はぎやまクン。
夏バテ気味。
おひさしぶリです。
一ヶ月近く書いてなかったコラム。
相変わらずそこらへん適当です。
おひさしぶり。
しかしこう気温が変動しまくると自律神経系がキリキリしてきますな。
重力が3割増くらいに感じる。
ここ最近は曲作りの個人作業にそれぞれメンバー入っており、一週間以上みんなの顔見てないな。
この期間はほんと楽しいんだか辛いんだかわからない。
いい感じの曲ができそうになると死ぬほどワクワクするけど、一度変な方向に入るとなんも出てこなくなる。
正確には、同じクソみたいなメロ、コードが、拷問のように頭から離れなくなる。
無理してひっぺがそうとすると、もっとウンコになる。
齢30目前にして、「ウンコ」とかまだ書いてるのってどうなんだろう。
写真の魚は、こないだ気晴らしに神奈川の真鶴半島の磯に行った時に採ってきたカワハギの幼魚。
干潮時にできる潮だまりでウロウロしていたので網でとってきた。
他にもアジの子供らしい小魚と、アゴハゼってハゼの小さいのも採ってきた。
貝もコケとりように採取してきた。
みんな意外や意外。
野生のくせに、一日で人工餌に食いついてきた。
カワハギにいたってはかなりの暴君ぶりがもう現れ始めている。
やっぱハギは気性が荒い。
縄張り意識が強い。
この時期の磯には南方から潮の流れに乗ってやってくる熱帯魚が関東の海でも見られる。
カクレクマノミやスズメダイみたいな鮮やかな魚が磯にもやってくる。
ただ、一般的にはこの魚たちは二度と故郷には戻れない「死滅回遊魚」って呼ばれている。
一度こっちの方に来ると潮の流れはもうもとの海には向かわないかららしい。
ただ、最近の海水の温暖化で冬越えする熱帯魚たちもいるらしくて、もう少ししたら「死滅回遊魚」なんて物騒な名前はなくなるかもね笑。
俺もちょっと海の中入ってみたらすぐにスズメダイとかチョウチョウウオとかが泳いでいるのを見つけた。
磯で見るのはちょっと変な感じだけど、ショップで売ってる魚たちを自然の中で見るのはやっぱ気分が良い。
俺が飼ってる魚たちの中にはブリーディングの個体もいるから、海を知らずに水槽の中の世界だけで生きているやつもいる。
ファインディングニモの映画の中でもそんな魚がいたけど、なんともいえないですな、、、、。
かといって、やたらめったらそんな魚たちを海に帰したりすると生態系に無駄な干渉を与えてしまうので余計海にとっては迷惑なことになる。
実際、近海にいるはずの無い遠い海域の魚が千葉の沿岸とかでも見つかっているらしく、そこにいる固有種との交配で、本来の遺伝情報が書き換えられている恐れがあるってどっかで読んだ。
さかなクンがぎょぎょぎょって怒っちゃいますなこりゃ。
これは俺も肝に銘じて忘れないようにしなくちゃならん。
そんでもう一つ。
これがびっくりなんだけれど、真鶴半島にサンゴが生息しているという情報をゲットしたのです。
実際こないだ磯に行ったときに、ダイビングしにきた水中カメラマンの人にも同じ話を聞いた。
「サンゴがなんでか真鶴にいるんだよ」と。
今調査中なんだって。
俺が見たある人の写真だと、ミドリイシサンゴって「THEサンゴ」って感じのサンゴが映っていた。
この種類は日本国内では通常採取禁止なくらい守られているサンゴだから、これが神奈川の沿岸近くに生息しているとしたら相当凄い事が起きているってことだと思うんだけど、、、。
サンゴは栄養が豊富な海では普通生きていけない種類なので(土壌から流れる養分、リンとか生活排水とかの有機物が大敵)、それは言い換えるとサンゴがこっちの海でも生きていけるようにゆっくりと進化をかましているのか、、、それともこっちの海が想像以上に貧栄養化しているのか、、、、。
海が温暖化しているって話だけじゃ、サンゴが生息できるって理由にはならないくらい、色んな条件が揃わないと奴らは生きていけない生き物なんだ。
飼ってるからよくわかる笑!
意味も無く突然死んだりしてしまうこともある。
究極に繊細な動物。
と、不思議な事だらけの海が、もっと不思議になっていく。
サンゴとか魚を見ていると、なんで宝石がこんなに人間の世界で価値を持つのかが解る気がする。
宝石は生きていないのに綺麗だからだ。
生きてないから死ぬ事も無い。
それなのに生き物が放つ美しさに似たものを宿しているから価値を与えられているんじゃないかと思うんだ。
宝石に比べたら、俺はサンゴや魚の方がずっと綺麗だと思う。
正直比べようが無いほど歴然の差を感じる。
なんたって生きていて動いて角度によって色彩も透明度も刻一刻と変わる姿に魅了される。
サンゴの他にも、雷や月や海そのものや夕焼けや子供の瞳にも同じような印象を与えさせられる。
美しい!!
ただこの美しいものたちは、この手のひらで愛でる事ができなかったり遠すぎて触れられなかったり、死んでしまったりして刹那的にすぎるんだ。
言ってしまえば
「安定的に所有する事が出来ない」
だから宝石にその憧れを託したんじゃなかろうかと。
なくさない限り、所有者が死なない限り、宝石は持ち主のもとを去らないし誰かのものにもならない。
ダイヤモンドは永遠の輝き。
敬愛する甲本ヒロトさんがいつか言っていた通り、たかだか100年で死ぬ人間に永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ、と確かに合点がいくけれども。
みんな本当は宝石なんかどうでも良いんじゃないかと心の奥底では思っているんじゃないかとも俺は思うんだけどどうなんだろう。
永遠という憧れを生まれながらに喪失し続けるしかない人間の絶望的な穴ぼこ。
それを少しでも慰めるための価値なんじゃないかな。
夕焼けよりも宝石の方が価値はあるのかもしれないけど、美しさそのものでいったらきっと夕焼けの方に軍配が上がると思うんだけどどうだろう。
俺がひよってるだけなんだろうか笑。
俺の価値観でいうと、サンゴに宝石は勝てないよ。
サンゴも海の宝石って呼ばれているけれど。
そして宝石もカワハギのつまみの味そのものには勝てないよ。
味わう感覚には勝てない。
瞬間に永遠は勝てないのだ。
それが人間ホジーの生きることへのせめてもの慰めなのだ。
YES.corals/hozzy