藍坊主 | Column
14
blog,paged,paged-42,eltd-core-1.0.3,ajax_fade,page_not_loaded,,borderland-ver-1.4, vertical_menu_with_scroll,smooth_scroll,paspartu_enabled,paspartu_on_top_fixed,paspartu_on_bottom_fixed,wpb-js-composer js-comp-ver-4.5.3,vc_responsive
 

藍坊主

Column

ギョギョギョー。

最近、自分の作業部屋専門にちょくちょく曲を作る。

とりあえず自分のテンションがあがるためだけのバックグラウンドミュージックを作る。

たいていはインスト。

インスト→インストゥルメンタル。楽器だけの音楽。

つーか歌メロが着こうもんなら速攻藍坊主用に練るからね。

だから出来上がるのは、もくもくくすぶっちゃってる残骸ばかり。

今日もしょうがないのができた。

「氷に似た感応」

水に似た感情という曲のパロディー。

一回超エレクトロにして、戻してちょっとハードロックにして、そしたら何故かうっすらLUNASEA風になった。

なぜだ。

ほとんど原型がなくなった笑。

おかげでなんだか新しい感じに出会えました。


小学生ぶりぐらいに、観賞用の魚の世話をし始めました。

餌を一日二回。

忘れないようにあげすぎないように。

にんにくを入れていた瓶がかつてないほど華やかに!

ベタくん。

とてもきれいな色をしている。

YES.sakanakun/hozzy

もえろよもえろ。

とても当たり前のことなんだけど、日が暮れるとどっかで日が昇るって、なんかすげえなあ、と思ってしもた。

日が暮れる、どこだかわからないけど、どこかでは同時に日が昇リ始めてる。

太陽には休みがなかったんだって改めて思い知った。
改めてって、俺は馬鹿か笑。

なんか毎日を同じ場所で過ごしているから、朝が来たら起きて夜が更けたら眠てってやってるけど、そうなんだよ、太陽はずっと輝いてるんだよ。

すげーなんかシンプルなことをたくさん忘れてしまっている。

夕日は赤く、赤は赤い。

赤い赤はどんな色。

1たす1で、俺は何を足しているんだ。

りんごとみかんは、りんごとみかんなのに、1たす1で足せてしまう。

なにを、たしてる。

味も形もちがう、色も匂いもちがうのに。


みかんとみかんも、この世に同じみかんは一つもないのに、1たす1で足せてしまう。

なにをたしてる。

静岡産も愛媛産も、1、2、3、4、

とりも魚も、1、2、3、4、

ぼくもあなたも、1、2、3、4、

出席番号17、ササキ君。

「僕は数字には還元できない、魂です。出席応答を拒否します!」

「よろしい。では成績1ね」

「1ってなんですか?」

「黙らっしゃい」


黙ります。

シンプルに。


複雑さの足場を固めるシンプルさ、単純なものって、わかりやすければわかりやすいほど、実はおそろしく複雑というか、意味不明じゃねーか。
というか、ほとんど意味分からん。
「なぜ?」
って問いでもう分解できなくなってくる。

すじこ、と、いくら、なぜ分ける。

昼の月と夜の月、なぜ同じ「月」と呼ぶ。

シン、プルイ、ズミステ、リアス。


みんな太陽の休みなしな生き様に、畏怖さえ抱いてしまったりする。
太陽を人が崇拝するのは、恐ろしいほどのシンプルさにあるのじゃないか。

太陽さんよ、
あなたを死ぬまで理解できない。

YES.Ra/hozzy

ノーモアビア。

遅くなってすいません。
もう三が日過ぎてしまいましたが、明けましておめでとうございます。
去年は31日に恒例のライブも無く、久々に地元の参拝所に初詣に行ってきました。
いつもは渋谷あたりの居酒屋で呑んだくれてぐだぐだと新年を迎えるんですが、今年はとても健全に年越しできました。
おみくじも多分人生で二回目くらいの大吉が出て笑、普通に嬉しかったです笑。
そしてあっと言う間にもう4日。今年も目まぐるしく時間が駆けていきそうな予感がします。
そんな時間に引きずられながらアンテナ引っ張って今年も頑張って行きますので、今年もなにとぞよろしくお願いします。

