4月 2010

猫とサカナと植物とわたし。

小田原のアジのたたき。
うめえ。
久々食ったらじわじわきた。
アジ一尾50円だって。
うちの水槽で泳いでる小指の先くらいの小魚と値が拮抗している。
大量繁殖させた光に当たると体が青く光るだけのちいさい雑魚も50円。

食うと見るじゃ人間様は価値の置き方がだいぶ違うようである。
見るより食べるほうがずっと大事だからね。
需要が圧倒的に違うからね。

マガキガイって海の貝がいるんだけど、これ食べてもおいしいらしいんだけど、市場で買ったら一匹何十円くらいらしい。パック売りしてるみたいだから一匹あたりで計算すると。
けど観賞用にっつって、熱帯魚屋とかで買うと一匹1000円近くすることも
ある。コケ掃除に活躍してくれるし、見た目もおもしろいから人気あり。
ただ、見た目はパック売りのと何も変わらんのよ。水槽から取り出してパックに混ぜれば「はいパック売り」ってなっちゃうのよ。

同じ貝なのに目的によって価値がこうも変わるって笑っちゃうよな。

水族館が好きな人のその心のオアシス的空間、時間においては、魚はたべものとしては映ってない。エビも深い神秘性をもって眼前に佇んでいた。
いわしの群れ見て、腹は減らない。醤油とかほしくならない。

なのに一歩外に出たら、シーフードカレーとか平気で食ってんだよ。
うめえっつって食っちまうんだよ。
かにのクリームパスタとかさっき見たカニと何も結びつかねえでカニの話しながらカニ食ってんだよ。

これが経済ですな。

実に経済はこうして価値を振り分けながら、もしくは同じ対象物に色んな角度からライトを照射しながら俺たちの心をくすぐり続けているのだな。

家でまずポップコーンくわねえけど、映画館なら買っちゃうもんな。
雰囲気と先導。

いつでも同じものに同じ価値が備わってはいねえ。
人と心と気分がそれを選びとっていくのだ。

そしてそんな空気みたいな価値をどう信じていくかは、われわれ一人一人の判断に結局掛かっていくのであーる。

俺は食うのも好きだけど、魚は見るほうが好きである。

経済の策略にまんまとはまって手を挙げて喜んでいるのである。

いつかうちの水槽にいるマガキガイを眺めながらスーパーで買ったマガキガイを食うのが私の目標である。

YES.pinpingai/hozzy