ヴィルス。

ヴィルス。

14000年くらい前。

博士と助手がいた。


「博士!この機械はなんなんでしょうか!!」

「うーん。きみに言ってもわからんだろう」

「そんなあ、博士、教えて下さいよ」

「まずは君、顔を洗ってきなさい。涎が乾いてかぴかぴだ」

仕方が無いので、私はじゃぶじゃぶ洗いました。


「博士!つるつるのぴかぴかです!この機械の用途を教えて下さい!」

「ごっごっごっごっごっが、むふー、ぁんがっ!!」

「博士!息を吸いながら喋ってはいけません!!」






食物触媒機「ピノコ」

世界の食料事情を一変できる画期的発明品である。

わかりづらいであろう。

こういう感じだ。


まず手のひらサイズの「ピノコ」を量販店で買い求める。

一個24800円。

高い。

だが、まあ待ちたまえ。説明を聞けば納得いただけると思う。


まず、ピノコは生体ではない。

ナノテクのナノテクのナノテクを使ったハイパークリエイトな、ウルトラバイオ機械である。

しかし、見た目は本物と見間違うほどたくましいキノコそっくりであるし、栄養価も非常にたかい。

栄養価?

そうなのである。

ピノコは機械でありながら、人間の細胞の奥の奥まで入り込み、人間の形成に必要な栄養素の役割を果たすことができるのである。

なんといっても半端ねえナノテクである。

既に、無機物だ、有機物だ、なんて領域はとっくに越えてしまっているのである。

理論的には通常の食物を食べるよりも、栄養素の吸収率が高く、その成分が有機物と比べて不必要に破壊されることもないため、人間の生命維持にはより効率的であるさえ言える。

なんといってもハイパーナノクリエイティブな発明品なのであるのだから。


さて、ピノコの使用方法だが、

ピノコは無限に増え続けるため、慣れるまでは少しテクニックを要することになる。


1、各家庭で必要な分が収まるだけの入れ物を用意しよう!

2、そこにピノコを置いて、スイッチを入れよう!

3、あとは、ライトが当たる場所に数分間置いておこう!

4、モコモコし始めたらタイミングよくライトを点滅させよう!


これだけ守れば、ピノコはどんどん増えていく。

そんなことをしているうちに、ほら1個。ほら3個。ほらほらほらほら、あっという間に25個。

驚異的なスピードで、ピノコの子供「小ピノコ」が増え続けてゆく。

後は、その小ピノコをひとつ取っ捕まえての背中に付いてるメニュー画面のボタンを押せばよい。

ステーキ、みそ汁、白菜、チャーハン、何の味にもなってしまうんです奥さん。

ほら齧ってみればわかりますよー。

おしいですねー。

もうキッチンいらずのレンジいらず。

ボタン一個でハイ出来上がり!!







大売れ。







100年後、キャベツが世界から消える。


というか、全ての食物が姿を消した。

それは有機食物摂取文化が完全に地球から消滅したことを意味する。

有機食物、つまり野菜やら肉やらは、人間によっては補食されることがなくなったのである。

豚も、牛も、鳥も、家畜全般は言うまでもなく、ジャガイモ、人参、キャベツに、茄子、米に、小麦に、魚介全般、

我々人類が食料としてきた生物対象全てが、この時代に於いては、観賞用、もしくは地球全体の環境維持のための基盤エネルギーとしてのみ考えられるようになっていったのである。

肉の無い生活。

なんと軽やかな時代だろう、と老人たちは呟いた。

メカニカルキノコ、ピノコ万歳!!

