くしゃみがでなくなったある日。
通り過ぎて行った全ての物に、憎しみと感謝の念を込めて彼は筆を振り回していた。夜をなぞり、星影を映し、世界の闇を閉じ込め、呪詛を塗る。
5号のキャンバスはその体に窮屈することなく、彼の無言の暴走に同じく無言の広大さで答えつづけた。
汗をかくこともなく、虫の声のテンポで、抑えきれない絶望の噴出を生地に叩きつける。失ったはずの左足が、その躍動に熱く痺れてそこに在る感覚がする。水色の包帯は絵の具に染まってヘドロ色になってしまった。メーワイはそれで鼻をふいた。
涙があふれだしたい事にも気がつかず、メーワイは穴を掘った。
誰にも気づかれない誰も立ち止まらない湿った木陰に穴を掘る。
ここには孤独なんてものはない。
本当の孤立には孤独なんて名もつかない。
ここは孤独を知らない。
穴を掘る。
狭く深い穴を掘る。
メーワイは冬眠する。
卵になるイメージに、沈みゆく意識を溶け込ませて闇に落ちた。
YES.tamagone/hozzy