YES.riot!/hozzy

フロムダンボール。

セロニアスモンクのベロシティー全開のピアノプレイを聴きながら、ホッピー飲みつついい時間です。もう三時時すぎてる。

溜まったメモの整理をしていたら、まいりました。
6、7割はわけがわからん。
解読不能。

残念ながらメモになってないのね。

思いついたアイディアなのかその時感じた感覚なのか、あとで役に立てられるように志的にはしっかりと過去の俺はメモっているんですが、時間がたった今、何のことなのかわからん。

大変難しい。


・somethingはredである。
・スプーンで塩を盛ることはできるが、塩でスプーンを盛ることはできない 始めにある道具がスプーンなの。
・14.1×0.63=8.853
・oshokuji onomimono okashi 存在する意味がわからないから美しい。
・キネステーゼは世界とかぶる。
・雨が降っている。Pで~Pのことを考えることは、Pという命題において始めから正反対のことを考えるということだから本当は雨が降っているけれど、Pに「晴れている」という命題を書く。
そして事実、晴れていた場合、この自分にとっての偽の表明は、事実に対して真であるから偽であっても真である。四・〇六三の意志の問題、、、。

……。

んー…。

ってな感じで俺にも意味が分かりません。

奇妙です。
自分じゃない人が自分の字で真剣にメモってるみたい。
何か笑える。

そう、ホッピーうまいです。
焼酎甲類とホッピー。
最近ビールよりもこっちのが好きです。

モンクがダイナを弾いている。
モンクのジャズはある意味ブルーハーツ的で好きです。
イメージ的に指がすげー太そう。

新木場の暮れライブありがとうございました。
いい締めになったと思います。
コースト初めてだったけど、またやりたくなるようなハコだった。
酒がうまかったっす。
ありがとうございました。

YES.monk/hozzy

ソーダ割りが強烈に呑みたくなる本。

どうも最近目の調子がよくない。
景色がぐるぐるしたりする。
こないだ車を運転していたら、車に酔った。
帰ってゲロをした。
というわけで、ブルーベリーエキスを飲んでます。
目にいいらしいいからね。
効けばいいけど。
為さねば成らぬ、何事も。
飲まねば効かぬ。
効かねば飲まぬ。

そんな状態なもので、パソコンも何日か開けなかった。酔うから笑。

不思議な物で、外の景色や、部屋の白い壁なんかをみている分には何も問題ないんだけども、文字、テレビ、なんかを見るともう視点が合わない。
目力の何かが衰えている(もともといつも半目なんで目力なんてないけど笑)つーか視力がなー、低くなった。

レーシックだっけ?あれにちょっと挑戦してみたくなってる気持ちです。
けど、なんか実験中みたいな期間なんでしょ?今。
それがちょっと怖い。

視力は、心のありように大きく影響すると思う、哲学的に、現実的に、精神的に。
というか、普通に世界に幕が何重にも掛かってるような状態だもんな。目やにが毎日張り付いているみたいだ。
かといって、眼鏡似合わねーし笑、コンタクトはレーシックよりなんか怖いし、あの構造がなんか。
眼球を触っている友達を見て鳥肌たったよ。すげーよあんた。

ブルーベリー先生に、期待。

そんな中、ちょっと酔いながら久しぶりに村上春樹氏の「国境の南、太陽の西」を読んだら、やっぱ空気感がとても良いっすね。
元気になる。けど、春樹の本の主人公は毎回なんだか、いらっとくる人物が多い笑。
嫌な人間、というよりとんでもないことよくしでかしてるくせに、なんかいつも妙に冷静っぽいのが、なんかなー笑。
俺は多分彼らとは友達になれないだろう笑。
彼らも俺に「別にどちらでもいいのだが、僕も特に君と友達になりたいとは思わない。それは誰が悪いということではなく、ただ、システムの違いがそこにあるだけなのだ」
とか言って去っていきそう笑。
まあそれも含めて何だか良く分からないけど、不思議な心地よさが春樹さんの本にはあって、とても元気になる。
そしてやたらとおなかがすいて、ウイスキーが飲みたくなる(食べ物の描写がほんと奇跡的だ)

