勇気のための世界。

さっそく齧った音楽理論をちょっと試したくなって、作曲は当分しないとか書いときながら今日は結構ピアノをいじくってしまった。ピアノは弾けないから、指3本でベースもしくは下の和音とメインのメロを叩きながら色々覚えた事を試してみたけど、結局カオスになってしまう!

「僕は狂ってなどいない」とかああいう感じになっちゃう。そうじゃないんだ、今はそうじゃないんだよ、、、。

どのタイミングで音を移動すればいいのかが、頭じゃなんとなく解ってるんだけど、現実結果が狂っていく。

まるで人生のようだね!

さあ何度もチャレンジしようじゃないか。

死なないかぎり逃げないからね作曲は。

曲が全然できなくて死んでしまいたくなる時もあるけどね。

カオスの海。

新しい発見をどんどんしていきたいね。

良いのか悪いのか、まずは自分でしっかり決めたいね。

そうすりゃ散っても散ることはないからね。

散った自信をまた自分で大事にかき集められるからね。

自分の意志で消費して払った大事な時間と犠牲は、とてもじゃないけど捨てる事はできないし、自分の中にしっかりその気持ちがあれば、誰にも奪われる事はないしね。

つーかとれないし、とられないし。

 

ウィトゲンシュタインの言葉にあった「世界は私の世界である」。

これだけだとよくわかんねーし、超ヤバいやつの言葉だけど笑、俺は初めてこの言葉を本の流れで読んだときもの凄く感動した。そして勇気をもらった。

 

世界は世界中に存在する人たちそれぞれの世界であって、当たり前だけど、他人の心の声や他人がどんな感覚を持って世界を眺めているのかが完璧にはわからないように、自分の心も他人には完璧にはわからない。

これだけだとだだの悲しめなお話で終わっちゃうけど、

でもこれっていいかえれば、

自分の心は、自分によって他人から「守られている」とも言えるってことで、

実際自分の中の声は、聴かれる事もないし、誰にも奪えない。誰もこの自分の中に入る事はできない。つまり、

「世界は私の世界である」

すごくないこれ。

完璧に遮断されてるんだぜ自分の中の声や考えが、他の人たちとは。

 

これを孤独ととるか安住ととるか。

 

俺はとても安らげた笑。とてもね。

 

自分の生きる世界を、誰でもない自分が所有しているという絶対的な充足感。

人の価値ってすごいよね。

哲学的にはこの世界とイコールなんだぜ。

科学的にはただの世界の一部だけど笑。

 

つまるところ、しっかりと曲と向き合っていかないと自分の世界もどっかにいっちゃうってことに近い。

世界観とかの話じゃなくって、ほんとの世界そのものだからね。

だからこれが狙ってないでカオスってると、やっぱ不安になってくるよ笑。

 

イメージに少しづつ近づいていくために、

 

続けます。

 

YES.roncou/hozzy

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