やっぱり名前はないけれど

といことで年末中の年末!2020/12/31となりました!

書き始めているのが22:23なので、年越ししないかどうか少し心配です笑。

前回のコラムで「新曲の歌詞のことを書きたい」とか書いてましたが、これはもうギリギリ。

年末の大掃除とか、ごく個人的な作曲作業とかしてたらあっという間に大晦日でした。

大掃除はすればするほど思い出の品を眺めてしまって先に進まないね笑。

昔の作詞ノートを眺めるのは結構年末の定番です。

すごく恥ずかしい気分になります。

でもいつも初心を思い出せそうな気がします。

今年のことは、もう結構書いてきた気がします。

言わずもがな、みんな大変だったよな!

そして来年もきっとすぐには楽チンにはならないかもなあ。

辛いけれど、どうにか頑張っていこう!

そして音楽について、色々と考えた年でもありました。

2011年の震災の時もそうだったんだけど、音楽ってこんな時どれくらい必要なものなんだろう?とか。

不要不急の中に入ってしまうのもしょうがないよなー、とか。

俺も偉そうなことを歌っている割に、やっぱり災害時には無力なのかもしれないなーとか。

芸能芸術関係の補償のときのこととか。

芸能関連を「補償してくれ!」って声を上げることに対する批判のこととか。

これに俺も少なからず共感してしまったこととか笑。

いや、俺は批判される側だから「ですよね」って言っちゃいけないんだろうけど。

補償してくれって大声じゃやっぱ言えないよなーって。

これって何なんだろうな、とか。

「好き勝手やって生きるんだから、大変な時だけ甘えるな」

「うまくいかないのが嫌なら、リスクの少ない仕事をしろよ」

こういう言葉を聞くと、それも確かにそうだよなって。

だって、そうだよな笑!?

そういう生き方を俺は選んでるんだからさ。

そして、今までその生き方をネタにして俺も音楽を作ってきたんだよ。

その通りだよね。

とは言え、面と向かって言われたらブチ切れると思うけど笑。

って、ところから。

でも、それでも音楽の価値ってそこじゃない。

そうじゃないところにやっぱあるんじゃないかなーとも思って!?

微力だけど、藍坊主の音楽でできることも少しはあるのだろうなって思っていたところもあったりして。

ミュージシャンに限らず表現活動をして生きている人たちの存在意義、やっぱあるんじゃねえーかなあって思ったのだ。

あ。

でも現在では国がちゃんと支援してくれるプログラムもあり、全力で受けられる範囲の支援を受けさせてもらっています。

日本政府!みなさま!どうもありがとうございます!

うん。

そんな流れや、世の中の声も見たり聞いたりして。

それでも、音楽ってやっぱ意味あるんじゃね?

って思って作ったのが新曲の「卵」でした。

弾き語り当初、タイトルは未定でしたが、視聴者の皆さんが「卵でしょ!どう考えても!」

って声が多数あったので「卵」にさせていただきました笑。

この卵って曲。

いつ音源化できるかもわからないし、youtubeのアーカイブもそのうち消えてしまうと思うので、

歌詞だけここに貼っておきます。

この歌詞への向き合い方っていうのかな?それが、俺的に考え抜いた音楽の意味の一個だったりします。

以下、歌詞です。

 

「卵」

卵を君は食べておいしいという
卵をあの子は描き美しいという
卵を彼は流しに捨て嫌いという

卵ひとつとっても 見え方はバラバラで
この広い世界を鮮やかに照らす
きっと僕ら 一人一人も一緒なんだよ

愛されることもある 愛されないこともある
でも君は君のままでいい 卵は卵のままであるように

雨上がりの光の輝きに 名前はないように
砂漠に降る星屑にも 名前なんてないように
ここに君がいることに やっぱり名前はないけれど
海を染めた月のように 僕にとっては美しいこと

