ある女の絶望。
1、独白
なんで私は駄目なんでしょう。
なんで私はかまってもらえないんでしょう。
今日も流れない涙が、遠くでくすぶっています。
突き抜けるようながさみしさがいたいのです。
けれどそんなセンチメンタリズムさえ私には許されません。
そう、私はどこまでも古ぼけて、小汚い。
2、昼
「いいわね、あんたは。何にも傷つかず毎日そこでぼーっとしていられてさ。ほんとあんたになりたいわ」
美しい朱色。
彼女は今日、そのつるっとした体を私に預けてこういいました。
「もうくたくたよぉ。あのくそガキ、わたしのことガリガリ齧るのよ。ああ、ああ、あなた、あなたのその肌、羨ましい、、、」
陰影をはじくその輝きに、私は何も言い返せず、出来ることといえばただ、恥ずかしさにうつむくことだけでした。
こんなとき、なんと言えばいいのでしょう?
強がりも、へつらいも、ましてや謝ることなど、この気高さをまとう彼女に対しては失礼になってしまう。彼女の足下の傷は、あまりにも、眩しい。
「つーかさ、なんであんたこんなところにいんの?私が言うのもなんだけど、かなり場違いなんだけど」
あまりにも最もな彼女の指摘に、私の心は更に暗く沈み込みました。
私がもう少し、、、いえ、、下の下ほどにも美しければ、あるいはこの場でへりくだることでひとなみの卑しさをまとい、彼女の自尊心を満足させることができたのかもしれません。
けれども、私は本当の本当に醜いのです。
本当に卑しいのです、、、。
「まったく、嫌なやつね。ちょっとはなんとかいえば?気取っちゃってさぁ」
私にもし肉があったなら、この無力さに、頬は焦げ落ち、鼻は凍りついたことでしょう。
けれど私にはそれがない。
「ああやだやだやだやだ!いらいらするわー、このくそあま」
私は、、私は許されるならばあなたのその美しさを、何万回でも讃えたい。
言葉の限り、息を吸う間もなく賛美を連ね続けたい、、、。
世界はどこまで暗闇でございましょう。
「バーカ」
彼女はそういうと、背中を向けてそのままぱったりと深い眠りについてしまいました。
3、その夜
こんなことがあるのでしょうか?未だに信じることができません。
まるで、霞の中に居るように、そこはかとなく全てがぼやけています。
なのに確かに私は、今ここで、身を焼かれたように横たわっています。
さきほど、私の、この体は、初めて、ある男に、奪われたのです。
それも、限りなく熱烈な欲望のもとに。
私の足は彼の舌に触れ、むせるような熱気の渦の中で、なんどもなんども、驚愕と恍惚に振り回されました。
どこまでも深く、何よりも遠く、私の心は、虚空に散って、火花のように弾け、かげろうのように尽きたのです。
私は醜いながらも、彼によって、やっと朱色の彼女と同じように、認められたのです。
私の絶望的なこの存在は、初めて、初めて一筋の光を見るように、肯定されたのです。
もう、私は、思い残すことはございません。
あなた様、いつでも、どの折にでも、もう、へし折って下さって結構でございます、、、、。
神は、神は確かにいらっしゃいました、、。
4、宴会
『わっはっはっは、今日と言う日はなんとめでたいことかのう。月も肴も、おぬしのために熟しきっておるわい。いやいや、なんとなんと。わっはっはっは』
『父上、拙者これからも精進いたしますゆえ、何とぞご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します、、、』
『よいよい。固っ苦しいことは抜きじゃ抜きじゃ、わっはっはっは。そうじゃそうじゃ、ほれっ、これを受け取れ、吾陀左衛門よ』
『え、、こ、こ、こ、これはっ?!』
『うむ。』
『なななななななんと、なんとこれは!』
『うむ、天女老木の箸じゃ』
『ち、、、屋敷が五つ六つ建つ大名物ぞ?!いいのですか父上?!?』
『家元になったお前に安っぽい箸はもう似合わんじゃろ。くれてやるわい!わっはっはっは』
『ああああ、なんという身に余る光栄!!魂をかけて精進いたしまするぅううう』
『うむうむ、よいよい。ほれ、冷めぬうちに肴を食え。酒も上物ばかりぞ。わっはっはっは』
『いっただっきまーーす!!』
5、にほんむかしばなしふうに
こうして、天女老木の箸は、百年の時を経て箸としての生命を吹き返したのでございました。
価値ある物も、使わねば唯の棒切れにございます。
九十九の神は、今日もどこかで泣いておりまする。
おしまい。
YES.kumonoito/hozzy