あおにさい。

あおにさい。

表現とはなんぞや、、、、。

また面倒くさいテーマではありますが、こういうのおじさん大好きなの。
ビールによく合うの。
まだおじさんって呼ばないでね。
27歳って小学生からしたらおじさんだよね。
けど心はまだ君たちとおんなじつもりだよ、、、、、、、、、無理だね、、、。
汚れてしまったね。
色々知ってしまったね。
けど僕の中の少年は永遠さ!
うふふ。
あはは。
アハハハは。

作曲作詞を始めてから12年。
干支が一周した。
小学校、中学校、高校の時間が終わった。
あと3周くらいしたらもっと明確な「表現論」的ながっちりしたものが出来上がるのかもしれないけど、

しらねえよそんなもん。

いやしかし、俺は前より進めた気がする。
表現がうまくなったとかそういうことではなくて、表現て何なのかが精神的な部分で前より明確に見えるようになった気がする。

俺ってとっても馬鹿だからさ。
自分で体感して納得できなければ誰が何言おうと心の底では完璧にそう思えないんだよね。思ってるんだけどモヤっと空虚な感じがしちゃうかんじ。
もちろん人の意見も聞く耳は持とうと思っているし、吸収できるものはたくさん取り入れる事ができるように常に心がけてはいるつもりなんだけど、
芯ってさ、なかなか変えられないじゃないですか。
特に自己愛が強い人間においては笑。

たとえどんなに感動する言葉や音楽を聴いたとしても、それでチェンジするのは結局表面に近いところだと思うんだよ。
それが芯に、本当に自分のパーソナリティに届く所まで押し進めるのはやっぱり自分自身にしかできない。
誰もが素晴らしい出来事に出会って、感動して、それで自分を心から変えられることができるんだったら、犯罪なんて起きないじゃん。
人を傷つけてしまうことなんてなくなるじゃん。
みんなハッピーに暮らせるじゃん。

実際そうじゃないじゃん。

感動や感銘って、凄い人間にとって大事な事なんだけど、やっぱりそのままじゃ弱いと思う。
感動しっぱなしの人間が素晴らしい人間かって言ったら違うやんか。

俺はそこんところの微妙な感覚に生まれてこのかた悩まされ続けてるわけです(おおげさねぇ)
でもそういうひと実はいっぱいいるんじゃない?
よくわかんないけどサ。

要は利巧じゃないんですよ。
だから素直にまっすぐ生きる事ができないんだと思うんです。
そして月を大好きになったりクラゲを愛したりするようになっちゃったりするんだよ(素直な人で両方好きな人、ゴメンナサイ)

こんな風に言葉にできるようになったって、たいした進歩だなー我ながら笑。ヘーイ!


「言わなくても解る」

大切な人や友達に、何も言わなくても大事な所は伝わってるでしょ、っておれずっと思って生きてきたの。
伝わってないのならそれは俺の思いがただ弱いだけ、芯にあるものがまだ薄いだけ、それをもっと濃厚に強く持つ事ができたのならきっと俺のこの思いは空気を越えて相手に伝わっていくはずだ80%くらいは。

ってずっと思ってたの。

それ、間違いじゃないけど、正しくもなかったんだなー。たはは。


言わなきゃ、わかんねーよ笑。
わからんのよ、人間だからさ俺たちは。

ちゃんと言わなきゃ、態度でしっかり表現しなきゃ、80%なんて高い比率、伝わるわけがないのね。
これが、表現だね。
そして俺は表現不足だね。
とんだ思い込み。
そして、それが納得できるとこまでわかるようになるのに随分の月日が経ったよ。

まあ、納得したからといってこれがすぐに俺の表現力に反映すると言ったら難しいとこではありますけれども。
俺も頑張っているんであります(しくしく)

こんな話、簡単に言ってしまえば、とっても当たり前のことなんだよね。
俺だってそんなこたあ解ってる。
何が正しいと言われ、何が大切だと言われているかは耳にタコができるくらい聞いてるしタコヤキが目に乗っちゃうくらい目にもしてる。
テレビや小説でもこの手のテーマは垂れ流し状態でんがな。
ただそんな言葉じゃ感動もしないし、感動したとしても、俺の芯には届かねーんだよ。
綺麗ごとにはもううんざりなんだよ、って思ってしまったりもするんだよ、、、、、だから嫌だね。

ああめんどくせえべ、こんなのね。

めんどくせえ笑。

そう、この感覚のうやむやさを払拭するべく、ここ数年いろいろトライしてみたりしたのです。

表現って何なのよ?
それは表現である。

こうね。

ピカソもモディリアーニもゴッホもモネも、表現をしてるわけで、それは芸術と呼ばれているわけだけれども、
それぞれの心のうちにある純粋100%をほんと100%絵に落とし込んでいるわけではない。
その心にある100%は空気に触れることができないんだから(絶対。だって心はものじゃないだろう?)
その100%と、空気に触れる部分の差を限りなく0に縮める事がこの人たちはできた人たちなんだ。
間違ってもパーソナリティー全てを世界に投射したわけではない。
そんなものは誰にも理解されるはずは無いんだからな(自分に言い聞かす)。
というかできるはずがない、理論上も。
俺そういうのやろうと躍起になりまくっていたんだけれども笑。
解釈がずれていたのかもなーなんて。
間違ってはいないと思うんだけど、正しくもなかったのかなーなんて。
自分を突き通すのは楽なんだけど、俺もっと先に行きたいんだよ。

哲学はその厳密で、とても繊細な部分を俺に痛いほど叩き込んでくれた、と思っている。
そして俺も少ないながらも自分にとって濃密な出来事を経験した。
すごい絵は、なんで凄いのかがよくわかったんだ。
それがなんなのか言わないよ。
凄い苦労したんだから笑。

歴史的な芸術家を例に出すのはとても気の引ける事だけれども、まがりなりにもおれも表現というものに向き合って飯を食わせてもらっている身であるからには、彼らとある意味勝負をしなければいけないとも思って日々音楽を作っている(こわーい)。
すげえプレッシャー。
殺されちまうよほんと笑。
すごいんだもん。

表現はどこまでいっても表現。
世界との接点だ。

ありがとうってちゃんと(本当にちゃんとだよ)言えるようになりたい。
表現する。

ここまで理屈でわかってしまうと後は実行力の問題になってくる笑。
怠けていればいるほど俺は、情けない人間になっていく。
もう十分情けないんだけどね。
力の足りなさをそれでも少しずつ埋めていけるように、頑張るしか無いわい。

伝えられる歌うたいてぇー!!
伝えられる曲作りてぇー!!

こないだタクロウとこんな話してたから文章にしてみました。
つーかこんな話だったっけっか笑。

YES.utautai/hozzy

hozzy