誰もがこの革新的な食生活を、始めは少し戸惑いながらではあったが、最終的には深く賛美し、受け入れていった。


ネオ環境保護団体「プリンキピア」の第3代目統領K氏は語る、

「長い長い環境補食鬼畜文明との闘争の末に、ようやく我々は世界から一杯の水を差し出されるに至った。しかし、まだまだこの水を我々は飲み干すわけにはいかない。次の世代、その次の世代のためにこの一杯の水を、微々たるものではあろうが、未だ届かぬ不毛の大地に撒こうではないか。我々人類が犯してきた重大な罪が、それこそこの一杯の水を飲み干すことによって再び枯れてしまわないように!!」

過激な団員たちの中には、文明そのものを徹底的に排除しようとするグループもおり、彼らは「ピノコ」も文化的生活も放り投げ、雨水のみで生命維持を努めるよう主張していったが、結局実践していった彼ら自身が根こそぎ餓死と言う結果になり、16人が犠牲となった。

ところが、彼らの徹底したイデオロギーは、思わぬところで特に若い人々の心を強く打ち、彼ら16人は、若者たちによって聖人に祭り上げられた。

現状に不満をもつインテリボウズ共はこぞって「ピノコ」を放り投げ、その聖人たちの後を追うように山野に駆け込み、そこから先、誰一人行方がわからなくなった。

森の中心に還ったのであろう。

息子を行方不明者にもつ、ある淑女は語る。

「ええ。骨が無ければ、叱ることも抱きしめることももうできないじゃありませんか。息子をここに返して下さいと奴らに言いたいです。何が環境保護ですか。私たち取り残されたものたちの精神的環境はあの日から破壊されたままです」

この事件が与えた傷跡は未だ深い。


しかし、そのような思想的混乱も背景にありながら、やはり一般的には「ピノコ」は革命的に人々の生活を向上させたと言って良いだろう。

まず、ピノコ食に変わってから人類の平均寿命が飛躍的に伸びた。

やはり科学的論理が推測した結論は正しく人体に作用し、癌などの細胞に関する異常分裂は確実に減少しはじめた。



細胞を形成する有機体がアナログであるとするならば、ピノコの形成する細胞はデジタルである。

有機体にはひとつとして同じ形態のものはありえないが、ピノコ細胞はどれも確実にオリジナルのコピーによって形成されている。

このオリジナルとは、いうまでもなく我々の個体性を決定づけるスーパーDNAである。

スーパーDNAとは、よくわからんが、我々の個体性に深く関係する、DNAをスーパーにした感じのすごいやつである。

その確実なオリジナルなスーパーを、ナノピノコは見つけ出し、その形態を完全複写してひたすら分裂しつづける。

よって、細胞分裂による形態異常ということが論理的に起こりえないのだ。


しかし複製能力といっても、やはりデジタルにも限界があるため、当たり前だが人々は永遠には生きることはできない。

長く生きたいなら、ひたすらピノコピノコピノコ、ピノコを摂取しまくるしかない。

ピノコ祭りが今日も、各地で起こっている。



そして120年後、人類が地球から消えた。



人類は全てデジタル式生命体となり、言うなれば命を持つ機械、非常に精密で複雑な構造をもった機械へと変化していった。

これは確実なる進化である。

120年の歳月をかけて、有機体と無機体とが入れ替わり、恐るべきバランスを保ちながら人間は完全なる二進法構造体へと変化したのである。

神が創造したと言われる生命に、人類が創造した数学的理論構造がエレガントに融合した。

正に奇跡の現象である。

そしてデジタル人間たちは、唐突に理解したのであった。


「もうコレから先、予測不能な事態など何一つ起こらない。全ては一筋にのびた道のうえ。我々は、我々の意志も必要なく、ただ決まった方向を辿ってゆくだけだ」

「これは、光だろうか、闇だろうか」

「そんなことを問題にするのは、前人類のみである」

「我々は知っている。選択肢などどこにもない」

「ゆこう」

「さあ、意識を消せ」

「無になるのだ」

「無を消すのだ」

「はあああああ」

「ピピピピピー」

「ぷ」


こうして進化したピノコ人間たちは、もう喋ることもやめ、悩むことも悲しむことも無くなり、ただひたすら決まった方向へと生命を運ぶ、純粋な生命体へと飛躍したのであった。