南の島のような海ではない
寂れた港の黒い海でしかない
でもここに海より青い思い出がある

透明なだけじゃない 見えるものだけじゃない
何の変哲もない 時間になぜだい 涙が滲むのは

雨上がりの光の輝きに 名前はないように
砂漠に降る星屑にも 名前なんてないように
ここに僕がいることに やっぱり名前はないけれど
木々を染めた春のように 僕にとっては暖かいこと

雨が川に名前を変え 川が海に名前を変え
僕たちも呼ばれ続ける 名前の箱の中で

でも でも

雨上がりの光の輝きに 名前はないように
砂漠に降る星屑にも 名前なんてないように
ここで君が生きることに やっぱり名前はないけれど
海を染めた月のように 辞書では引けない 美しいこと

 

 

という歌詞です!

ドヤって歌詞だけ貼るとこっぱずかしいですが、こんな歌。

歌つきはこないだの配信のアーカイブをご覧ください。

俺的な音楽だからできるんじゃないか?ってやつは、やっぱり言葉でうまく言えない「隙間」をギリ形にできることなんじゃないかなーと。

この歌詞で書きたいと思ったこと、それは正に最後の行の「辞書では引けない 美しいこと」がすごく大事じゃないかなということ!

今年に入ってからコラムでもよく書いていた気がするけど、

コロナで大変だけど、空は空のまま、鳥は鳥のまま、夏は暑くて、冬はやっぱり寒いまま。

コロナで大変だけど、コロナで大変なのは俺たちだけかもしれないよね。

すごく大変だから、見えなくなっちゃってることも増えてきてるよね。

そこんところを、忘れないようにいたいなーって。

コロナになってから俺はずっと思っていた。

言い聞かせていた。

そして、それを言葉に表すのはとても難しい。

「コロナのおかげで、自然が回復した!

人間はやっぱりこの地球にいらないのかもしれない、、、」

とかは、わざわざ言わなくて言いんだよ笑。

これに共感する人もいるのかもしれないけど、俺は違う。

だって、コロナ関係なく、昔からわかってることだし。

それ言ったら元も子もないし。

それを重々わかった上でどう過ごしていくのかが、人間なんじゃないのかなって思うのよね。

綺麗に生きていくことなんてできないんだけど、でも苦しい葛藤の中に、ちらりと見えてしまう美しさがあることよ。

これがやっぱり人間でいる魅力。

矛盾の宝庫!!人間、笑!!

つまらない批判じゃなくて、本当の意味での批判をしたいよね。

人間批判。「純粋理性批判」的な笑。やべー酔ってきた。

うん、でも。

そんなことを音楽だったら表現できるような気がするんだよ。ていうかしたい。

できてるかどうかは別として、俺はそういうことを藍坊主でやりたいし、これからも希望を持って活動を続けていきたい。

 

と、ここまでが前回のコラムから書きたかったこととします。

歌詞のことね。

あー、もう 年が明けてしまうね。

 

勢いでブワッと書いたから明日修正している箇所もあると思います笑。

それでも良いよな人間。

本当に2020年はみなさんにたくさん支えていただき、応援してもらい、ありがたい言葉も数えきれないほどかけていただきました。

ここまで色々書いてきたけど、俺が今年そこまでひねくれないで済んだのもみなさんの温かい気持ちのおかげです。

コロナ禍だったのに、俺としては信じられなくくらい前向きな一年でした笑。

ある意味すごくひねくれているのかもしれないですね。

って、冗談抜きで、本当にありがたかったです!

メンバー代表してこのコラムでお礼を言わせてください。

ありがとうございました!!

 

来年もできるかぎり熱く活動をしていく所存ですので、

どんなに大変であっても、一緒に頑張っていきましょう!!

そして忘れないようにしましょう!

言葉から漏れてしまうような素晴らしいことは、本当にたくさんあるのだ。

それを来年もたくさん感じられますように!

それでは良いお年を!!

 

YES.2020/hozzy

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