じがボデェイーブローだと思うんだよね。
ギターの音ってのは丸坊主にするときの焦燥感だよね。
これでいいんだろうかって感じね。
ヤバいか突き抜けられたかの瀬戸際がギターサウンドハウスって感じだよね。
千葉には素晴らしい通販会社がある。
サウンドハウスね。

今年の夏は暑くなりそうだな。
俺は死ぬ気でかましていくぜ。

みんなが10を欲しがるならば、俺はずっとマイナス10を求め続けてきた。
だってそれってすげえ冒険だし、俺も何度も笑っちゃうからな。
意味不明とか意味わかんねーよ笑。
この世界の本当に大事な部分に、意味なんかあんのかよ。
すっとんころりって整理できたら幸せなのかよ。
優しく包まれたらそこで終了なのかよ。
ちげえよ。ねぇ。
そこからまたはみ出しものたちは溢れて静止を振り切りながらアメーバのごとく分裂していくんだよ。
それが時間だよ。
それが人間だよ。
ずっと俺たちは「間」に漂って、そこにリアルな存在感を感じているんだよ。
一度だってとどまったことなんて俺はねえんだよ。
死んでねえんだからよ。
生きてるってことだよ。


だけど今は、人が10を欲しがるならば8を求めるのが今やりたいこと。
しかもそれが体感的に12になるってのが凄いやりたいこと。

答えがあったらそれは弱い。
本当に知りたいことには、決定的な答えは無い。
それが決定的な答えだ。
そしてだからこそ、俺たちは笑ってられんだよ。
息苦しくなんねえだよ。

逃げれるからさ。
それはしょうがないんだよ。

一つの絶対的にただしいことを押し付けられたらたまったもんじゃねえよ笑。
それこそ鎖であります。
服従するな。

80%。

細かく言えば、77.5%。

意志を遂行するに、水のように美しい具合だと、28歳は更に思ったのであった!

そしてそれは120%へ最終的にゆく。
おれが行かす。

ここまでヨッパラって書いてるから、ある意味忠実かもしれない。
酔ったら嘘つけねえもん。

ゴーヤを育てているんだぜ。
今日もう一株買った。
200円。

ホムセンは近頃かなりフィーバーしている気がする。
人が凄かった。

日比谷絶対楽しくしてやる!!

YES.asagao/hozzy