藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

マヨヒガ。

俺のカッパや座敷童についての発言は決してギャグで言っているのではありません。ちょこちょこブログでもネタで上がっていたけれど、俺は大マジ。
その存在については勿論いる(もしくはいた)と思うし、彼らが誕生した発生源に対してもものすごく興味があります。
残念ながら、俺はまだカッパにも座敷童にもお目にかかった事はないけれど、昔の人には間違いなく見えていたはず。それは山深い場所やひっそりとした田舎に行けば行くほど、「なるほど」と手を叩きたくなるくらい実感します。

ゴールデンウィークに岩手県の遠野にいってきました。日本民俗学の教科書「遠野物語」を携えて時間のある限り遠野と岩手東部の海岸方面を見て回りました。
すげー良かった笑。
さすがにもう天然な状態じゃ昔の雰囲気の建物は町中には見当たらなかったけど、記念館になって佇んでいたり、その中にある展示物なんかも面白いものが多かった。
「オシラサマ」と言う神様がずらっと四方に納まっている部屋なんかは、正直鳥肌が立ちました、いろんな意味で笑。このオシラサマに関する伝説も、切なくて少し恐ろしくて、なんだか変な感じのする話で、それが生まれた背景が非常に気になる話の一つでした。
そしてカッパ!
カッパ淵という、いかにもカッパがでなさそうな怪しいしいネーミングの場所にも心躍らせながらいきました。
そしたら確かにいるぜ笑。気配があった。カッパをまつった祠にはカッパおじさんの写真がつる下がっていました。有名人だったらしいです。

人間には何だって見える。およそ俺たちが想像できることはなんだって起こりうる。
きっと多くの怪奇譚なんかは、人間がびびって見た幻覚や恐ろしくなって感じた圧迫感なんかを膨らまして創っていったんだろうなと、思います。
12月の雪山を夜通し歩き続けたら、雪女を暗闇の中にみたっておかしくないし。
だけどそれが全てだと言い切るのは、短絡的すぎる。
マジでわけわからんモノは突然現れる。
森や山じゃなくても例えばコンセントの穴のなかとかテレビの裏とか。
いないなんて誰が言えましょう。
「完全にいることを科学的に、論理的に証明せよ。」なんて言われたってできないね。だって科学じゃねーもの笑。
つーか逆に「完全にいないということを科学的に、論理的に証明せよ。」って言ったらどうなんでしょうか。そんなことは誰にもできないだろうに。
カッパや座敷童は、人の生活であり、精神であり、習性であり、そしてまたは、存在として俺らとは違う空間で生きている(生きているって言葉が適切かはわからんが)不思議な生き物として俺は認識しています。
なので、これからも時間があるときはその尻尾を追いかけて怪しいところへ可能な限り足を運んでいきたいと思ってます。
なんだかうさん臭い「自称・探検家」みたいになってきてるな笑。

ちなみにこないだの東北キャンペーンに行った時にも帰り俺だけ現地に残って、銀河鉄道にのって別行動、青森に行ってきました。
目的地は日本三大霊場の一つの「恐山」。
ここもまたすげーとこだったな。
わらじ買って帰ってきました笑。

YES.yanagidasensei/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』のラスト。

ハルマはだんだんと、ニクモの様子に不安を抱き始めていた。
『こうして、僕はまたここに戻ってこれたんだ。』
と、彼がそう言ってからもうかれこれ二時間は経っている。
旅の話はもうとうに終わったはずなのに、彼はまだ話すのをやめようとしない。
狂った音声機械のように同じような事を何度もノンストップでえんえんと喋り続けている。
ハルマは、自分の方から話を聞きたいとねだったものだから、余計に彼のただならぬ様子に、焦りに似た感情を募らせていた。
「ねぇ、ニクモ、一旦休憩しましょうよ。ほら、あなた喉がガラガラになってきてるわよ。ねぇねぇ、聞こえてる?私まだまだあなたの話を聞きたいけれど、少し休みましょう、ね?あなた、どんどん顔色も悪くなってきてるわよ。」
「朝日はそりゃぁもう美しくて、僕の肩に乗っていた悲しみも飛んでいっていましそうで、」
「ニクモ、ちょっと私の話をきいて。」
「その時僕は思ったんだ、虹ってものの意味は、」
「ニクモ!聞いてちょうだい!」
「鳥になりたいって、彼らはいっていたんだ。でね、僕もいつかは、」

