バカテリア。

祝いの言葉ありがとうございます。
とうとう三十路手前ぎりぎりの年齢になりました。
毎年書くけれど、信じられんよ、年を重ねてまた新しい数を背負って1年を生き始めるという事が。

こないだまで幼稚園児だったような気がするのに。
幼稚園の前の狩川で、キイチゴをつんで食べて、まだきれいだった川は、キラキラした水しぶきを染み一つなかった皮膚に浴びせかけていた。
タニシがいて、ヤゴがいて、トンボが羽化する瞬間も見た。
夜に交差する蛍も見た。
蓮花に埋まった、春先の田んぼもあった。
とにかく冬は、水たまりに綺麗な薄い氷が張った。
それを友達と割って、お菓子の缶に集めて回った。
空に凧を飛ばした。
道ばたで死んでいたスズメを手で包んだ。
何もかもが青かった。
不安も無く、この世界に天国があるのだとしたら、あの光景、
産まれて間もない、あの時間、
豆腐屋のラッパの音がする。
夕焼けに、いろんな匂いが混じる。
夕飯と、風呂場の湯気と、風に揺れる竹の匂い。
いつになったら、あの瞬間を超えられるだろう。
見ようとしたかったわけでもないのに、放り出されるように、色んなものを見た。
押し出されるように、集団の中にわけいっていった。
誕生日が、楽しみで仕方が無かった。
寝る前に何度も布団の中で数えた。
自分が何歳になるのか、それが何を意味するのか、不安なんて何も無かったのにね。
29さい。
よくぞここまで、生かされました。

と、仰々しくいってはみるものの。

まあ、素晴らしい景色なぞ、そう簡単には出会わないわけであるし。
だからよろしいのである、と、そう慰めようではないか。

記憶に、美しい風景があるだけで自分は恵まれている。
ありがとうといいたいのである。

しかし、去年にも増して暑いでござんすね。

もう7月になるんだから、夏みたいなもんだけど、暑いね。

これが温暖化というやつですか。

学者さんたちが忠告しておる、CO2の増加の影響が、この気温なんですか。

しかしどうやら、地球全体通年としてはここ最近、寒冷化しているというデータもあるらしいですぞ。
しかも、この暑さは単純に太陽が元気出しちゃってるからっていう人もいますぞ。

去年の太陽の黒点運動だかがずいぶん活発で、太陽ってやっぱすごいパワー、エネルギーの塊だからさ、暑かったみたい。
その余韻が今年もきてるんだって。
二酸化炭素減らそうとやっきになってるの、もはや日本だけらしいしね。
アメリカなんて、もう随分前からシカトこいちゃってるしね。
CO2のせいで温暖化してるなんて、もはや信じちゃいないみたいよ。
それ以上に、しょうがないんだよきっと。
地球は生きてるからさ。
何億年も、あったかくなったり、冷たくなったりしてるんだしさ。
俺たちに体温があるのと一緒だよ。
眠ると体温上がるでしょ。
腹だしてたら下がるでしょ。
風邪引いたら上がるでしょ。
げろげろ吐いたら下がるでしょ。
そういうことなんだよ。単純に。きっと。

おれらの国は二酸化炭素でお金儲けができるから、なんでもかんでもエコって言って僕らに買わせるんだね。
なんかエコマークついてると優良感まんさいだしね。
だったら何もつくらなければ、最高にエコなんだけどね。
たくさん売るためにつくらなけりゃ、もっと頑丈な壊れない製品を作れば。
だけれど、それじゃ商売にならへんもんな。
壊れなきゃ、経済まわんない。
人の欲望も刺激されない。

俺は今日思ったんだけど、実は人間は最先端で進化している状態なんかじゃなくて、実は一番遅れてケツにしがみついてるんじゃないかと、そんな妄想に取り憑かれました。
知能ってのは、きっと一番いらない機能なんじゃないかってさ。

地球が産まれて、生命が産まれて、俺たちが誕生して、人間みたいな思考をする俺たちみたいな人たちが産まれたのが10から20万年前くらいって一応定義されてる。
20万年って、中国4000年の歴史が、えらくちっぽけに思えてしまう時間ですな。
そしてどうやら4万年前くらいになんだか知らんが爆発的にイマジネーションが高まったらしい、全世界で。
まるで申し合わせてように、突然パーンと弾けたらしい。
ロボットのプログラミングみたいだ。

で、まあ、そこから知性ってものが随分活発になったと強引に定義しても、たったの4万年しか経ってない訳じゃない、地球が産まれた時間からしたら46億分の4万。
これまた桁が違う時間が、地球の過程には詰まってる。

でね、俺は思うんだけど。

人間みたいに知性があった時代が今現今している生物にもあったんじゃないか。
例えば、アリみたいな複雑な構造を持った生き物じゃなくて、最も単純な単細胞生物とかが正にそうだったんじゃないか。
手塚治虫の火の鳥の中にも出てきてたけど、カタツムリみたいな生き物が星を席巻していた時代が描かれていたけど、そんな時代があってもおかしくないんじゃないか。
だって、地球はたくさん生きているんだ。
人間だけが、この地球史上最高に発達している生物だって断定できる証拠はどこにもない。
それに、更につっこむと、結局俺たちは俺たちの知性を使ってしか、この世界を把握することができないんだ。
人間の見方をしてでしか、地球を見る事ができないんだ。
アリの目になって、木の目になって、クジラの目になって、恐竜の目になって、色んな想像を膨らまして様々な解釈を増やしていくけど、結局その「目」なるものは人間の想像でしかない。
本当にアリの目でこの世界を見るためには、視覚だけなんかじゃなく、触角で、あの細い節だらけの足で、蠕動するあの腹で、奇妙に開閉するあの口で、この世界を感じなくちゃならない。
そんなこと人間の俺にはどう頑張ってもできない。
ネコの目になれるんだったら、とっくに俺はネコと話ができるようになっているだろう。
できねえ。