さっと件の本を読み終えて、「ダンスダンスダンス」を今読みながら曲書いてます。

小説はいいね。漫画もいいけど、小説は言葉がたくさん出てくる分、言葉の心の回路がよく刺激されて言葉がたくさん出てくるようになる。
哲学書は全くダメ。言葉が詰まる。心は不細工なほどにふくれていくのに、回路の線にふたがささる。
それでも最高に楽しいんだけど、自分一人だけが楽しくてもやっぱ寂しい。
ベルクソン。最高の哲学者だ。

というわけで、バガボンドの最新刊もまだ読んでいなく、気になって気になって仕方が無い現在、曲作りとブルーベリーエキスと14日の新木場のことで頭がいっぱいいっぱいの最近です。

14日はかなり楽しい予感がびりびりします。よろしくー。

おやすみなさい。

YES.yuki/hozzy

1379面体。

知ると言うのは恐ろしいことだ。
人生が多面体だとすると、知るたびにまたそこに面が増える。
知る、増える、知る、増える、知る、切る、増える、知る、切る、面が増える。
そして、その一面がしっかりと映るのは、決められた角度からでしかない。

始めは球だったのか。
全体が一面だ。地続きに、初点から初点まで、どこを通っても区切られることはない。
故に、広すぎて、一度に全体をつかむ力は無に等しい。
だけれど、凄いのは、つかむ以前の、感性を映せる範囲。
区切りが無いから、全体が感性だ。
理屈も、言葉も無いから、映ったものがすべてだ。
裏も表も、右も左もない。
全感覚が全宇宙。
天然の大芸術家。

そこにカットをいれる初めての出来事は一体なんなのか。
球が転がらず、コロンブスの卵みたいに、直立不動にこの世界にたてる、その一撃はなんなのか。
そして、その初めての一面に映るものは?

裏も表も無い世界から、飛び出す第一歩が人間としての始まりかもしれない。
踏み出さなければ、もしかしたら無垢な、純粋な、非人間的な完璧なままでいられたかもしれない。

けれど、人間は踏み出すことを、なぜだか、選ぶ。
選ぶようにできている。
明るく言えば「生をつかみ」、暗く言えば「崩壊をつかむ」

自らの意志でもなく、球は始まりを選び、自分をカットしながら、創造的に自分を面に映していく。
知ることで、削られたところが、肌寒い。
少なくとも、俺はぴゅーぴゅーする。
面が増えれば増えるほど、一つの面の幅は、狭く狭くなる。
やがて感性も、場所によっては、芥子粒ほどの輝きしか映さなくなるだろう。
ぴゅーぴゅるるー、だ。

ところが、どっこい、面と面は、合わすことができる。
お互いを、少なくとも球よりは歪曲すること無く、ずっと安定して映すことができる。

寒いところが、それで埋まったりする。
埋まらなかったら、それはそれで、「なぜなんだろう?」と、またカットすることもできるわけだ。
希望がある。
少なくとも、一筋の線が、光が、か細くても、可能性を紡ぎ続けてくれる。
それも、その可能性は生きてる限り無条件に、誰にも無料で配られている。