ぱちんっ。


ニクモは、弾けるように引きちぎれて、その場にぺたん、と横たわった。
時間が、冬の水たまりのように、パリッと、音もなく、固まった。
「ニクモ!」
ハルマの叫び声がコミュニティを駆け巡った。
その反響音は、僕の背中の右上を貫いて、カーブしながら、光のない空に散っていった。
遠くのほうで誰かの笑い声が、弾けるように空気を揺らして、砕けた。

YES.lowlowlow/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の7。

シュンスケはタエコに現像させておいた例の写真をポケットに忍ばせながら、はやる気持ちを抑えるため、わざとゆっくり、のろのろと道の隅を歩いていた。
「くくく。これでやっとあいつらに仮を返せるぞい。」
にやける顔を、わざと険しくさせるものだから、彼の顔は不細工な般若のように酷い形に変わっていた。
ブロック塀の上で日光浴をしていた猫が、彼のその歪んだ顔を見て、一目散に北の方に逃げていった。
今日は月に一度の会合で、ヤマウラ商店街の人間たちが「みどりの家」に集まることになっている。つまりそれは言い換えれば例の自慢大会の日である。
この日彼は仲間たちの中でも特に、前回の自慢話の場で白いコウモリの話をしてその日の話題を全てさらっていった、加藤という人物に大きな対抗意識を燃やしていた。
輪ゴムの話をどうスリリングにエキサイティングにアンビリーバボーに熱弁するか、彼は一晩寝ずにじっくりと考えた。
そのせいで、目は稲妻が走ったように血走っていた。
トマトアイ。
「加藤め、今日は俺の勝ちだわい。待っとけよー。」


少女の母親は、テーブルの上に、ぽつん、と取り残された、やけに古びた輪ゴムをつまみ上げると、パタパタと工具置き場の棚に向かった。
「んーこれのどこが変わった輪ゴムなのかしらねぇ。お父さん何だかごちゃごちゃ言ってたけど普通の輪ゴムじゃない。汚ない灰色。けどー、けどけどー、無駄遣いはーよーくありませーん。」
変な節をつけながら、鼻歌まじりに彼女はその輪ゴムを輪ゴム箱の中へ放り込んだ。
「あっ、いけない。洗濯物干さなきゃ。」
そう言って彼女がくるりと回転した時、ぴんぽーん、と少し間の抜けたインターホンの音が、リビングに唐突に響いた。
「加藤さーん、お届けものでーす。」



「シュンスケさーん、本当ですかー?その話。」
「バカ言え。写真まで見せたろうが。本当の本当に、この輪ゴムは魚の腹の中からでてきたんよ。ちゃんと証拠もあるんじゃ。今回は俺が一番だとさっさと認めろや。」
「うーん、本当かなぁ、、、、。」
シュンスケはわざとらしく、大きなため息をついた。
「お前いいかげんにせーよ。つーかよ、俺がお前らに嘘ついたことあるか?」
「んー、まぁ、確かにそうだなー。うーん、あんまないかも。」
「だろうが。」
「うーん。」
「あ?」
「いや、はい。」
「あー?」
「うん!ないです。」
ふふっと、シュンスケは笑って頷いた。
「よしよし、わかればいいんよ。よっしゃ、今回は俺の勝ち。それでいいな?ん?はっはっは!わかればいいんじゃ。これ、加藤よ、この輪ゴムお前にやる。」

YES.kappa/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の6。


水中で身をまかせるまま流れに乗り続けていたニクモは、太陽が自分の進行方向の逆側に随分取り残された頃、奇妙な光景に出会った。
自分と同じように細長い形をした生き物が、石の影から水面に向かって縦にゆらゆら揺れていたのだ。
赤みがかかった、細長い生き物。
ふらふらと、緩やかにダンスをしている彼らを見て、ニクモはふと、コミュニティにいる自分の仲間達の事を思い出した。
臆病な自分と違って、皆は伸び伸びと笑いながら過ごしていた。あの素敵なハルマは元気だろうか。綺麗なローズレッド色の彼女。シルフォ、セイン、カルデ、メイラン、皆元気だろうか。まだ、欠けることなくあの場所に皆いるのだろうか。
そんなことをぼんやり、その生き物を見るともなく考えていたら、さっと目の前を黒い影が横切っていった。気づいたらさっきまでそこにいた、赤い細長の群れが、半分ほど消えていた。何がなんだかわからないまま、うろたえているとまた黒い影が目の前をさっと横切っていった。もうふらふらした糸達は全部消え去っていた。危険が迫っていることにようやく感づいたニクモは、おろおろしながら、くるっと周りを見渡した。すると、遠くの方から、もの凄いスピードで大きな黒い影がぶくぶくと、たくさんの泡を撒き散らしながらこちらに向かってくるのが見えた。
「あーっ」
とニクモが声を出す間もなく、その黒い影は彼をパクッと丸呑みにした。



