凄い雷で思い出したこと。
否定の否定の否定=否定という常識。
否定の否定の否定=第四の新しい肯定にならないのはなぜか。
否定の否定=1→2→1。
「1⇔2」の行ったり来たりルール。
常識。
否定の否定=1→2→3って言ったら、
非常識。
けど
「1→2→3」って物事が飛ぶ瞬間は、生活してればたくさんある。
「この林檎じゃない、けど、あの林檎でもない、その林檎です」とか。
「人生は面白くない、けど、悪くもないゼ、不思議なもんです」とか。
「これでもない、あれでもない、ああ、それですそれです」の否定の否定は、「1⇔2」の行ったり来たりルールに当てはまらない「1→2→3」。
この仕組みは、どんな常識であらわすんだ。
あとこれ、
幼稚園くらいの時によく混乱した記憶があるんだけど、
「今何時?」
「10時5分前よ」
こんな当たり障りのないよくある会話。
なのにもの凄く不思議に思っていた時期がありました。
それは「前」ってところの考え方。
この「10時5分前」って9時55分のことなのか、10時5分のことなのかでよく混乱していた。
今だったら、当たり前のように9時55分のことだってすぐにわかるけど笑、幼子にとっては「10時5分前」は10時5分のことにも思えてしまうのです。
だって、「10時より5分前方にある時間」って捉えられるもの。前にある、先にあるって。むしろ俺はこっちの解釈の方が好きでした。けれどそれではいけないのです。そんなんじゃ大人になんかなれません。
ルールと言うのは不条理ダ。
YES.105/hozzy