藍坊主 | Column
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藍坊主

Column

エチルくんメチルさん。

明けましておめでとうございます。イノシシ年ですよ。イノシシといえば藤森氏。今年は彼年男です。今年も俺らをぐいぐい引っ張っていって欲しいです。

去年できなかったたくさんのこと。一昨年の終わりに立てた去年の目標はほとんど達成できなかった。やはりうまくいかないものです。心の余裕と行動力。酒の力は借りないこと。
コーヒーサイフォンを買ったので理科の実験のようにコーヒーをいれてます。アルコールランプとフラスコで湯を沸かしあからさまな科学的さで豆を蒸す。単純な構造だけどコーヒーがコポコポとフラスコに降りてくる時何度でもにやけてしまいます(加熱を終えると上のビーカーもどきからコーヒーがこされてフラスコに降ってくるんです。気圧のせい?くわしくはわかりません笑)。水の電気分解とか今あえてやってみたい。懐かしい。
4日にダリ展行ってきました。展示がラストの日ということでもの凄い長蛇の列が上野公園に展示されてました。2時間待ち。びびりましたほんと。一緒に見に行ったサウスブロウのはじめと友人のマイケルとで暇つぶしに記憶しりとりをして時間つぶし。一人じゃなくてよかった。ダリの絵はとても綺麗でした。発想をぴっしり左脳的にまとめたような神経質な絵。個人的に「愛情を表す2切れのパン」という絵に目がうるみました。構図バランスとタイトルで殺された。やっぱり画集だけ眺めているのはもったいない。きっと画集でこの絵をみかけても何にも心に引っ掛からずに次のページをめくっていたと思います。本物を見れるときはできるだけ本物を見よう。ダリおじさんありがとう。
さあではまた曲作りに戻りたいと思います。今年もよろしくお願いします。

YES.hario/hozzy

シネリキヨ。

沖縄に行ってきました。久高島という本島から少し離れた小島のなにやら神秘的な雰囲気に誘われてまたまた衝動旅行のはじまりはじまり。で、なんで久高島を選んだかと言うと、どうやらここのカベール岬と言うところに沖縄を創った神様が始めて降り立ったという伝説があるらしいのです。こんなん大好きな自称探検家の私にはたまらん魅力です。ほかにも男子禁制の聖地”クボーウタキ”やら特別な意味のある井戸のような場所“ヤグルガー”やら俺の心を刺激する響きの言葉がこの島にはころころと転がっていて前々から行けるチャンスをうかがっていました。そしてきた。いけてよかった笑。久高島研究の本も途中で買い勉強しながら島を回ろうと思ったけど結局読む暇ないくらいゆるやかな時間の中に沈んでいました。夜に見た引き潮になった海岸の月光がとてもとても神がかっていた。別の星に立っているような感覚でした。北海道もすごかったけど沖縄もすごい。日本って本当に面白い国だと改めて思いました。そしてアイヌと沖縄がなんだか繋がっているような気がしてならない今日この頃。諸説あるようですが俺はぱっとそう感じました。日本にある文化にもっと触れていきたい。久高島のおじさんに教えてもらった沖縄民謡、古典、ギターで弾く三線の音。ピースフルで暖かかった。そしてカベール岬で歌ったLumoが見えない何かにあの時少しだけ届いたと俺は信じています笑。沖縄今度はライブでいきてー。

YES.amamikiyo/hozzy

ミスターシマ。

ツアー全箇所終了してやっと一安心したのもつかの間、4日にブラフマンのライブを見てしまったからさあ大変。タクロウもブログで書いていたけど、なんとも形容しがたい圧倒的な何かにやっつけられていてもたってもいられなくなってしまいました。そんなだから昨日友人の嶋くん(カメラの仕事してる人)と近所のスタジオに入り、ドラムをぶったたいている自分の姿をなぜだか無意味に撮らせ続けていた笑。アホだ。彼の休日が有意義だったのかどうか俺にはわからないけれど夕日はとてもきれいでした。つーかまだまだテンション下がらないのでこれから南の方に行ってきます。こないだ北海道の雪山で歌ったので次は南へ。

そして申し遅れましたがヤアヤアヤアツアーどうもありがとうございました。おかげさまで過去一番意味のあるツアーだったかもしれません。またこれからも精進していきますのでよろしくお願いします。ではでは。