「もしもし、平気ですか?もしもーし。」
遠くで誰かの声が聞こえる。体が重い。
「平気かな、このコ。まぁ、私達も平気じゃないって言ったらそうなんだけどね。」
「うーん、ほんとだよな。どうしたもんかね、このままじゃ僕らも溶けちまうぞほんと。」
ようやくだんだんと、視界に光が差し込んできた。
「見て、ノンちゃんなんてもう体が半分しかないわよ。」
「ああほんとだ、もう見てられないや。」
一体何が起きているんだろう。
僕が体をのっそりと起こすと、側で背中を向けて会話をしていた二匹のイトミミズは、はっと、少し驚いたようにこちら側を振り向いた。
「あっ、ねぇねぇ、よかったわ、気がついたみたいよ。」
縦に細長い方のミミズが、不安を滲ませながらも優しくそう言った。
「よかったな君、もう目覚めないのかと思っていたよ。」
体が太いほうのミミズが、やはり不安を押し殺すように、優しく微笑みながら僕にそう言った。
「ここは一体どこなんですか?」
「魚のお腹の中よ。」

YES.akakirishima/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の5。


まな板と包丁がぶつかる音が消えた。
「かあさーん、どうゆうことだべコレ。」
八百屋の親父のシュンスケは、そういうと、さばき途中の鮎をぴらぴらさせて、奥さんのタエコを呼んだ。
「あらま、なんだいソレ。」
「輪ゴム。」
シュンスケはつまらなそうに言ったが、その実、腹の底では、喜びで踊りだしたい程の衝動に駆られていた。
というのも、仲間に自慢するかっこうのネタができたからである。
シュンスケの仲間内ではおもしろいことがあると、何かにつけて、お互いに自慢をしあう。
大根を切ったら中心が赤かっただの、空を見上げたらパイプの形をした雲を見ただの、卵を割ったらヒヨコがでてきただの、そんなくだらないことを四十近い大人たちが真剣に自慢しあっているのだ。アホらしいが、アホなことほど楽しいというのも事実で、シュンスケ達は自分たちがアホだということを重々自覚しながら、お互いお互いでそれを楽しみあっているアホの集団なのだ。
「かあさん、ちょっとこいつらと一緒に写真とってくれや。居間の引き出しに『写るんです』入っちるじゃろ。たのむわ。」
そう言うと、照れ隠しのせいなのか、シュンスケはバカに険しい顔をした。
はいはい、とタエコは言うと、カメラを探しに台所から消えていった。
シュンスケは、にんまりと顔を緩ませ、どうこの話を仲間に聞かせるか考えを巡らせ始めた。
彼はこの日の早朝に、だるま川に釣りに出かけた。
鮎釣りが三日前から解禁になり、店が定休日になった今日、待ってましたとばかりに釣り道具を抱えて、意気揚々と釣りの目的地まで車を走らせた。
川についた頃には朝日はもう昇りきっており、既に何人か先客がいたが、知ったことかと一番いいポイントを彼はずんずんと占領していった。体が普通の人間より二回りも三回りも大きい彼に、文句を言う人間は誰もいなかった。
シュンスケのふてぶてしさは見ていて気持ちがいいほど、堂々としている。
川上から流れてくる、誰かが吐き出したタバコの煙さえも、ひゅるりと彼を避けて通っていく。
そんな調子で、昼食も採らずに日が落ちるまで魚を釣り続け、最終的な釣果は鮎が十四匹。去年より三匹多く釣れたこともあって、彼は目尻がとろけそうなくらい上機嫌な顔をしながら帰宅した。