この知性が、俺たちの世界認識の限界だ。

そんで、この知性が、もの凄いバカな事ばかりを産み続けてる。

昨今の日本の状況がそれをよく表してる。

「知性」を持っている、ということは「知的」であるということではないんだ。

「知性」は俺たちのフォーマット。

しゃべること、想像すること、常に埋まらない溝を抱え続ける事。

バカだろうがお利口だろうが、「知性」の呪縛から俺たちは抜け出せない。

考えなくても考えている。

無心になれない座禅中の葛藤のように、俺たちは心を持つかぎり、「知性」を抱え続けている。

それを坊さんは振り払おうとするんだろうね。
この「知性」の不毛さをよく知ってらっしゃった先人たちの知恵を受け継ごうとしているんだろう。
悟りってほんとにあるのかな。
生きながら「知性」を捨てる事ができるのかな。
それができるのなら、俺も捨ててみたいわ。
こんなに、無駄な事が湧き続ける脳みそなど、塩漬けにして、宇宙に飛ばしたい。
つい先日、もう思考に飽き飽きしていたのではないか。
ボランティアから帰ってきて、思考の不毛さに心底嫌気がさしていたのではなかったのか。

残念ながら、数日で復活してしまう俺の「知性」。

知的であることからほど遠い、駄文に洪水を垂れ流す、この恥知らずな時間。

29になっても変わらない性癖。

俺は馬鹿だ。

とまらねえ。

そして、俺は、人間は、実は一番進化として遅れているんじゃないかと思った訳だ。

なぜか。

だって、単細胞生物は考えないだろう。
バクテリアは考えないだろう。
ウイルスは考えないだろう。
植物はまるで神様のようだろう。

考えないでいきているような、生き物が、実は一番凄いんじゃないかって思った訳よ。

悟りの境地を生まれながらに手に入れたまま、ただ生きるだけの純粋な生命体。

この単純な生命の形に、長い時間をかけて、実は進化していったんじゃないかって。

いやいや、ずっと昔から、はじめっから単純な生物はいたじゃないかって、そう言いたい人もたくさんいるだろう?
だけども、そんなこと誰にわかるんだい。
生命の誕生の謎さえ未だ俺たちにはわかっていないのに。

俺は謎なんだけども、じゃあなんでこんだけ色んな生き物が進化してきたのに、バクテリアとか、凄い単純な生物は、昔のまま、なんで今も残っているんだろう。
ダーウィンが正しいのなら、いい加減単細胞どもも懲りて皆、次のステップに進むんじゃないのか。
だって、すぐ死ぬし、食べられるし、弱すぎるじゃん。
けども、彼らは進んでないんだ産まれてからずっと。
そう俺たちは決めて納得してるだろうとりあえず。

実はそうじゃなくて、彼らの姿にだんだんと生き物たちが還っているんじゃないかと、これは退化なんかではなくて、進化なんじゃないかと、そうは言えないか。
俺たちは、高度に進化した生き物とされているけれど、そもそも生命の第一目的は何か。
それはどこまでも絶対数を増やす事だ。
種の繁栄だ。
だから、俺たち人間も世界中至る所に国を作って、なるべく命がすり減らないようなシステムをこれまでも作り上げてきた。

ところがどっこい、しっかり見渡して欲しい。
俺たち人間の数など屁でも無いような数の、バクテリアや、単細胞、ウイルスたちの存在を、、、、。

絶対数でいったら圧倒的に俺たちは彼らの足下にも及ばない。
包囲されている。
そこにもここにも体の中にも、今この文章を写しているディスプレイを見ている君の眼球にも、微生物、ウイルスたちはうごめいている。

囲まれているんだ。

ずっとこの世界を占拠し続けているのは、最も単純な形の生命、しいてはウイルスのような半生命。

進化論が指し示すのは、俺たちの優位性なんかじゃなく、彼らの環境に適応し続けるその存在のでかさ、生命の完全性なんではないか。

ずっと、彼らは始まりから変わらないんじゃなくて、そこに様々な生物が還っていっている大きなミクロコスモ。
個としてではなく種としての優位性をずっと保ち続けてきた俺たちよりもずっと進歩している生命の形なんじゃないか。

俺たちはきっとこの「知性」で身を滅ぼす事になるだろうよ。
今の原発の状況も、正にそう言う事だろう。

だけど、どんな世界になっても、地球が粉々にならない限り、単細胞やウイルスたちは滅亡しない。

俺たちが気温上昇、もしくは寒冷化で死に絶えても、彼らはきっと生き残るだろう。

知っているんじゃないか。

「ちせい」の不毛さをとっくの昔に経験しているんじゃないか。

生命体としての完成系は俺たちの方向ではなくて、彼らの方向にあるんじゃないか。

考えない事の強さ。

それは、個人というものがない強さ。

まるでナチスや、旧日本軍のような思考だ。
最悪だ。

人間がそれを再現すると、結局「知性」が邪魔して、自滅する。

バクテリアに人間は勝てない。

俺は29にもなってこんなことを平気で考えている。
そして、本気で友達や家族を愛するにはどうしたら良いかを考えている。
考えて、考えて、考えて、考える。

そして行動に移す時、また忘れていくんだ。

新しい、思考と、行動に、人間として産まれてきたことを誇りに思えるように、今年も生きていきます。

思いついたら即行動、で、長い駄文を書いてしまった。

でもほんとに、進化に関してはテキトウだとしても、単細胞は単細胞なんかじゃないって、思うんですよ最近。

無敵でしょ。

YES,baca/hozzy

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