YES.kaminnchu/hozzy

北海道四日間のイメージ。

「ライオネルさん、ここはどこですか?」
「はじっこだ。」
「このさきには何があるんですか?」
「はじっこのはじっこだ。」
「ふーん。じゃあ僕は、はじっこのはじっこのはじっこに行きたいです。」
「真ん中もわからないのにか。」
「真ん中がわからないからです。」

そしてししゃもが雪山で海風に飛ばされながら風車を通り抜けて湯気のなかに消えていった。ムックリが響くころ塩の花が太陽に輝いて仙人たちは笑って雨を降らせました。

yes.yumechika!/hozzy 

手の長い服。

すげー久々に更新。結局10月一回も書かなかったな笑。超マイペースコラムなんで許してくださいな。つーか色々立て込んでたんですよここんところ。マイペースですが決して怠けていたわけじゃございません。今ハローグッバイのツアーで山口にいるんだけど、今日やっと一ヶ月半ぶりに腰をどんと下ろせた。納得した。オーライ。まだまだやることこれから腐る程湧いてくるんだけど、とりあえず前からぷらんこぷらんこしてた自分の中でのルーティン野郎にあらかたグッバイできたんで次行く前に少し心を落ち着けようと思ってます。で、外は雷混じりの雨なんだけど明日の学祭は平気なんだろうか。まぁ、雨が降ってたら降ってたらで逆にふつふつと血潮が沸き立ってくるがなぁぁぁあああ、ってな感じで今ツアーかなり気合いノリノリな感じになってきてます。明日も耐えてくれ、俺のジャガーさん。

yes.jaguar/hozzy

コリコリ。

俺が消えれば世界は消える。君が消えれば君にとっての世界は消える。あの電柱も石も木も形も言葉も意味も消える。光も闇も音も消える。時間も距離も次元も消える。消えるという概念さえ消える。「わたし」が消える。そして無が消える。

無が消えるって想像できん。ぞくぞくするぞ。

俺がいれば世界はある。君がいれば君にとっての世界はある。あの電柱も石も木も形も言葉も意味もある。光も闇も音もある。時間も距離も次元もある。「わたし」があって無があって、無があって全てがあって、そのとき俺や君の世界はしっかりと在りえてる。

世界に意味を与えてるのは俺であり君だ。
一般的に言う「世界」に生きているずっと手前でもうすでに俺たちは俺たちの世界を生きてる。
ある意味神じゃないか。王様じゃないか。
と、こないだ考えていたら気分が一気にハイになった。
例えば俺や君がいかに世界に絶望しても、それは俺や君の世界における絶望であって一般的に言う「世界」が絶望に染まっているわけではない。そうなんだよそうなんだ。
これって当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、生まれて初めて心のそこから理解できた気がしてとても楽になった。

そう考えると世界は、この世界に数え切れないくらいある。ブルーハーツが「ハンマー」という曲で『48億の個人的な憂鬱、地球がその重みに耐えかねてきしんでる』と歌っていたけれど(当時は地球全人口が48億人だったのだろうか?つーか短期間でちょっと人間増えすぎじゃねーか笑)、この詞の真意は実は俺が上に書いたようなことなんじゃないかと今になって勝手にそう思い込んでいます笑。ハンマーいい曲だ。

「心がけによって毎日は清くも濁ってもうつる」という使い古された言葉。使い古されているだけあって実は案外もっといい意味のこと言っているのかもしれません。ぱっと見なんか鼻についてしまうけれど。

YES.kagome/hozzy

サウダーヂ。

天井から水がしたたっていたもよう。目覚めると床には小さな水たまり。その真上には小さな亀裂。一応鉄筋の建物なんだけどな。雨の日は空き缶を用意しなくてはなりません。クレームつけるのも面倒だしコーラを3本かいました(修理だなんだで部屋に人が来てがちゃがちゃやられるほうがよっぽど不快)。
そろそろ出時か。
この町にも馴れてきてしまったし、移住の欲求がここに来てより高まってきました。次移り住んだら人生で8回目の町だ。住む場所が変わるのはいつでもエキサイティングです。おかげで常に貧困がつきまとうけれども笑(引っ越し資金はバカにならん)。