「ハイ、チーズ!」
ぶすっとしながらも嬉しそうなシュンスケの雰囲気を見て、タエコはほんわかと微笑ましい心持ちになった。
「今撮ったやつ、明日現像に出しといてくれや。忘れたらいかんぞ。」
険しい顔をしながらシュンスケは、タエコの目を見ず、低い声でぼそっと言った。

YES.tewotewo/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の4。

ニクモはポチと一緒に河原で風に揺られていた。
無数に転がる石の中の一つ、ヒトデの様な形をした真っ白い石の上に横たわりながら、しゅるしゅると揺られていた。
陽射しは強く、雲はなく、近くに流れる川の水面は正視できないほど輝いている。
そしてもうその石の上に随分長くいるせいで、心なしか熱で体が少し伸びたような気がする。
ニクモに汗がかけたなら、バターが溶けたみたいに額に雫が浮いていることだろう。
そう、泣きながら、ポチを蹴飛ばしたあの女の子のように。
ニクモの目の前でうずくまるポチは、ぴくりとも動かず輝く川の方をじっと凝視していた。
自分を痛めつけた女の子の気持ちをその輝きの向こうに見つけようとしていた。
目の奥はずんと重くなり、鈍い痛みが響き続けている。
もうとうに、川の形もその周りにある風景も見えなくなり、視界は白い光の幕で覆い尽くされている。
それでもポチは、そこから目をそらすことができなかった。
悲しみの理由は光の向こう側にあると、すがるように、抱きしめるように、この猫は頑なにそれを胸の奥で信じていたかったからだ。
ニクモはそんなポチを見ながら、この世界の成り立ちを少しずつ理解していた。
伸びた体の一部がきゅっと引き締まっていく感じがした。

突然、強い風が吹いた。
それは、びゅーん、と大きな音とともに、砂埃と木の葉を舞い上げ、次いでニクモの体を宙に浮かせた。くるくると回転しながら灰色の輪ゴムは空を昇り、ある一点に達すると重力に吸い込まれながら落下、川の上に着地し、沈んだ。

YES.eve/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の3。


ポチの毎日は、平和だ。首輪がない野良猫だが、不思議に誰からも愛されている。
特にこの界隈の子供達の間では人気があって、
「ポチ。ポチ。こっちにおいで。おいで。かわいいポチコロ。」と言ってみんながかわいがる。
ポチは人間が大好きだ。自分は猫だと勿論分かっているし、彼らとは違う生き物だということもちゃんと分かっている。その上で人間のことが、自分の仲間の猫たちよりもずっと好なのだ。そしてポチはとても頭がいい。子供達の大人が冗談で、
「ガッツ石松なんかよりもずっと頭がいいんじゃないかしらねぇ、ポチはねぇ。」、なんて笑って冗談を言うくらい賢い。そして尻尾が真っ白で、片目だけが緑色の眼をしている。不思議な猫なのだ。