球は美しいけれど、そのままじゃ、抱き合うことも、映し合うこともできない。

ただ莫大な量の感性を、その表面に、一方的に、映し続けるしかできないんだ。だから初めて、そこに切り込みを入れるのが母性なんだろうな。


知るというのは寒くなるし堅くなるし恐ろしいことであるけれども、間違いなく、バランスの取り方だけは教えてくれる。

感性が、枯れてしまいそうになるのなら、それこそ枯れ葉に、なるべく広く残った面を向ければいい。
コネクト!!
なるべく、長く、じっくりと。

最近気がついたのだが、世界に散らばるあらゆる物は、目を凝らしてまたよーく見てみると、素晴らしく新鮮で、心がわくわくしてくる。
鮮度が違うのだ。チラ見と、じっと見では、物の鮮度が違う。
川をぼーっと見るのと、じっーっと観察するのでは、世界の活発になる感じが全然違う。
コンクリートの壁でさえ、ぐっと睨んでいると、ぼーっと眺める金閣寺なんかより、ずっと金色の生命力のようなものが感じられる。

忙しかったり、気疲れしたり、にっちもさっちも行かなくなったりした時に、ちょっとおすすめです。
狭くなった面を最大限に生かすには、その場所を大きくはできないけれど、拡大することはできる、と思えるようになることが重要かもと、最近思っている。
自分からその面に近づくことができるようになったら、どこまでも小さい種みたいな輝きも、相対的に、太陽のような大きさ、暖かさに感じられるようになるんじゃないかと、ちょっと無謀な考えの中、じっと見を継続中。

ちなみに、みなさんから頂いたメールはゆっくりとですが、確実に読んでいます。
予想以上にたくさんのメッセージを光栄ながら頂きましたので、読むのに相当時間がかかりそうです。
一括で申し訳ないのですが、とりあえず、ここでお礼を言わせて下さい。
ありがとうございます!

YES.ganmi/hozzy

頭が天空だ

ありがとうございます。

生きていて良かった。

音楽やっててよかった。

メンバー、スタッフさん、逢えてよかった。

母さん、本当にありがとう。

涙に意味があるとしたら今だ。

藤森の新曲を聴きながら、涙が、滝だ、

俺はメンバーに会えて、本当によかった

藍坊主は最高だよ。

ありがとううさん。

いい音楽を造んなきゃ

発売を祝して。

マザーでました、でました笑。



やったー!



凄いいい曲だと自分でも思います。

偽り無くね。



久しぶりに「月のヒト」と「殴れ」をスタジオで改めて歌ったときに、マザーの曲のでかさに、我ながら敬礼してしまった。



ありがとうってね。



実は俺、子供が産まれたんだ。



この、ここでの発表は、事務所にも、レコード会社にも、メンバーにも、許可をとっていない。

この文章は、かなりアナーキーだと思う。



暗黙の了解的に、ミュージシャンに子供ができることは、なんかよくないことらしいと、イメージ的に言われてるものでね。

俺もなんか、迷惑かけないように納得してたけど、もう限界です。



マザーは、本当に俺の命を注ぎ込んだ曲だ。

このまま、黙っていたら、俺の子供が、消されてしまうような気がしてしまってね。



俺はアイドルじゃねえし、175Rでもねえし、リアディゾンでもない。

ツタヤにジャージで通う一般人です。

だからいじめないでください(ポイしないでください笑)



こんな俺にも、父親という、ポジションが訪れた!



凄いよ、この感覚は。

180度、世界が変わってしまうくらいに。



実は、メンバーもマザーのPV撮影のときに、初めて俺の子供と会ったんです。

たまたま家が撮影所と近かったからね、来てもらった。



俺の子は、ユウイチとチーフマネージャーのソエダさんが特にお気に入りらしい笑。



びっくりした人もいると思うけど、それ以上に伝えたいことがたくさんある。

逆に、伝えてほしいこともたくさんある。



みんなと同じテーブルで語り合いたい。

成年だったら飲みながら、いろいろ話し合いたい。



一回、俺と飲みませんか?

20人くらいで話をしてみたい。



熱いやつと、意見交換をしてみたい。



YES.mother/hozzy

残骸たち。

愛とは知らず、ぬくさの海に浮かんで眠り、
光り輝くその先は、自分を母と呼ばさせた。

それとはしらず、きづけば太陽の下に居て、
噛み砕いていたのは、真っ白な砂糖菓子だった。

気づけばそこに、僕は居た。
気づけば僕は、僕だった。

これから僕は、瞬間のすごさを君に言おうと思う。

空、君、風、月。

空は空より大きいんだ!
君は君よりあったかいんだ!
風は風より優しいんだ!
月は月よりやらかいんだ!

