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『魚と猫とゴムとネコ』の5。

まな板と包丁がぶつかる音が消えた。
「かあさーん、どうゆうことだべコレ。」
八百屋の親父のシュンスケは、そういうと、さばき途中の鮎をぴらぴらさせて、奥さんのタエコを呼んだ。
「あらま、なんだいソレ。」
「輪ゴム。」
シュンスケはつまらなそうに言ったが、その実、腹の底では、喜びで踊りだしたい程の衝動に駆られていた。
というのも、仲間に自慢するかっこうのネタができたからである。
シュンスケの仲間内ではおもしろいことがあると、何かにつけて、お互いに自慢をしあう。
大根を切ったら中心が赤かっただの、空を見上げたらパイプの形をした雲を見ただの、卵を割ったらヒヨコがでてきただの、そんなくだらないことを四十近い大人たちが真剣に自慢しあっているのだ。アホらしいが、アホなことほど楽しいというのも事実で、シュンスケ達は自分たちがアホだということを重々自覚しながら、お互いお互いでそれを楽しみあっているアホの集団なのだ。
「かあさん、ちょっとこいつらと一緒に写真とってくれや。居間の引き出しに『写るんです』入っちるじゃろ。たのむわ。」
そう言うと、照れ隠しのせいなのか、シュンスケはバカに険しい顔をした。
はいはい、とタエコは言うと、カメラを探しに台所から消えていった。
シュンスケは、にんまりと顔を緩ませ、どうこの話を仲間に聞かせるか考えを巡らせ始めた。
彼はこの日の早朝に、だるま川に釣りに出かけた。
鮎釣りが三日前から解禁になり、店が定休日になった今日、待ってましたとばかりに釣り道具を抱えて、意気揚々と釣りの目的地まで車を走らせた。
川についた頃には朝日はもう昇りきっており、既に何人か先客がいたが、知ったことかと一番いいポイントを彼はずんずんと占領していった。体が普通の人間より二回りも三回りも大きい彼に、文句を言う人間は誰もいなかった。
シュンスケのふてぶてしさは見ていて気持ちがいいほど、堂々としている。
川上から流れてくる、誰かが吐き出したタバコの煙さえも、ひゅるりと彼を避けて通っていく。
そんな調子で、昼食も採らずに日が落ちるまで魚を釣り続け、最終的な釣果は鮎が十四匹。去年より三匹多く釣れたこともあって、彼は目尻がとろけそうなくらい上機嫌な顔をしながら帰宅した。

「ハイ、チーズ!」
ぶすっとしながらも嬉しそうなシュンスケの雰囲気を見て、タエコはほんわかと微笑ましい心持ちになった。
「今撮ったやつ、明日現像に出しといてくれや。忘れたらいかんぞ。」
険しい顔をしながらシュンスケは、タエコの目を見ず、低い声でぼそっと言った。

YES.tewotewo/hozzy

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