そんなポチに、今日予想外のことが起きた。
信じられないことに大好きな人間に苛められたのだ。
ポチはショックで、今も河原でぐったりしている。
それは髪の長い女の子だった。
彼女はまずポチに優しい声をかけながら近寄ってきた。当然ポチは嬉しくなって彼女に駆け寄っていく。だんだん縮まるその距離に、ポチはヒゲをピンと立てて、にゃーと喜びの鳴き声を上げた。そして、あと一メートル位の距離に来たというときに、突然ポチの世界が、ぐるんと反転した。
蹴られたのだ。
それは痛みを全く共なわなかった。
地面に着地するまでに、青い空と、白い雲と、赤い屋根と、逆さまになった灰色の電信柱が見えた。
土ぼこりがふわふわと舞う中で、ポチは自分に何が起きたのかすぐにはわからなかった。
その場から動けないポチに向かって、女の子は次に、石を投げつけた。
ひゅんっ、と石が鼻先をかすめる。
ポチの中にやっと恐ろしさが広がり始めた。
そしてその場からすぐに逃げようとしたが、何故か足が根を張ったように動かなかった。
それは恐怖から、というより、人間に対する敬愛の念がそうさせた。
人間が自分に危害を加えるということをただただ信じたくなかったのだ。
涙を流せるならばこの町が塩水に沈んでしまうくらい、その場で大声を出しながら泣いたことだろう。しかし、猫は泣けず、鳴くことしかできない。
ポチは、自分が猫であることをその瞬間、深い悲しみの端っこで、とても恨めしく思った。
そして、目の前の、半分泣き顔をしながら自分に石を投げてつけいる女の子を、とても、とても羨ましく思った。
「ネコなんて大嫌いよ!あんたなんて消えちまえ!」
女の子は、制服の袖で涙を拭いながら、そう叫んでいた。
ポチは、崩れて泣きじゃくる彼女にゆっくり近づくと、その体を彼女の足に寄せた。
そして、その緑色の眼で優しく見つめながら、自分の気持ちを伝えようと震えた柔らかい鳴き声で静かに訴えかけた。
「なんなのよあんたは、大嫌いだって言ってるでしょ!」
彼女はもう一度ポチを蹴飛ばした。さっきより強く、今度はつま先で蹴飛ばした。
ぽーん、と猫は中に舞う。
今度は、ひどい痛みがポチを襲った。地面に転がった時、きつい草の匂いがした。
「私は猫が大嫌いなのよ。」
そういいながら、女の子はポケットから何かを取り出して、ぐすん、ぐすん、と泣きながら、転がったポチに向かい、ぴんっ、とそれを弾いた。
ポチの目の前にあった、楕円形をした石ころの横にそれは落ちた。
灰色の輪ゴムだった。
「次に出会ったときは、今日よりももっとひどいことをするから。
私を見かけたらすぐに逃げなさい。必ずそうしなさい。」
そう言うと、女の子は長い髪を一かきして、赤い目を擦り、くるっと背中をポチに向け、太陽が眩しい方向に去っていった。
ポチはズキズキと痛む体と胸の奥を抱えるように、ふらふらと立ち上がった。
目の前に落ちている灰色の輪ゴムをくわえると、舌の先が妙に苦かった。
ポチは自分が猫であることを、この時心の底から悲しく思った。

YES.jostein/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の2。

「ネコちゃーん、今日は牛乳にお砂糖を入れてもいいのかしらぁ?」
台所の向こうから母の声が聞こえる。
グツグツグツ、と何かを煮ている音が、それと一緒にくぐもって聞こえた。
彼女は私のことを「ネコ」と呼ぶ。
「寧々子」という祖父が名づけた名前では、どうしてか母は私を呼ぶことはない。
ある日、「ネコ」と母が私のことを呼ぶのを、近所の友人がふと耳にしてから、友人内でも私の呼び名は「ネコ」になった。動物と一緒にされているようで始めは正直気に入らなかったが、いつからか慣れてしまって、いまでは「ネコ」と呼ばれたらすぐに振り返ってしまう。習慣の魔術はおそろしい。
「ねぇ、聞いてるぅー?お砂糖入れてもいいかしらぁー?」
彼女の少し間延びした喋り方に、私は相変わらず少し苦笑いをしながら、今日もあえて優しい声で答える。
「そうね、入れといて。でも少しでいいからね。」
母は鼻歌を歌いながら、カチャカチャと食器の音を響かせている。
「るーるるるーるるーるるーるるるー」
ゆっくりと私の息は熱くなる。
いつからだろう、彼女に対してこんなにイライラするようになったのは。
耳を切り取ってしまいたい衝動に駆られる位じりじりしてしまう。
「もう少し待ってねぇ、もうすぐピザトーストできるからねぇ。」
母の明るい声がキッチンから響いてくる。頭の奥が重い。
そもそも私は牛乳が大嫌いだ。
バターもチーズもヨーグルトも生クリームも、牛が関わるものは全て駄目だ。
母は私が、まさか乳製品が苦手だなんてミジンコの卵ほども思っていないだろう。
彼女は平和な人なのだ。人の憎しみを買ってしまうほどに。