飛び込んできた空は、空よりずっと大きかった。
抱きしめた君は、君よりずっと暖かかったんだ。

混ざって溶けて、一つと思うまえに既にひとつで、ばらばらじゃない。

しゅんかん。

世界とぼくらは、いつもひとつなんだよ。

かいていた。えりあしを。そうだ、3日お風呂に入ってない。
かじってた。親指を。そうか、もうごはんの時間。
わらってた。鼻先で。そうだ、ぼくはあなたがきらい。
泣いていた。全身で。なぜかは、なぜだかわからない。

よくみてごらん、この瞬間を、事実、瞬間が僕より先を生きている。

言葉には力がある、感覚を無力にする、力がある。
詩には力がある、言葉をぶっ壊す、力がある。

さらさらとなでる、ジャージ、青いナイロン、その感触、0と1のあいだ。

僕にはもう簡単には、ネジは外せないけれど。

パンロックに浸かり、カートコバーンを愛し、27でお前も、死んでもいいと思ってた。
悪いがベイベー今は、死んでも生きなきゃなんねぇ、お前はどこに行くのか、お前はどう思ってる?

けど、どういうわけか、目をみ開くこの世界、ひどくぼやけてる、厚みがまるでない。

薬で治るほど、物質的な心を持ってるつもりは、ない。

みんなみんなみんな、貧困や、戦争や、あいや、未来に、不安をかんじてやがる
なぜだ?なぜだ?お前らは幸せか?こころがぶっこわれはしないのか?

距離0センチのこの瞬間が、ぼくにとっての大問題だ。

整頓された世界、学校教育に哲学を本格的に導入した方がいい。
教育は、害がない程度に子供を泳がせる、人間は機械じゃないと、さわやかな文句とともに、不自由なじゆうをうたう。

月にいった夢を見た。ロケットで遠くまで、なぜだかタクロウは、ボウズだったんだ。

空転する感覚!
一方通行の主張!!

君にはどう見えている?
僕がおかしく見えるなら、その感じを、是非とも、大切にしてくれ。
その感覚を!!

僕は僕よりもっと遠いのです。

感覚を捨てた代わりに、僕は言葉を手に入れた。

狐のワルツ。
今日はパパの誕生日、木の実をたくさん集めましょう。
カエルは二匹、つがいで仲よさげ。

その手触りを、窓越しにたわむ光を、たしかにつかむその場所が、目を閉じた闇に、皮膚を映す。
だから、君を愛せば愛すほど、僕は愛に満たされる。

君が肩を叩いたから、僕は振り返ったんじゃない。
目に飛び込んだ君を見て、振り返ったことを知る、肩を叩かれたことを知る。

瞬間はものじゃない。

時間の順序を大切にしたい。

生きた生きることに触れ続けていたい。

YES.time/hozzy

20XX年宇宙の旅。

インドに行ってからもう2年がたった今、俺そろそろまた外国に行きたい。
こないだの旅はごちゃごちゃしすぎてて、ちっとやそっとの時間じゃ理解不能な体験が多すぎたから、文章にして旅行記みたいなことを書くことができなかったけど、今頃になってようやく消化できてきてきたような気持ちになってます。
楽しくて苦しくて緊張して霧散して、やっと凝縮した。

どうやら俺、インド後から急に老け始めたらしいです笑。

旅はいいもんですな。
すごい色々思い出してきたよ、秋の肌寒さの中で、、、、はっ。

16歳の夏休み、親友Kと箱根の大湧谷めざして自宅からママチャリで登山。みちゆく数少ないチャリ登山者はみんな本格武装したマウンテンバイクだった。
何キロあるのかわからないけど、朝早く出て夕方4時頃に頂上について食った温泉卵が死ぬほどうまかった。
脱水症状寸前で泣きながら食ったあの味は決して忘れないだろう、、、。
ちなみにこの日の条件は、現金所持禁止&おにぎり3個&500ミリペットボトル一本で登頂まで目指す、でした。ちなみに温泉卵は、そこらへんにいたひとに、なんとなくおごってもらいました笑。

