9月 2012

懐古主義にだけはなりたくねえな。

なんかよ。

止まっちまってるみてえだよ。

俺の中でなんかが止まっちまってるみてえだyo。

買った本についてた、PCで遊べる電子回路シュミレーターはwindowsでしか動かせないらしく(なんだか見た目がカッコいいから7年くらいMacユーザー、ばかくせえが、windows正直アがんねえ)

押し入れに押し込んでいた7年ぶりのwindowsデスクトップを取り出した。

これはそういやユウイチにカスタマイズしてもらって、アルバムのソーダあたりの頃よく使っていたな(もう7年前!)

久しぶりに電源入れたら、もの凄い機械の回転音を見せてくれたが、モニター画面にはしっかり当時のまんまにデータが浮き出てきた!

ありえねえ数のフォルダ。よくわかんねえアプリケイションの数々。

じじい、夜中にうるせえくしゃみすんな。

近所のじじいのくしゃみがうるせえ。

パッションだね。

今、俺にパッションがあるんだろうか。

こないだ、屋久島に行ったんだ。

ずっと行きたかった場所だった。

実は去年の3/11に屋久島行きのチケットとったんだよ。

そしたらその15分後ぐらいにあのでっかい地震が来た。

そんで気分的にも物理的にもキャンセル。

去年は、こっちにまだくんなってことだったんだろう。

そう。

これはもう、俺がアレルギー起こしそうだった、「自分探しの旅」というフレーズそのものの旅行に近い。

何年かまえは「自分探しの旅」じゃねえよ、くそやろう。って思ってたんだけど(このフレーズすげえ人を馬鹿にしてるよマジ。真剣にそれやってる奴に失礼、無礼、おまえ仏陀か)

ライトに思われちゃうんじゃないかって、俺も俗物だから恥ずかしくなっちゃうんだけど、ほんとは「自分探し」ってさ、馬鹿にできないことじゃん、ほんとはさ。


アジアをバックパックしたら。やれ「自分探し」。

ニートだ何だと言われるが、ニートじゃねえ奴だってやるんだよ「自分探し」。

馬鹿にすんじゃねえよてめえ。

お前は誰だ。

誰かか、もしくは誰にもなれなくて(じぶんをありのままに信じられる人間がいたとしたら、この世で最も信じられないものの一つに俺は数える。だから仏陀はアメイジングなんだろう)

社会的ステータスが貴様を守ってくれると思っているか、もしくは、あらゆるものごとを排除して、貴様の優位性を保てるところまで他者を貶めた末に、確かに存在するんだろう薄い静寂な安堵の次元、その中で呼吸する聖人、貴様に聞く。

お前は誰だ?

他者とは何だ?

他者、それは、お前や、俺自身だろう??

くだらなくそれが見えるから、お前はそれをくだらないと思うにすぎない。

俺がマクロな科学理論をくだらないと思ってるのと同じように。

星や、月が、くだらくないのはなんでなんだろうか。

それを言ってくれる奴が、おれにとっての本当の英雄だ。

自分がどう生きるかで、他者の有り様は変わり続ける(俺は今、スティービーワンダーに会うよりも、中学の頃の塾の講師、宮崎先生に会いたい)

俺の中のばばあ。

うるせえ、うるせえ、うるせえ、くそ。

俺はどこにいる。

どこにいる。



でも、島の牛床詣所(うしどこもいしょ)って所行ってから、 俺のぼんぼんしちゃうとこは、クソはクソでも、ちっと角が取れた気がするんだ。

ここ、屋久島でもちょっとマイナーなところだけど、ここに行くために去年の3/11にもチケットとった。

迷ったいくまで。

けど、「自分探し」のパーツがまた一つ見つかった。


自分がなんなのか、俺はほんとにわからない。

正直言って。

人間についての考察も、今日ちょっとだけ更新できた。

文字で書くと仰々しいけど。なんかやっぱ不思議すぎるよ俺たちの存在は。

マジで、自宅REC用プリアンプ自作してやる。

決めたんだ。ビス!!

YES.BELCLARE/hozzy

焦げ臭い起動音。

むむ。

WINDOWS、やっぱり操作性がいい。

昨日、ちょっとディスったことを反省する。

しかもなんか逆にあの文字のドット丸出し感が、久々に見るとレトロに見える。

いいじゃないか。

しかも起動速度もえらい早い。アプリケーションの立ち上がりが今使ってるMacと大差ない。

メモリは今のPCに比べるとくっそ貧弱なままだけど(メモリ増設してみようかな)

ユウイチ相当スペック高いCPU入れてくれてたっぽい笑、当時はよくわかってなかったけど。

そんな感じで、Macに入ってないWORDもWINDOWSの方には入れてたから、文字まとめて打つときとかはこっちのpc使おうかなって思ってしまった。

いまだにMACじゃ起動しないアプリもあるからなあ。


、、、、、、、って、今日はやたらと横文字を文に突っ込んでみた。

ぽいだろ、知ってる奴っぽいだろ。

けど言ってることはたいしたことない笑。

ちなみにこのwinのPCのは、当時暇だったときにペンキで外装を塗ってる。

モニターもアイボリーに塗ってる。

そんなことpcにしてもいいもんなのかよくわからないけど、数年後もこうして使えてるってことはやってもいいんだね。

気に入らない外装のものは自分で塗ってしまえばいいよ。

楽しいし。

そして今日も最終的に思うことは、

「心」と呼ばれるものは、演繹なのか総合なのかということ。

「いやいや、どっちでもあるんじゃね?」

という矛盾の意味を考えなくてならない。

「発生源」というには、あまりにも「名詞」的すぎる。

日本語の範疇に収めるならば、最低でも「動詞」に置かなくてはならない。

心は動詞。

名詞ではない。

YES.tina/hozzy