6月 2013

刻印があるならば。

子供の頃によく連れてってもらった「祭り」について考える。

とゆうか、思い出す。

俺は地元は小田原(神奈川)ってことにしてるけど、ずっと小田原にいたわけでもなく(生まれは小田原です)父の仕事の都合で結構数年単位で色んな場所で暮らした。

もはや今住んでる町の方が、小田原住んでた時間より長くなってるかもしれない笑。
結構長く暮らしてるなそう思うと(同地帯で2回引っ越したけど、、)

なもので神輿を担ぐ機会も今までなく、とけ込もうともっと思えばできたんだろうけども、それもできず、祭りはいつも見物する側で過ごしてきた。

従兄弟で凄い祭り好きな子が居て、見越し担ぐ話とか聞いてるとすげえ楽しそうだなって思う。

でも、自分はチャンスがきても見てるんだろうなってまた思いつつ、、、。

情景を思い出すと、射的のワクワク感とハッカパイプの衝撃が一番脳みそに映り込んでくる。

母方の祖不母の町は海辺にあって、港で毎年祭りをしてた。
よくお小遣いもらってドキドキしながら夜の夏を体験させてもらった。
作家の川上弘美がモロこの町の地名をタイトルに小説書いてて、その内容がなかなかおどろおどろしい、奇怪な世界観なんだけど、納得のピッタリ感の雰囲気を俺も子供の頃から感じたほど笑、独特のグルーヴがあって「祭り」の感じが際立つ場所だった。

ものすごく良い場所だし、大好きだし、夏なんか海は岩場系の自然観満載で最高だけど、夜は怖かったなあなんか、、。

お盆に、「火の玉」らしきものを見たしマジ笑。

今年はここの祭り行けると思ったんだけどなあ、、、予定が合わなかった!

血の記憶。

サッカー、同い年のGK川島選手がどうみても年上に見える笑。
サッカーやるのが好きだった。そこに無謀な夢を見ていた少年時代の自分にとって、イタリアと戦った今日の試合は、Jリーグチップスとか買ってサッカーで遊びながら手に入れたカードで一喜一憂してた、熱されたコンクリートの匂いとかを全部包んでくれる光景だった。

3-4で負けたけど、試合も観てたけど、あんな風に戦ったってほんとすげえことだと俺は思う。

どんだけ意識したらここまでたどり着けるんだろうって、ほんと尊敬ですわ。

川島選手が自分と同じ時間軸に存在していたって、信じられないもんな。

俺もほんとはサッカー続けたかったけど、うまくできなすぎて中学の時ハードロックに首を突っ込んで「どうにかしてくれ」ってジミーペイジに救いを求めた。

ただそれだけだったな。
やめてしまった。

あきらめて、そんで作ろうと思った。

ローリングストーンズはあんまよくわかんなかった当時。

そんとき稲穂が青くってざわざわしてたのだけはよく覚えてる。

オレンジ色の東名高速の明かりも遠くにいつも見えた。

最高のライブだな、サッカーって。

YES.tokeru/hozzy