ふと私はあることを思い出し、椅子から立ち上がると工具や新聞紙が置いてある棚に向かって、パタパタとスリッパを響かせた。
パンとチーズの匂いをかぎながら、背伸びをして棚の上に手を伸ばす。すぐに目当ての箱に指先が触れた。
輪ゴムの小箱。
今日、学校の美術の授業で使うのだ。
爪先立ちのまま、手探りで箱に人差し指と親指を入れると、三つほど輪ゴムをつまみ上げた。止めていた息を吐いて、ゆっくり視線を指先に落とす。すると目に映ったのは、カラフルな色。
「なによこれ。」
紫、青、灰色のカラー輪ゴムだった。きっと母が買って補充したのだ。前に箱から取り出したときは、それは普通の輪ゴムだった。
「こんなの授業で使えないわよ・・・。」
苛立ちを通り越して、ぎゅーん、と体の力が抜けた。
リビングに戻っても、母はまだキッチンで鼻歌を歌っていた。
私は椅子に腰掛けるとすっと右腕を伸ばし、紫と青の輪ゴムを、エアーガンを打つように母に向かって弾いた。けれどそれは全く届かずに床に落ちた。
残った一つの灰色を仕方なくポケットに入れる。
母の痩せたうしろ姿を、私はため息をつきながら眺めていた。

YES.nekonote/hozzy

『魚と猫とゴムとネコ』の1。

「あいつが帰ってきた。」
僕たちの間に大歓声が起きた。
今にも擦り切れそうな姿で僕らのコミュニティに戻ってきたのは、あの弱虫のニクモだった。僕らは滅多に感情を表に表さない。けれど、みんな大声で彼の名前を呼び、英雄を迎えるような、少し正気を失った歓声を一晩中上げ続けた。
ニクモは疲れきった顔で、少し怯えるように弱々しく笑っていた。そんな彼の姿が、僕らをより熱狂的にさせた。
「まさか、またここに戻ってこれるなんてねぇ。」
ピンク色のヘルメが言うと、その場に居るみんなは一様に、うんうん、と頷く。
「あいつはなんだか随分たくましくなったな。何があったのか、是非旅の話を聞いてみたいものだね。」
ミドリ色のガータが言うとまた、その場に居るみんなは、うんうん、と頷くのだった。

僕らが住む場所には光があまり差し込まない。暗い壁が四方八方を埋めていて、唯一色が灯る景色を見ることができるのは天井に開いた丸い穴、そこからだけだ。その穴からは光の切れ端が薄く、とても細くだけど、ひらひらと舞ってくる。それは愛しくもあり、少し哀しくもあった。そしてその光の向こうには、確実にこの場所とは違う世界が広がっている。しかし僕らにはそこがどんな世界なのかは全く以ってわからない。このコミュニティを出て行ってから、戻ってきたものが誰一人いないからだ。それが何を意味するのか、僕らには何となく分かっていたけど、誰一人としてそれを口にするものはいなかった。
何の脈絡もなく突然、今まで多くの仲間達が外の世界に引っ張られていった。
巨大なクレーンが彼らの体をつまみ上げ、光の中へと連れて行く。
そしてそれから、二度と消えていった彼らに出会うことはなかった。
ニクモ以外には。

ローズレッド色のハルマがニクモに話しかけた。僕の仲間内ではニクモに話しかけたのは彼女が初めてだった。
「こんにちは。調子はどう?ってあまりよさそうじゃないわね。ひどい顔してるわよあなた。まぁ色々あっただろうから無理もないだろうけどね。ほんと体が切れちゃわないように気をつけるのよ。それでね、もうさんざん色んな奴から聞かれたことだろうけど、教えて欲しいのよ。外の世界のこと。そしてあなたがどうやってここにまた戻ってこれたのかもね。もう今はうんざりっていうのならまた今度会った時でもいいの。それでもいいから話してくれないかしら?」
ハルマがそう言うと、ニクモは少しの間目を瞑ってからゆっくり息を吸って吐き、静かに口を開いた。
「ありがとう。切れてしまわないように気をつけるよ。
話、少し長くなってしまうけどいいかな?」
ニクモの灰色の体に光が反射して、微笑んだ顔の左半分は、眩しくて見えなかった。


YES.greenlabel/hozzy

○から●へ。

隣にあなたは立っていて、ずっと向こうでが犬が鳴いている。
森とは言えないけれど、林より大きい、樹々が群れる場所。
「綺麗な赤だ。」
わたしがマッチを放ったとき、枯れ草ではバッタが跳ねていた。
「これが私からの気持ちよ。」
空を埋め尽くす闇が、ぱりぱり、と剥がれ落ちて、黒い雪になって落ちてくる。
「こんなプレゼントは始めてだよ。」
彼は闇を手に掴み、青黒く染まった手のひらを私に見せて笑う。
視線を外してわたしは呟いた。

「ハッピーバースデイ。」

YES.blackcoffe/hozzy