9月 2005

ボエー。

なぜあの時、

見落としてしまったんだろう。

言葉を飲み込んだんだろう。

迷いを放棄したんだろう。

悩むことに耐え切れなかったんだろう。

 

何故なぜ何故なぜ。

今でも思い出すと背骨の辺りが不安になる物事がたくさんあります(「痛み」というより「不安」と言ったほうがしっくりくる。未来ならともかくもう終わった過去に不安を抱くなんて変な話ですけど)。

酒のむと時々そこら辺敏感になって「クァァァぁぁああ」ってきますね。酒と哀愁の宿命的結合。

もう独りのときはたまらん。

 

しかし、だからといってこれは俺にとって毒なのかと考えたら、俺は首を横に振る。つーか毒だとしても飲む。吸う。食べる。

アホな話、俺が仮にタイムマシンに乗ってネコ型ロボットと後悔の元を修復しまくりに行ったら充実した心を手にすることができるのかといえば、多分、つーかおおいに「NO」。

そんなことしたら中身が空っぽに、水なし風船ヨーヨーみたいになってしまう気がしてなりません。後悔はきっと俺の左半分(超適当)を埋めて形作ってくれている。多分。おそらく。

 

俺は後悔ばかりしていますが、そうすることに溺れて酔っている気も大分あります。ので、この後悔党党員の言葉は話半分に聞いてもらっていたほうがいいかもしれません。

 

S君、間違いだらけでいいと思うぜ。

人の体や心を殺しさえしなければ。OK?

 

YES.doraimon/HOZZY