否定の否定は肯定なんかじゃない
ツアーがはじまり、千葉、福岡と2箇所のライブが終わり、次回は熊谷。
初日からめちゃくちゃ楽しいです今回のツアー笑。
多分きてくれた人には存分に伝わっているのではないかと思いますが、とにかくなんだろう、曲と曲とのコラボレーションがさ、燃えない化石と過去曲とのスパークがたまらないわけよね。
スパークしてるのに対立していない。むしろ昔からそこにあったんじゃないかってくらい馴染んでいる新曲たち。
まさに「燃えない化石」!
このタイトルに間違いはなかったと改めて思わされているツアー中の現在。
福岡で「月のヒト」ってヒロシゲブルー(2003年)収録の曲を久々バンドバージョンでやったんだけどさ、全然浮いてないでやんの笑。
俺の動きが浮いていたかもしれないけど、新曲とも良く調和がとれているし、ホタル(2012)と並べてみてもなぜか違和感がないのだ。
これはなんだ。
なんか藍坊主が、ようやくカクカクし続けてきた道筋に笑、一本の線を通し始めたかのようだ。
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俺はなんだかそんな気がしています。
「燃えない化石」で、活動を始めてからずっとなんか実験していたことの答えを、一度出せたら、なんて数ヶ月前のコラムで書いていた気がするんだけど、まさにそれで。
「こうじゃない」「こうじゃない」「こうじゃない」
ってずっと否定、否定、否定、を繰り返して、気づけば世界も否定して、自分も否定して、わけがわからない地点まで行っても否定して、投げ散らかしてきた音楽道。
これは俺の音楽道で、メンバーとは違うかもだけど。
ほんととにかく「こうじゃない」の連続な音楽人生だったわけだけども。
ここにきてようやく「こうありたい」って思える地点に来れた気がする。
むしろ「これで良いんだ」っていうアンカーを打てたのかも。
音楽は俺が思ってた以上に巨大で、寛容的で、自由で、適当で、意味不明で、蝶々みたいで、まだまだ出尽くしてなんかいなくて。
だからみんな音楽が好きだし、俺も好きだったんだって、それはそれは長い時間、思考していたようです音楽について笑。
バカだな〜って、もう思考の呪縛から抜けます。十分やったよな。
数日、数週間、数ヶ月、数年。
そういえば哲学の本を本気で読み始めた時「これは10年単位で関わるやつだ、グッバイ今と過去の俺」って思ったもんな。10年どこじゃねえじゃねえか。
そしてここから、どんな人生に突入していくんだろう。
音楽はどんなふうに俺を試しに来るんだろう。
なんてことを、夏の豪雨の時間、窓の内側で考えたのだった(あれ、また考えてたわ)
ツアーももちろん楽しくて、最高で、ガシガシきまくってて、次のライブも待ち遠しいんだけど、次俺はどんな曲を書けるんだろう?って、それもまだずっと遠くの空と空の向こう側、風が見える方にしか形はないんだろうけど、正直未だにドキドキしてしまう。
音楽を純粋に楽しい。
いいのか?
俺は、音楽をちゃんと楽しんで良いらしいぞ。いいのかい?
見えざる何か、僕の奥のずっと彼方が、OKを出してるんだ。
「もういいんじゃね?」ってよおおう。
コラムっぽくなってきましたね笑。
昔はこんなのばっか気楽に書いてたよな。
感じたことだけ、ただ書いていた。
スパークしたい。
後なんてどこにもないあのスパーク。
記憶の最高峰だ。
それを超えたいんだよなあ。
ほじを
YES.column/hozzy