思考するということは、迷うということである。

本来ならば一つの流れである生命活動に、思考は隙間を作る。

思考は、行動と行動の間に、ナイフを突き立てる。

それは、様々な障害を生み出してきた。

これは前人類にとって実に重い足かせであり、その重圧は己の命さえ脅かし続けてきた。

だから、人々はあまりの重さに耐えかねてそれをうまく偽装した。

思考するということを、「思考できる素晴らしさ」という美しい響きに作り替えていった。

この素晴らしさこそが、人間の本質だとでもいうように。

人間らしい愛情や、人間らしい利発性、数々の発明を生み出す創造力に、失敗から更なる向上を生み出そうとする行動力。

この思考という重い重い足かせを前人類は「知性」と呼んで、他の生物たちより自分たちを上位に置くことで、うまく己自身を納得させようとした。

そうすることによって事実全世界を支配したのだが、結局最後まで人類が支配できなかったものがある。

人類自身である。

ご自慢の知性は、最後まで自分自身をコントロールすることはできなかった。

生命活動の隙間にふと起こる思考などに、生命活動そのものを把握することなどどうしてできよう。

視界に、決して自分自身の眼球が直接映らないのと同じことである。

この眼球で、この眼球を見ることは決してできない。

人類はひたすら人類自身を恐れ、思考はひたすら無尽蔵の不安を、恐怖を、ありもしない穴蔵から引っ張りだして更なる思索を繰り返していった。

喜び、快感、幸福、安心感。

その背後に無限に広がり続ける

悩み、苦しみ、不安、絶望。

「人間らしさ」と美しくうたわれた知性はありえないほどの狂気をはらんで、何度も何度も何度も何度も、同種間での殺し合いを、命の奪い合いを繰り返していった。

決して治まることの無い、本来空虚であるはずの場所から生まれる対立。

人種という、「人間らしさ」の感性が生んだ創造的境界。

資本という、「人間らしさ」の向上性が生んだ強制的集団催眠。

戦争、紛争、闘争、抗争。

最終的な全人類の最重要問題は、すべて知性から、美しい「人間らしさ」から生まれてきているのである。

その響き続ける産声を根こそぎ黙らせたのが、ピノコという、人類がついに触れることができた、知性の、知性による、知性のための、完全自己破壊装置である。

生きながらにして、細胞の奥の奥から機械になる。

不安も、争いも、迷い、恐怖も無い生活。

これこそが、唯一完全なる、人類の総合的救済の道に他ならない。

無言になった世界には、常に流れ続けるであろう。

巨大な、雪崩のような、洪水のような、稲妻のような、博士が鳴らす轟音が、、、、、、、、

博士が鳴らす、いびき声が、

博士がたらした涎といびきが、部屋中の窓をしびれさせていた。







「博士!気づいたら眠っているじゃないですか!起きて下さい」

「むん、、?」

「博士!僕はよくわかりました!」

「あぁ、、何がだねヘポイ君、、、ん」

「博士!涎をふいてください!」

「ああ、、、、、ありがとう、、、、、んんん」

「博士!今回の発明品は、危険すぎます!!」

「なんでだね?」

「人類を、人類ではなくしてしまうからです!!」

「どういうことだね?」

「このキノコは、このキノコ型のナノテクやろうは、確実に人類を機械人間に変えてしまうからです!!ああ!なんてことだ!!」

「んん?」

「博士!!そんなのあんまりじゃないですか!僕は少なくとも、迷い続ける人間でありたいです!!」

「おい、ヘポイ君」

「こんなもの!!こんなもの!!!僕が踏みつぶして壊してやるぅーーーーー!」

「ああ!やめなさい!!」








ぐしゃ。













「あれ、、、。なんだこれ」

「ああ、、、ヘポイ君、、、、とんだ勘違いじゃ」

「これは、これはなんなんですか、、、、、、、?」

「、、、、、、わしが、、、楽しみにしとった、、、、、、、、、ああああ」

「博士!!これは一体なんだというのですか!!!!」

「人工魔羅じゃーーーーーー!!!!」

「ひいぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!」


あな、おそろしやー。

YES.mathematica/hozzy

hozzy