17歳の夏休み、親友kと大阪の大阪城をめざして小田原の1号線のガストからヒッチハイク。ギター一本抱えて弾き語りをしながら、その日しのぎのサバイバルライフに挑戦。過酷な旅になることが予想されていたため俺の心は約98パーセント挫折することを考えていたのだけれど、kはひやすら馬鹿みたいに「行ける!行ける!」と言っていたので、「バカだなこいつ」と思っていたのだが、結果的に大阪城で記念写真を撮るにいたった。信じられんことに、以外に人々は優しかった。ダンボールに行き先を書けば、30分以内には乗っけてくれる人が現れるし、下手すれば「頑張れよ」なんて金を恵んでくれたりする善なる人もいたのでした。なんだかすれていた俺は、このとき我が目を疑いつつ、「世の中捨てたもんじゃないな」となんだか懐かしい気持ちに、泣きたくなったのでした。バカをバカと思うのは、自分がただ小さいだけなのを示しているに過ぎないのかもと思うようになった。案外、やってみると予想以上の結果に出くわすこともある。枠を自分で作るのは、結構良くないことだと身にしみてわかった。希望を抱いて帰ってきた旅だった。
ちなみにこの時の条件は、現金所持禁止、弾き語りのみで次の街を目指す、でした。

17歳の夏休み、ヒッチハイク後、間髪入れずにアメリカに親のすねをカジカジして行く。サンフランシスコはなんだかジャンキーばかりだった。
ヒッピー文化が色濃い街だけに、あらゆることがなんだか緩い感じで、あんまり長く居ると帰れなくなってしまいそうな雰囲気がぷんぷん。
しかし、俺はもう1週間で帰りたくなっていた。お茶漬けが恋しくて恋しくてしかたなくなって、肉とか、ポテトとか、もううんざりしてしまって、マックとかもう真っ黒に塗りたくってやりたくなって、いらついてしょうがなかった。
飯が合わないってここまで苦痛なのかと、思い知らされた高校2年生の夏でした。
ちなみにこの時の条件は、特にねぇーっ!!

18歳の夏休み、特になし。予備校で未来に消しゴムを押し付ける毎日。

19歳全般、腐ってる。

あー、なんかめんどくさくなってきたぞぉ。

そして、そのあいだにころころ国内は旅して、
24歳でインドに行ってガンジス川に飛び込んで、下痢になって、価値観をぶっ潰されて帰ってきたのでした。

なんか旅って文章にするとすげー味気なくなるね。いまさらってか。
俺の表現力が足りひんせいと、持続力が弱々しいのが主な、つーかほぼ全ての原因なのだが、結論を強引にいっちゃっていいかな。

「経験に勝る言葉なし」

机上の空論、想像、とんちんかん、皮肉、
そんなの俺大好きだけど、やっぱ本気で納得できる瞬間って何かって言ったら、経験に結びついたことにしか結局集約しない。
俺みたいに普通の生活してる人間に(端から見たら普通ではないのかしらん)、政治家先生のご立派な言説はとんと響かないし、はたまた坊さんなんかのありがたい説法もなんだか空気みたいに耳から耳へと通り抜けていってしまう。

そのひとがそのひとにそった経験をしなきゃ、結局なんもわからへん。

おいら、いつでも経験したい。
なんでもいいから、想像を超える瞬間に何万遍でも立ち会いたい。
つーか世界一周とかしてる人々に俺は嫉妬しまくってるよ。
インドで会った人たちとかみんなそんな奴らばっかだったし。
チケットよこせよちくしょう。って別にそんときは思わなかったけど笑。
今思う。

つーか宇宙っていつになったら10万円くらいでいけるようになるのだい?
はやくいかせてくれよ、糞科学テクノロジー!!

YES,journey/hozzy