氷と水蒸気、結局「水」として同じってのがいかつい。

氷と水蒸気、結局「水」として同じってのがいかつい。

水面に揺らめく光に、匂いはない。
けど、その光のようなもの、鼻をひくひくさせても匂いを嗅ぎ取れるはずもなく、青臭い生き物の匂いがするだけ、ですが、徒歩10分の釣り堀にては、水の光は目よりも鼻にくる感じがするのですが、そんなの勘違いかも。けど鼻にくるんです。

夕方が夜になる瞬間、そんなもん生まれてこのかた見た事がない。
気がつけばいつも夜で、気がつけば夕方はすっかりあしたに退散してる。
ここ何日かじっと日が沈むあっちの方を、それこそ目が潰れんばかりに、熟視していたのですが、見れば見るほど夜と夕方の境目が分らない。目がかすむし、ヒンヤリしたらもう夜です。

冬→春は、くしゃみがでたらわかります。まだ冬です。暖かくてもだまされません。冬はまだ終わらない。

ベランダから見えるゴミ処理場の煙突は、真夜中になっても、雪が降っても、処理物を処理してるっぽいもくもくをすぱーとだしていますが、この吐き出し方が実にトロトロしていて静かです。日によっては笑ってしまいます。煙突が優しい。夕方は特に。冬は特に。雪の日はアガペー。

月をなぜ月と言うのか。ツキ。わからないからいいのかもしれない、と最近思うようになりました。「月光」よりも「月の光」の方が、イメージとして透明さが増して感じられるような気がするのは、俺だけなのか、他にも思う人がいるのか、もっと一般的にそう思うのか、わからないけれどなんか「月の光」っていいですよね。「月」って響きが羨ましい。hozzyってなんで、なんでアルファベットやねーん!!佐々木健太っていう本名です私。そろそろ名前変えようかな。そもそも名前ってなんなんだい。記号かい。精神かい。愛情かい。それとももっと空気を震わせるようなエネルギーの一種かい。わからん。
つーかムーン。って変な響き。月は月ですよ。日本人の俺にとって。lunoってエスペラント語のは好きですけれども。

あーあーあーあー。おもしろいことをたくさんやりたい。
おもしろいこととつまらないことをちゃんとわけれるひとになりたい。
うんこ食ってうんこしたくない。
糞食っても糞は出るし、みかん食っても糞は出る。
ならばですよ、ならば、うまいもんで糞した方が、ストレスなく、というか、食い物をちゃんと食わねば、我ら人間は、病気になってしまう。倒れる。痛む。苦しむ。死にたくなる。自殺。終わり。嫌ですよそんな、誰だってねえ。嫌だ。
それは一つの方法ではあるけれど、終わりを自ら選ぶのは決して、美しくはないです。
切腹の美、武士道的な日本的な死の美、ここに憧れを持つ人ならば、どうぞ結構、死を生として爆発させて、生を究極的にまで拡張して生ききってください。
三島由紀夫(作家)が切腹した心情を俺は決して理解することができない。彼のファンとしてする必要はあるのかもしれませんが、したくはない。
一体何の話?

洗濯をするとき、洗剤を、まず始めに浴槽の下の方にいれますか?それとも洗濯物の上から洗剤をかけるように溶かし込みますか?

人間はなんて感性的な生き物なんだろう。

YES.humo/hozzy

hozzy