先日モディリアー二の画を観に行きました。ピカソやパウルクレーの画もあって、画集の本をたまたま持っていたこともありとても感慨深かったです。もう画がどうこうって言うより、その人その人の思想というか信念というかそういう部分に「アーオ」って感じでバコンと殴られました。「ぃい一本!そこまでっ!」って感じです。もちろん画もとてつもなくすごいんですけどね。根本思想をを知ると知らないとじゃまた違うような気もしました。
つーか最近まで汐留で公開されていた岡本太郎の例の巨大壁画、公開が終了したあとその出来事を知り、本気でへこみました。アホだ。世の情報に疎いとこういう失敗があるんだと身を以て知りげんなりです。サウスブロウのはじめ曰く画は凄かったらしいです(彼、大阪からわざわざこの壁画を観にいったらしい)。

美術館から帰るときはいつでも絵の具を買いたくなってしまう。これはもうしょうがない笑。

YES.miceparade/hozzy

ブロック。

糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
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糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸
糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸。

こんだけ「糸」の字が固まると何だか意味がわからなくなる。
トナカイに見えてくる。最後の句点がウンコのようだ。

愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛。

うーん。糸の半分で眩暈がしてくる。これじゃあまるで憎悪のようだ。呪詛のようだ。「なら書くんじゃねえよ」とたしなめないでくれ。俺は何度でも確かめたいんだ。「愛」は一個で俺の存在より重い。

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3791379137913791379137913791379。

数学は大嫌いだった。けどこの数字たちは美しい。彼女らが人間だったらきっと求愛している。カエルのような姿でもきっとそうしてる。
















空白。文字のいらない空白は音楽の聖域。そこんとこ藍坊主でもっと深めていきたい。音で言葉を越せなければ俺たちはミュージシャン失格だ。本質であって自分からとても遠い所にあるもの。今空で雷がなったけれども、いかずちを脳天に食らわなければそこにはいけないかもしれない。俺は音楽で幸せになりたい。避雷針によじ登る覚悟も今、ある。
少し酔っ払っているけれども。

YES.hukujuen/hozzy

スリーピン。

君は夜中に台所でリンゴをむいた。うすく切ってそれを窓辺にさしこむ街灯にすかした。そして食べた。電気はつけなかった。くらやみは静けさと手をつないでいた。ふと頭のなかにブランコが浮かんだ。口のなかがリンゴできしきししている。たばこを吸った。吐いた。ブランコがゆれた。天井から水を流す音がきこえる。とたとたとた。窓の鍵に手をかけた。ブランコが止まる。ソロソロと窓を横に滑らせた。なまあたたかい風が鼻先をなでる。外にはなにもなかった。月も見えなかった。冷蔵庫が背中で低くうなった。それから君はなにも期待しないで寝床に戻ることにした。ブランコがねじれた。鼻をかんだ。もう一本たばこを吸った。今日読んだ本の中身を思い出そうとした。宇宙の端っこのほうで星が一つ壊れた。そして気づかぬうちに、君は君の眠りの中にしずんでいった。

YES.3mm/hozzy

頭に草履?

南泉斬猫(なんせんざんみょう)という禅の話。三島由紀夫の「金閣寺」の中にもその禅の公案の話がでてくるんですが、最近何気なしに本を読み返していたらその話がやたらと心に引っかかって今もぷらぷらしてます。どんな話かはここでは書きませんが、Googleで調べれば一発で出てきますので暇があれば是非よんでみてください。俗人の俺はもとより、賢人たちの間でもこの公案は非常に難解なものらしく、その真意を完全に理解するまでになる人は少ないようですが、話自体はかなりファンキーで、思わずレッチリのフリーを心に思い浮かべてしまうほどちょっとネジが飛んじゃってます笑。つーか、こんな話をいい大人たちが真面目な顔をつき合わせて頭をひねりながら討論しあうなんて、なんて素晴らしくて羨ましい時代なんだろうと、昔の坊さんたちがねたましくなってしまいました。ちっ。今の坊さんたちも真剣に修行の一貫としてこのへんてこな話に頭を悩ませているんでしょうか。知りたい。

人間は昔のほうが聡明で、自分や外界への認識に対して真摯だったように思えてしまう今日この頃。
どこに向かっているんでしょうおれたちは。

YES.kukyouchou/hozzy